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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第10部 新チーム発足編
357/385

発足、そして

 帰省していた部員たちの全員が帰ってきた、その日の翌日。

 朝練の前に監督が全ての選手たちを集め、その部員たちを前にして一つ、小さく深呼吸をした。


「今日から白桜女子中等部テニス部は新体制に移行する!」


 3年生の先輩たちはもうほとんどテニス部寮から出て行っている―――

 本格的に練習が再開される今日、この時。


 この瞬間が、新チームの立ち上げ式となるのだ。


「まずは新部長に挨拶をしてもらう」


 監督はそう良い、1番前に並ぶ彼女の名前を呼ぶ。


「テニス部新部長、新倉燐!」

「はい!」


 先輩はそう返事をすると、監督の前に出ていき、選手たち全員の前に立つ。


「テニス部で新しく部長を務めることになりました、新倉燐です」


 その表情を改めて見て、わたしは『今度も』そのお顔に見惚れていた。


(燐先輩…!)


 その顔付きを見て分かった。

 相当の覚悟を持って、今、わたし達の前に立っていることに。


(どういう経緯で燐先輩が選ばれたのか、わたし達はそれを知らない)


 だけど、先輩たちと監督が決めたことだ。

 それに、わたしだって薄々感じていた。


 ―――この1,2年生を引っ張っていける選手が居るとしたら、燐先輩だけだと


「私が部長になって掲げる目標はただ一つ、このチームでの全国制覇です」


 『全国制覇』

 その言葉が、わたしの胸に突き刺さる。


「先輩たちでも為しえなかった全国の(いただき)を獲ること…。それに命懸けで挑んていきたいと思っています」


 先輩の表情はどこか固く、聞いているわたし達も思わず顔を引き締め直してしまうほど。


「その為に、みんなの力を貸して欲しい。最高のチームになって、この目標を達成したい!今はそれだけです」


 彼女の言葉を聞いて思うのが…。


(燐先輩、緊張してるなぁ…)


 もうちょっとリラックスしていいんですよ、と声をかけたくなってしまう。


(言葉は強いけど、固すぎてわたし達まで緊張してきちゃう)


 だけど、そんなこと1年生のわたしが出来るはずもなく。黙ってその言葉を聞くことしかできなかった。


「そして副部長は、河内瑞稀。様々な面で新倉を支えてやって欲しい」

「はい…!」


 瑞稀先輩の表情を伺え知ることはできないが、その返事もどこか緊張の色が見えたよう。


(瑞稀先輩が副部長…)


 桜来先輩とは大分タイプの違う人だけど、大丈夫だろうか。

 って、そんなことわたしが心配してもしょうがないんだけど。


 2人の挨拶を終わり、監督が再び話を始める。


「新チーム発足に際して、私は部員全員にチャンスを与えたいと思っている」


 その言葉に、周囲が少しざわついた気がした。


「レギュラーは一旦白紙に!旧チームで結果が出た者、出なかった者、横一線でお前たちの実力を見たい!」


 レギュラーは白紙―――つまり。


(わたしだって、レギュラーを獲りに行く側…!)


 夏の大会では、全国大会までレギュラーを守り抜いた。

 だけど、今はそんなことは関係ない。

 全員が横一線―――全ての部員たちと比べられ、その上でレギュラーが決まる。


「まずは3日後、1軍2軍の入れ替えを行った後、ハーフマッチによる実戦練習を執り行う。コンディションを万全にして結果を出せるよう、全員に考えてそこまでの時間を過ごして欲しい」


 3日後…。

 そんなにも早く。


「急だと思う者も居るだろうが、全国大会まで戦った我々と違い、地区(ブロック)予選や都大会で敗れたチームはもう1ヶ月以上前から新チームで練習や試合を行っている。それらのチームに後れを取らないために、これくらいのスピード感が必要だと思ってくれ」


 監督の言葉に、気が引き締まるのを感じた。


「そして1軍2軍を決めたらその後、夏休みが終わるまで1軍はすぐに他校との練習試合を行う予定だ」


 もう、実戦が始まるんだ。


「新チームにとって1番必要なのは経験!秋大の地区(ブロック)予選が始まるまで、とにかくそれを重ねていくと考えておいてくれ」


 こんなのもう、うかうかしてられる暇なんて一瞬もない。


(ぼうっとしてたら、レギュラー奪われる…!!)


 それが今のわたしにとって、何よりものモチベーションになるのは間違いなかった。


「それでは朝練を開始する。新倉!」

「はい。まずはみんなで外周から。声を大きく出していきましょう」

「「「はい!!」」」


 燐先輩の言葉に、部員たちから大きな声が返ってくる。

 

 ―――ここから始まる


 監督が言っていたこれからの予定、ビジョン。

 それらに着いて行くために、普段の練習から絶対に気なんて抜けない。


 わたしはこの競争を勝ち上がって―――


(まずはレギュラーを獲ってやる!!)


