お前たちが部を引っ張れ
一泊二日の帰省を終わらせ、私は白桜女子テニス部寮へと戻ってきていた。
久々に両親とも顔を合わせられたし、実家でのんびりと休憩できた。
(お母さま、私が全国大会で戦ったことを自分の事のように喜んでくれた)
実家ではまるでお姫さまのような大歓迎ぶりで、仁科家を代表する者として家族が喜んでくれるようなことをできたことが誇らしかった。
だけど、その一方で。
全国優勝―――その頂に立てなかったこと。それが私の心をちくりと何かが刺しているような気分にさせていたことも、事実としてここにある。
「ふう」
荷ほどきも終わり、空になったバッグを押し入れの中へと入れる。
「全国制覇、か」
全国大会で実際に戦って、そこに立つにはまだまだ自分たちは実力不足だと感じた。
そう、『以前のチーム』でもそこには届かなかったのだ。
以前のチーム…つまり、3年生の先輩たちが居た頃のチームでも、だ。
「もう先輩たちはいらっしゃらない…」
熊原先輩は勿論、部長、副部長、このみ先輩、野木先輩。
私たちをいつも引っ張っていてくれた彼女たちは、既に引退してこの寮を出て行っている。
今更ながら、そのことがずしりと心の中で重く、私にのしかかっていた。
そして。
そうなってくると、気になるのが。
(新チームの『組閣』…)
そう、部員たちが次々と帰省先から戻ってくるこのタイミング。
そろそろ、あってもおかしくない。
新部長と、新副部長の任命が―――
自分にその任が、任されるのかどうか。
それは今の私には分からない。
だけど、旧チームで2年生としてレギュラーを張り、最前線で戦ったつもりだ。
(100%、無いとは言い切れない)
夕飯を学食で済ませ、ハンカチで口元を吹きながら、私はそんなことを考えていた。
考え出すと、もう止まらない。
自分は部長、副部長に選ばれるのか。
もし、選ばれたとして。
『先輩たちのように』上手くできるのかどうか。
部屋に戻り、ベッドでごろんと横になりながら、ずっとそんなことを考えていた。
そして、その時。
「仁科さん」
2年生部員の1人が、自室の扉を叩く。
「監督とコーチが話があるから、監督室まで来てくれって…」
その瞬間、頭に思い浮かんでいた言葉たちが頭を揺らす。
(…来た)
来たのだ。
―――とうとう、この時が
◆
監督室には今、7人の人物が集まっていた。
(監督、私…)
全ては、選手たちにたったひとつのことを伝えるため。
―――そして前部長、久我まりかさん
―――同じく、前副部長、山雲咲来さん
(そして…)
彼女たちの方へと、視線を向ける。
そこに集められたのは、3人の2年生。
何かを悟ったように、真っ直ぐに前を見ている―――新倉燐さん。
自分がどうしてここに呼ばれたのか、少しだけ不服そうに山雲さんの隣に立つ―――河内瑞稀さん。
そして、口を真一文字に結びながら顎を引き、周りを見上げるように真剣な表情をしている―――仁科杏さん。
「お前たちに集まってもらったのは他でもない」
監督が話を始める。
「新チームの部長と副部長を任せる者を伝えるためだ」
前置き一切なしでその話を。
やっぱり…そんな空気が監督室を支配し、緊張が走ったのを確かに感じた。
「この決定は3年生全員と話をして決めたことでもある」
監督がそう告げると。
「監督の言う通り、私たち3年生の総意と取ってもらって構わないよ。私の知る限り、この決定に反対した子は居なかったかな」
久我さんがそう付け足す。
「私たちが後輩たちに託す、最後のお願いだ」
その言葉に、山雲さんが深く頷いた。
私もその場に居たから分かる。
確かにこの決定に異議を唱える子は誰も居なかった。3年生全員の意見と言えるだろう。
そして既に―――そのことを知る2年生が、ここに1人居るということも。
「いいか?」
監督の短い言葉に久我さん、山雲さんが頷き。
「次の白桜女子テニス部の部長、それは」
私を含む全員を見渡し、その事を発表する。
これからの1年、この部を誰に任せるのかを。
監督が向き直り、視線を向けたのは―――
「新倉燐!お前に任せたいと思っている」
宣言と共に、この場の視線が新倉さんに集まる。
彼女はほんの少しだけ目を瞑り、小さく息を吐き出すと。
「はい!」
