表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
351/385

わたしのぜんぶ

 食堂から、部屋に戻るその途中。

 必然的に瑞稀と2人になる。

 彼女と2人。

 同じペアを組む・・・ううん、この言い方はもう、違うかも知れない。

 同じペアを組んでいた、瑞稀と一緒に部屋へと帰る。


「・・・」


 ああ、そんな事を考えてしまったからだろう。


「・・・ぐじゅっ」


 また、涙が溢れてきて、止まらなくなる。


「・・・っっ」


 ああ。今日の私、ホントダメだな。

 自分がこんなに弱いなんて、今まで考えもしなかった。


 ただ、ひたすらに。

 前だけを・・・上だけを見て、駆け抜けてきたから。そんな自分と向き合うことも、してこなかったのだろう。

 全国の頂を、そこだけを目指して走ってきた3年間。


 でも、それももう―――


 "それ"を考えたところで。

 部屋へと歩いていた足を止める。

 止まってしまった、という方が正確だろうか。


「ごめん、瑞稀・・・」


 止めどなく出てくる涙を、両手の甲で拭って。

 それでもあふれ出てくるそれに、気を取られ、歩くことすら出来なくなる。


「ごめんね、ごめん」


 止めなきゃ。

 そう思うと、余計に―――抑えられなくて。


「先輩」


 その、瞬間。


 ぐいっ。


 瑞稀が泣いている私の手を取ると、


「・・・っ」


 その場で、廊下の壁に私の背中を押しつける。

 瑞稀とは、真正面から向き合う形になって・・・私よりちょっとだけ身長の低い、瑞稀の顔を、少しだけ見下げるような姿勢。


「咲来先輩」


 瑞稀は、私の目を真っ直ぐに見て、その奥の奥・・・頭の中まで見透かすような強い視線でこちらをずいっと見つめてくる。


「先輩が泣いてるの、あたし、耐えられないです」

「瑞稀・・・?」

「あたしの、」


 すると、瑞稀は少しだけ空いていた私達の身体の隙間を、埋めるように―――ぴったりと密着させるように―――抱き合う形で、身体を近づけると。


「あたしのぜんぶを使って、咲来先輩を・・・慰めてあげたい」


 言葉を続けながら、瑞稀は自分の大きなおっぱい・・・それをぎゅうぎゅうと、強調するように私に押しつけてきて。

 私の胸、それを瑞稀のおっぱいに、乗せるみたいに、下から掬い上げて・・・。


「み、瑞稀・・・?」

「先輩にだから、こういうことも出来ます」


 不思議な感覚だ。

 おっぱいがおっぱいに乗っている。自分の胸が誰かの胸の上に乗っかる。こんなこと、経験したことなくて・・・。

 完全に身体を密着させて、絡め合うようにしているから、出来ること。


 視線が、自然と瑞稀の大きな双丘に落ちていく。

 大きく強調されたその谷間が服の隙間からちろちろと見えてくる。

 女の子のおっぱいって・・・こんなに。


(いけない。いけないよ私)


 きゅうっとおへその下の辺りが切なくなって、それしか考えられなくなる。

 私は両足をくっつけ、すりあわせて・・・それをどうにかしようとしたのだが。


「!?」


 瑞稀が私の足と足の間に・・・自身の足を、滑り込ませてきた。


「瑞稀・・・!?」

「させません」

「や、やめてよ・・・」

「やめません」


 ダメだよ、そんなことされたら、私・・・。

 息が乱れてきて、苦しくなる。

 はあはあと荒い息を吐き出しては、なんとか瑞稀の視線から逃れようと顔を背ける。


「ダメだよ、だって、私・・・」


 今日が、いつもの自分なら、こんな状態でも自分を律して瑞稀から離れることも出来ただろう。

 だけど、今日の私はいつもの私じゃない―――こんなことされたら、歯止めが利かなくなる。

 瑞稀に私のぜんぶを、ぶつけてしまいそうになる・・・!


「あたしは先輩になら、何をされても・・・平気ですよ?」

「ほ、ほんとにダメだから・・・ッ」

「先輩のして欲しいこと、何でもしてあげられます」


 瑞稀の甘い声が、私の理性を侵していく。


 ダメだ。

 理性で押さえ込んでいる最後の部分が、もう・・・!

 我慢、出来ない―――!


