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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
35/385

最初で最後のチャンス! 2

 鋭いショットがコートの端に突き刺さって抜けていく。


「ゲームアンドマッチ、水鳥」


 彼女はそれに対して何の反応もせず、すぐにプレーを止めてすました顔をした。


「強いな、水鳥さん」

「もう2軍の選手じゃ、あの子には敵わないね」

「悔しいけど・・・」


 しかし、その表情の奥には底知れない闘争心が燃えているのを傍目からでも見て取れる。


(気合入ってるわね、水鳥さん)


 あの練習試合で1軍を降格になった後、どのように過ごしてきたか。

 それが一つ一つのプレーに表れている。


(きっと監督は、水鳥さんに自分を見つめ直す時間を与えたんだわ)


 大会が始まれば常に戦う相手は他校の選手になる。

 1年生の彼女には、自分と戦う暇など全く無くなるだろう。

 だから、その機会を設けた。

 それは監督から水鳥さんに対する期待の表れに他ならない。


(シングルス3。白桜(うち)のウィークポイントだった場所を埋める、これ以上ない戦力になりそうね)


 水鳥さんはまた、1ポイントも許さず試合を終わらせる。

 相手は3年生の子だ。水鳥さんの力を証明するのと同時に、彼女の対戦相手だったあの子は、もう―――


(テニスのシングルスは完全な個人競技。自分の力量が試合結果という形でダイレクトに表れてしまう・・・)


 こんなに残酷なことは無い。

 思わずその3年生から目を逸らしてしまう。


 団体競技では個人の能力は必ずしも勝利につながるとは限らない。でも、個人競技はほぼすべての責任をその選手が背負うことになるのだ。


 だからこそ。

 テニスの団体戦と言うものは"個の力"の集合体である"全をまとめる力"が必要になる。


「小椋コーチ」


 名前を呼ばれ。


 そう―――


 私は振り返った。


「首尾はどうだ」

「今、お呼びしようとしていたところです。篠岡監督」


 ―――この人のような、圧倒的なカリスマ性が。





「よっし、2ゲーム目!」


 わたしはガッツポーズをした時、いつの間にか髪が汗で濡れていることに気が付いた。


「次、ブレイクして一気に決めますよ。気ぃ抜くな!」

「はいっ!!」


 ハーフセットマッチとはいえこれでもう6試合目だ。

 疲れが出てきて当然かもしれない。でも。


(あれだけ走ったんだ。まだまだいける!)


 地獄のような走り込みを思い出す。

 朝から晩までとにかく走り続けた。あの昼間にやってくる地獄の最も深い場所に比べれば、こんな疲れくらい、なんてことない!


「ええええい!!」


 前陣に飛んできた緩いショットを思い切りボレーで切り返す。

 勢いのあるボールは相手ペアの間を抜けていき、ズバッと決めることが出来た。


「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原ペ」

「よっしゃあああ!!」


 食い気味で叫ぶと。


「コールは最後まで聞け、アホ!」


 先輩にごつん、と後頭部を叩かれた。


「う、うう。ずみません・・・っ」


 わたしは頭を両手でさすりながら声を振り絞る。

 このみ先輩には、頭が上がらない。


「うむ。分かればいいんですよ、分かれば」

「はい! 勿論でございます!!」

「うるせえ!」


 今度は手ではなく大声が飛んできた。

 それを笑顔で受け止め。


(先輩、プレーも突っ込みも調子上がってきたよ)


 心の中で安堵する。

 本気を出せないまま終わるなんて事はなさそうだ。


 その時。


「菊池! 藍原!」


 いつの間にやら2軍練習場に来ていた監督に、名前を呼ばれた。

 わたしと先輩は返事をした後、思わず互いに相手の顔を見つめてしまって。


「・・・先輩」

「ええ。来ましたね」


 少しだけ躊躇した後。

 2人一緒に全力で、監督の下へと駆けて行った。


「どうだ。お前たち、疲れはあるか?」


 監督の問に、なんと答えようかわたしが迷っているうちに。


「10分休憩させてもらえれば、100%の力でプレーできます」


 先輩は力強く、そう返事していた。

 監督はこちらに目をやると。


「藍原、お前はどうだ」


 そう、わたしに質問してきた。


「わたしもそれでぜんっぜん問題ないです!」


 いつかのように、お腹から声を振り絞る。


「そうか」


 監督はそれに納得したように頷くと。


「お前たちには1試合、ワンセットマッチをやってもらいたい。相手は1軍の三浦・山本ペアだ」


 淡々とした様子で話を続けた。


「とうとう1軍のダブルスペアと・・・!」


 どくん、と心臓が高鳴ったのを感じた。

 2軍のペア相手にはハーフマッチとはいえ全勝だったのだ。1軍の選手を相手にできるのは単純に嬉しいし、腕が鳴る。


「確か、2人とも2年生ですよね?」

「そうだ」


 監督があまりにも冷静に話をしたからだろう。

 このみ先輩も、何気なく聞き返した。


 まさか。


「この試合で勝利した方のペアに、1軍の席を用意しようと思う」


 こんな重大な事を言われるなんて、わたしも先輩も全く考えていなかったのに。

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