そう、強く、ハッキリと返事をした。
迷いの一切ない、まるで最初から自分に指名されるのが分かっていたかのような反応に。
「新倉さん、事前に自分が部長に指名されるって知ってたの?」
私はそう聞かずにはいられなかった。
「そうなんですよ、コーチ」
その言葉に返事をくれたのは久我さんだった。
「赤桐との試合の後、燐が3年生の部屋を訪ねてきた事があって。その時に、話したんです。負けた自分がどうしても許せないなら、私たちのお願いを1つ聞いて欲しいって」
「それが、次期部長になってと言うことだったのね…」
久我さんと山雲さんはゆっくりと頷く。
「どうだ新倉。改めてだが、やってくれるか」
そして今、欲しいのは。
この子の、新倉さんの言葉だ。
「そのためにここに来ました。私は部長たちの意思を継ぎ、全国大会で優勝できるようなチームを引っ張っていきたい、今はその気持ちだけです」
彼女の覚悟はもう決まっているようだった。
真っ直ぐに据えた視線を、監督と、私と、そして3年生2人の方に順に向けて。
「そうか。私もこのチームを次に預けるとしたらお前以外居ないと思っていた。よろしく頼むぞ」
「はい」
新倉さんの目には迷いなど一切ないように見える。
これからこの大所帯を率いていくには、今の彼女のように迷いを振り切ることが絶対必要になってくるだろう。
そういう意味でも、3年生が先に話を付けてくれていたというのは良いように作用したはずだ。
「そして、」
監督の言葉は終わらない。
「その部長を補佐、サポートする副部長だが」
もう1つ、決めなくてはいけないことがある。
「…」
「!?」
監督は一瞬、仁科さんの方を見て―――
「河内瑞稀!お前にやってもらいたい」
「は、あ、あたし!?」
最終的に視点を向けたのは―――河内さんの方だった。
彼女は大きく動揺したように言葉を出すと。
「そんな、副部長なんて、あたし…」
まるで頭に無かった、と言わんばかりに髪の毛を弄り、視線を私たちから外す。
「これはね、」
そこに割って入ったのは他でもない。
「私が無理を言ってお願いしたことでもあるんだ」
山雲さん―――
そう、これが2人のダブルスペアの、最後の作業。
「えっ、そうなんですか…?」
「勿論、3年生全員の意見であるのは間違いない。でも、最初に言い出したのは私なんだよ、瑞稀」
「ど、どうしてあたしなんかを選んだんですか、先輩!?」
珍しく、山雲さんに河内さんが食って掛かる。
「だって瑞稀、正直新チームへの興味とか、薄いでしょ?」
「う…」
核心そのまんまを突かれた河内さんは、押し黙ることしかできない。
「瑞稀がこのまま新チームの船出を迎えたら、他の2年生たちから距離を置いて、部内で1人になっちゃいそうだったから」
「それで、副部長ですか…」
「そうだよ。時にスポーツ選手は記録や立場によってプレーの質が大きく向上することがある。私もそうだったように、瑞稀にも副部長と言う肩書を背負って、色んな経験をして欲しいんだ」
山雲さんの言葉に、それでも納得しきれない様子で下を俯く河内さん。
きっと、まだ自分の中で感情の整理とか、全くできていないんだと思う。
だけど、この子はこれを断れない。なぜなら―――
「わかり、ました…」
河内さんは、不服そうに、それでも自分の中の何かを見つめながら、首を縦に振る。
(そうだよね、だって)
―――他の誰でもない、山雲さんの言う事だから
(聞かないわけにはいかない、か)
2人に役職を告げた監督。
しかし、この場に呼ばれた2年生は3人。もう1人居る。
「仁科!」
「は、はいですの!」
その彼女の名前を、監督は呼び。
「お前は名前のある役職ではないが、部長副部長の2人と一緒に部をまとめて欲しい。2人のサポートを担ってもらいたい」
「勿論ですの!私、一生懸命精進させていただきますわ」
仁科さんは元々姉御肌で、後輩たちを引き連れられるような子だと思っている。
そんな彼女にとってこの役割はこれ以上ないものだろう。
「お前たち3人が新チームの中心となって部を引っ張るんだ。出来るな!?」
「「「はい!!」」」
3人の声が揃う。
これで、決まった。
―――今、この瞬間が
白桜女子中等部テニス部の、新たな船出の時だ。