「ッ!!」


 ゾクゾクゾク、と何かが頭を突き抜けた。

 その、瞬間。


「瑞稀」

「はい」


 瑞稀が、壁に押しつけていた私の身体を解放してくれる。


「・・・大好き、だよ」


 こちらを上目遣いで見上げる、瑞稀の視線と。


「あたしも・・・です」


 自分の視線が、絡み合うその感覚。

 それですら、今は愛おしい。


 ―――瑞稀はぜんぶを私にあげると言ってくれた


 その言葉・・・信じて、良いんだよね。


「ありがとう、瑞稀」


 瑞稀の顔に私の顔を近づけ、その唇を彼女の唇と重ねる。


 重ねたその唇を割って入るように、舌先を瑞稀の口内へと進めて。

 彼女のぜんぶを、その舌先で感じる。

 私の舌を受け入れてくれた瑞稀は、ただされるがままにそれを受け入れて・・・私の舌に舌を絡ませてくれる。

 それも、嬉しい。

 ちゅっちゅ、ちゅっちゅ。ずっと、甘えるみたいに、瑞稀の舌を舐め取るみたいに・・・舌を入れたまま、瑞稀の唇をもてあそぶ。


「ちゅ・・・んぱっ」


 そして、離す。

 お互いの後を一本の糸が名残惜しげに引いていて、それを切るのがちょっと(はばから)れたが。


 私たちは、次へ進むんだ。


 ―――だから、ね。


「私のぜんぶも、貴女にあげる」


 蕩けそうなほど蕩けた目で、瑞稀を見つめて思う。


「せんぱ・・・!」

「私達、ずっと一緒だよ」


 私の言葉に、瑞稀は黙ってこくんこくんと頷いてくれる。

 それだけで、十分だ。


 ―――私たち、2人でここまで来られた


 最後まで2人で、一緒に居よう。今日という日を過ごそう。


(ね、瑞稀・・・)


 その視線の先に居る彼女を、見つめながら。

 私たちは、同じ部屋に帰る―――





 翌日、前日の敗戦を悲しむ時間を与えないようにするかのごとく、朝早くから宿舎ホテルから引き上げる準備をする事になった。

 チーム内にはまだ悲嘆に暮れる雰囲気は流れている。

 その証拠に、一晩明けても―――泣いている3年生の先輩は居た。

 顔を合わせると、色々思い出してしまうことがあるのだろう。一晩経っても、敗戦の傷は癒えず、わたし達1年生の間にも重く暗い空気は確かにあったのだ。


 だが―――ホテルからは撤収しなければならない。

 荷物を鞄に詰め、それをマイクロバスに運ぶ。そんなことをやっている時間だけ、何も考えずに済む。悲しまずに済む・・・先輩達の表情は、まるでそう割り切っているようだった。


「このホテルともお別れッスね」

「うん・・・」


 万理の表情も、まだ晴れ晴れとはしていない。


「また、ここに戻ってくることって・・・あるんスかね」


 彼女のその小さなつぶやきが、わたしの心に小さな波紋を残す。

 また・・・、もう一度。

 そんな言葉を、わたしの心はどう処理したら良いのか、まだ計りかねていた。


 ―――バスに揺られ、約1時間


 わたし達は、白桜女子中等部テニス部、選手寮へと戻ってきたんだ。


「ふう」


 荷物の整理が、とりあえず一段落。


「もう夕方だ・・・」


 早い。

 昨日の今頃は、まだ・・・。

 そんな事を考えてしまう時間が出来たのは、喜ぶべきことなのだろうか。


 オレンジ色の夕焼けが、窓から差し込んで。

 そよ風のような小さな伊吹が、カーテンを揺らす。


(これから・・・どうなるんだろう)


 そんな事を、ぼんやりと考えた始めた。


「姉御ッ!!」


 そのとき。


「わ、何? 万理・・・?」

「大変ッスよ! いま聞いたんスけど・・・!!」


 血相を欠いた万理が、わたしの部屋に入ってきて。


「菊池先輩が、もう寮を出て行ったって!!」


 ―――え


「いいんスか姉御!」

「いいって、何が・・・」


 このみ先輩が、寮から、居なくなる・・・?


 ―――その言葉を、聞いて

 ―――頭の中が真っ白になる


 その瞬間には何が何だか分かっていなかった。

 だけど、わたしに考えさせる時間を、状況は与えてくれない。


「姉御が見送りに行かなくてどうするんスか!」

「!」

「これが"最後"かもしれないんスよ!!」


 何も考えられず・・・。

 何かを考えるより早く、その前に。


「ありがとう万理ッ!」


 足が、一歩―――先へ、出ていた。


「わたし、行ってくる!!」


 駆け出す。


「きっと先輩、まだ学校前のバス停に居ますよ!」


 万理のその声に、心の中でありがとうを言って。

 それでも振り向かず、ただ真っ直ぐに走り始める。


(先輩・・・ッ!)


 ―――先輩の下へ


 なんで、今なんですか。

 なんで、何も言わず行っちゃうんですか。

 ひどいじゃないですか―――わたし達、もう、


 ここでお別れなのに・・・!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