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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
348/385

懺悔

 ―――燐先輩の脇を、打球が通過していく


 一斉に沸くスタジアム。

 大歓声がわたし達の頭上の上を駆け巡る。

 それが向けられたのは、赤桐―――白桜(わたしたち)じゃ、ない。


 ―――えっ


 その瞬間、思ったことはたったそれだけ。


 どういうこと?

 これってどうなるの?

 シングルス1で負けたってことは・・・。


 ―――これで、終わりなの?


 終わりって何?

 わたし達、これからどうすれば。

 そんな事を考えながら呆けていた、その瞬間。


「あああ」


 わたしの隣にいた、このみ先輩が、


「あああああああッ」


 膝から崩れ落ちて、その場に肘をつき、うずくまる様な形になる。


「せんぱ・・・」


 ぱっと、後ろを向けば。


 愕然とした表情のまま、頬を伝う涙をぬぐいもしない熊原先輩。

 2人で抱き合って泣いている、咲来先輩と瑞稀先輩。


 そして―――


「・・・っ!」


 何も言えず、だけど目の焦点を合わすこともできず、その場に立ちすくむまりか部長の姿。


「赤桐の勝ち~~~!!」

「さすが最後は地力が勝ったね!」

「最強赤桐は無敵!」


 観客席からは赤桐を祝う多くの声と。


「・・・」

「・・・ぐすっ」

「ううう、ぁあああぁぁ」


 白桜側応援団から漏れる、すすり泣く声と悲嘆にくれる音。

 そんな状況で・・・。


「みんな、行こう」


 まりか部長の声だけが、やたら大きく聞こえた。


「整列だよ。私たちにとっての最後の仕事・・・ちゃんと、やろう」


 まるで何か、糸に引っ張られるように無感情・無感覚のままコートのネット前まで歩いて行く。


「ううぅ・・・ぐずッ、あぁぁ」


 しかし、まっすぐに立つこともままならないこのみ先輩や、


「ごめんね瑞稀、まりか・・・。ちょっと今っ・・・無理かも・・・っっ」


 瑞稀先輩に肩を借りたまま、しがみつくようにむせび泣く咲来先輩の姿を見て。



 白桜(わたしたち)、終わったのかなって―――



「3勝2敗で、赤桐中学の勝利。礼」

「ありがとうございました!」

「ありがとうございました・・・」


 そう、思ったんだ・・・。




『全国大会準々決勝第4試合・結果』


ダブルス2 ●菊池(3年)・藍原(1年)ペア 5 - 7 幡田(2年)・竹宮(1年)ペア○

ダブルス1 ○山雲(3年)・河内(2年)ペア 7 - 5 新田(3年)・工藤(3年)ペア●

シングルス3 ●水鳥文香(1年) 4 - 6 真田飛鳥(1年)○

シングルス2 ○久我まりか(3年) 6 - 4 富坂愛美(3年)●

シングルス1 ●新倉燐(2年) 6 - 7 榎並命(2年)○


●白桜女子中等部 2 - 3 赤桐○



 ―――白桜女子中等部、全国制覇に懸けた夏

 ―――全国王者の壁に阻まれ、敗退


 ―――全国ベスト8で、その夏を終える





「冨坂さん」


 挨拶の後、向こうの部長である久我さんが、私に近づいてきて。

 すっと、手を差し伸ばす。


「おめでとう」


 その言葉を聞いて、衝撃を覚えた。


「絶対に全国のてっぺん、取ってきてね」

「・・・」


 たった今、自分達を負かしたチームに向かって。

 悔しいだろう、やりきれないだろう、目を背けたいであろう、その全ての感情を殺して。


 敬意を示し、その勝利に対して『おめでとう』と言えること・・・。


 それは誰にでも出来ることじゃないし、私にだって、出来るかどうか分からない。


「ありがとうございます、久我さん」


 ―――しっかりと彼女の手を握り、握手


 私が感じたのは、数えきれない数の敗退していった学校の気持ちを、最後に赤桐(わたしたち)へ伝え、託した彼女の・・・部長としての器の大きさ。

 きっとこの言葉は彼女だけのものではない。

 ここに来るまで戦ってきた、全てのチームの全ての選手の言葉を、代弁したものだったのだろう。


「私たちも全国制覇の為に修練を重ねてきました。その意思に変わりはありません」


 久我さんの目を見つめ、ハッキリとした口調でそう絞り出す。

 すると彼女は―――ゆっくりと一度、その場で頷いてくれた。彼女のその姿が・・・私には、キラキラと輝いて見えたのだ。


「あいみん先輩」

「命」


 試合が終わったばかりの命が、その様子を見ていたのか、久我さんが去った後にやってくる。


「重いわね、その握手」