 全てはそれからだ。

 外周を走るランニングが始まる。

 大きな声を出しながら、わたしは確かにその一歩を踏み出した。





 新チームとして初の練習を終えた後のこと。


 監督室でソファに座り、手元の資料に目を通している監督。

 そんな彼女を、私はその隣に座りながら横目に見ていた。

 私たちが今、何をしているのか。

 それは目の前に居る彼女―――少し緊張しながら、難しい顔をしてこちらを見ているこの子が大きく関係していた。


(というより、この子自身のことというか…)


 私がここに居るのは2人の付き添いに過ぎない。

 監督と2人きりで話すより、私が一緒に居た方が選手たちが話しやすいのではないかということで、だ。


 そう、私たちの目の前に居る彼女、それは。


「どうだ、新倉」


 ―――新部長、新倉燐さん


「初めて部長として練習に参加してみて、何か感じるところはあったか」


 彼女は少しだけ頷き、かと思えば首を横に振って。


「みんなより、私の方が緊張しました。今日からこれを毎日…」


 真一文字にしていた口元を、更にぎゅっと結ぶ。


「気が引き締まります」


 彼女の顔には笑顔などひとつもなく、ただ自分の使命を覚悟し、難しい顔をしている。


「1人で何でもしようと思わないで。副部長の河内さんや、私たちにいろいろと話してくれてもいいのよ?」


 だから私がすべきことは、この子の緊張と今感じている難しさを少しでも和らげてあげること。


「こうして選手たちを個別に呼び出して話を聞くのはお前が最初だ、新倉」

「私が最初…ということは全ての選手と面談をするんですか?」

「そういうことになるな」


 監督の言葉に、新倉さんはほんの少しだけ息を吐き出して、背伸びをするようにピンと背筋を真っ直ぐに通す。


「新倉、お前は新チームにどういう選手として貢献したい?」

「どういう選手として…」


 新倉さんが難しそうな表情を浮かべたので、私が言葉を付け足す。


「つまり、どういうポジションで選手としてやっていきたいかを聞きたいの」

「お前は旧チームでは主にシングルス2で敵副エース格と戦ってきた。それを新チームではどう変えるのか、変えていかないのかを聞きたい」


 それを聞くと、彼女はふむ…と顎に手を付けて、ほんの少しだけ考えながら。


「私は…」


 意外と、彼女が反応したのは私たちの言葉から間もなくで。


「私は、このチームでは、絶対的なエースとして…シングルス1として、敵チームのエースたちとの戦いを勝ち抜いていけるような選手になりたいです」


 そして彼女は更に言葉を続ける。

 真っ直ぐに私たちの方を見て、何の迷いもない自分の言葉を。


「久我先輩のような…みんながあの子ならシングルス1を任せられる、新倉燐こそがエースだって言ってもらえるような選手に」


 その言葉を、私はある程度予想していた。


(久我さんから部長になってくれと頼まれた…それはつまり、自分の後を継いでくれと言われたと同じ事)


 新倉さんの話したことは、至極当然のことと言える。


「分かった。お前の気持ちは確かに受け取った」


 監督はそれをそのまま彼女に返すと。


「私たちも新チームのエースは新倉、お前だと思っている」

「!」

「部長を任されたお前にならこう言っても問題ないだろう。私たちもお前の成長を期待しているんだ」

「監督…」


 思わず、私も監督の方を見てそう呟いてしまう。


「その思いで、毎日の練習に取り組んでほしい」

「…!、はい…!!」


 新倉さんは大きく目を見開くと、監督の方を強く見つめ、そう頷いた。


(私個人としても、嬉しい。新倉さんがそう自覚してくれていることが)


 部長、エース、チームの中心。

 そういった選手に、なって欲しい。

 それは新倉さんへの当然の期待であり、私たち首脳陣の希望でもあった。


 久我さんの、後継者に新倉さんを。

 それはこの白桜女子テニス部なら、皆が思っていることでもあったから―――





 私は驚いた。

 いや、私だけじゃない。

 隣に座る小椋コーチも。


「それは…あなたの本当の気持ちなの?」


 コーチは驚いた様子を見せ、そう確認するかのように言葉を返してしまっていたからだ。


 ―――新チーム移行に伴う、選手たちへの希望確認


 その面談に、2人目として呼ばれた―――彼女、


「はい、間違いありません」


 ―――その女の子は私の目をただ一点に見据える


「あたしは新チームでダブルスをやるつもりはありません。あたしが希望するのはシングルス…1人でテニスをやることです」


 河内瑞稀さんの、その一言に。

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