 普段は何を考えているか分からない彼女の表情が―――今日この瞬間だけは、私でも手に取るように分かった。


「残ったのは、たったの4チーム」


 その握手の感触を、噛み締めながら。


「ここまで負けてきた数千校分だと思ったら、余計にね」


 それでも私たちは、上を向こう。

 ここから先、挑むのは頂上への最後の道。

 試合の過酷さはより増していくだろう。


 だけど―――

 私はこの試合を、この白桜との準々決勝を、たぶん一生忘れない。





 応援団の陣取る客席の前に、大会登録メンバー10人で並んで。


「期待に応えられず、申し訳ありませんでしたッ!」


 まりか部長が大きな声で叫ぶ。


 ―――隣に立っている万理が、しゃくり上げて大泣きしている

 ―――大粒の涙をこぼし、それを拭いても拭いても、次の涙が溢れ出してくるのだ


「うぇえっ、うぅ、ぐずっ、あぁぁ」


 万理だけじゃない。


 3年生が泣いているのは、当たり前のこと―――

 咲来先輩と抱き合って泣いている瑞稀先輩、そしてその場で膝に手を着いて前を見られなくなっている仁科先輩。

 そして・・・。


 この場でも、立ち上がることすらできない燐先輩。

 (うずくま)り、その場で地面に手をつけてひたすら泣いている。


 ―――この場で、泣いていないのは


「・・・」


 わたし自身と、気丈に前を向いて何も言わない、文香。

 そして、まりか部長。


 たった3人だけ―――


 その部長は、言葉を続ける。


「3年間、応援、ありがとうご・・・」


 しかし。


 その瞬間。

 ぶわっと、部長の涙から涙が溢れ出す。

 言葉に詰まり、表情も歪み、今まで見てきた強い部長からは考えられないような姿。


「ありがとう・・・ござい、ました・・・ッ!!」


 それでも、最後まで言葉を続ける。

 これが自分の、部長としての最後の仕事―――まるでそう、悟っているように。


 部長の涙は歯止めが利かなくなったように次々と溢れてくる。

 歯を噛み締め、その場で何度も拭っても、それは止まることなく。

 普段の、今までの部長の姿とのそのギャップが、考えられないほどで―――負けるって、こういうことなんだ。

 わたし達が今まで何度も繰り返してきたこと。

 でも、それが自分たちの側になるって・・・こんなに、辛くて、悲しくて、やり場が無くて。


 ―――先輩たちとのテニスは、これが最後


 それを思った、その瞬間。


「ぐ、うううぅぅ、、、」


 こみ上げてくる涙を、自分自身でも止められなかった。


「あああぁぁ、うああああ、あぁぁ」


 自分でも信じられないくらい、次々に涙が溢れ出てきて止まらない。

 ここまでたった半年、それでも、半年。

 先輩たちと過ごした時間。わたし達は確かに彼女たちと一緒にボールを追いかけた。テニスをしたんだ。


 わずかな時間だったかもしれないけれど、それでも―――

 共有したものは、確かなものだった。


「っひく、すみま゛せん゛・・・っ、すみ゛ま゛せ゛ん゛・・ッ」


 ―――弱いわたしで、ごめんなさい

 ―――あんなに良くしてもらったのに、全国優勝できなくて、


 ―――すみません


 なのに、ここで終わりなんて、おしまいなんて・・・イヤだ。

 もっと一緒に居たい。

 もっとこのチームで一緒にテニスがしたい。


 今は、その気持ちだけ。


 ―――選手のほとんどが泣き崩れ、応援団も一緒になって泣く

 ―――自分たちがこんなことになるなんて、思いもしなかった


「ありがとう、白桜!」

「良い試合だったよー」

「久我ー!」

「すごかった!!」


 今は、その優しくて温かい声援ですら。


「これからもがんばれ白桜!!」

「秋の大会、注目してるからねー」

「秋はすぐ始まるよー!」


 どこか、遠く―――無責任な言葉のように感じられて。


「また全国に帰って来いよー!」


 また全国に帰ってこい?

 このチームはもう、終わりなのに?

 先輩たちはもう、居なくなっちゃうのに?


 このチームが、最高だったのに。

 わたし達1年生が居て、2年生が居て、3年生が居て・・・それが、白桜女子中等部テニス部だったのに。


 3年生が居なくなっちゃったら、それはもうわたし達じゃない。


 だから帰ってくることなんて、出来ないんだよ―――


 今のわたしには、それしか考えられなくて。

 そうとしか考えられなくて。

 これから先のことなんて、何にも分からなくて。


 ただ、泣くことしかできなかった。


 ―――弱い自分を、

 ―――悔いることしか


 それしか、出来なかったのだ。

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