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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
345/385

VS 赤桐 シングルス1 新倉燐 対 榎並命 1 "全国最高のサウスポー"

 シングルス2(しあい)には勝った―――

 挨拶を終え、ベンチに帰る途中。


「よくやった」


 監督のガッツポーズを見て、まるでそう言ってくれているように見えた。

 自分の役目は果たせた・・・。

 あとは最後、この試合を"部長として"、見届けるだけだ。


 選手応援席から、1人の選手が立ち上がり―――こちらに向かって、駆けてくる。


(燐―――)


 君には今、この状況はどう映って見える?

 君はどう捉えている?

 君の気持ちは、想いは・・・『1つ』に絞り切れているだろうか。


「部長」


 燐とすれ違おうとした、その瞬間。


「先輩達の夏、私が預かりました」

「うん」

「絶対、勝ってきます・・・!」


 彼女の決意を。

 その思いを耳にした。


(君は、ちゃんと分かってるんだね)


 それを確認できて、ホッとしたよ。


「行っておいで、頼もしい後輩」


 軽く声をかけ、彼女の背中を後押しする。


「君にならこの試合、私たちの夏・・・任せられるよ」


 そう、だって。


「監督が君をシングルス1に置いたのには、必ず理由があるはずだ。その答え・・・きっとコートの中にあると思うよ」


 私ではなく、君をそこに選んだ理由。

 試合の中で、見つけておいで。

 君にはきっと、それが出来るはずだ。


「・・・、はい!」


 しっかりとした返事を聞いて、私は再び前を向き、ベンチへと歩いて行く。


「まりか、ナイスゲーム」

「さすがまりかだね。あの富坂さん相手にこの試合」

「いやいや、この観衆の凄味に足が震えちゃって大変だったよ」

「またまた」


 迎えてくれる同級生達。

 私たち全員・・・あの子の右腕に、全てを託しているんだもんね。


「さぁ、ここからは・・・応援だ!」


 新倉燐。

 天才2年生にしてこの白桜女子シングルスの主力。


 私の自慢の後輩―――そう、彼女になら。この状況を託せる。それはこのチームの総意、3年生の共通認識。


(燐・・・"全国"が、君の一挙手一投足を見ているよ)


 この注目度、この熱。

 全てを向けられたこの試合で・・・君がどんなプレーをするのか。私たちに見せてくれ。





 試合開始の挨拶前。

 ネットを挟んで、榎並選手と向き合う。


「貴女、新倉燐ね!」


 すると唐突に、彼女がそう言ってこちらを指さしてきた。


「話は聞いてるわ。東日本の2年生ではトップレベルの選手だって。あ、でも一条汐莉も居るから、今はどうか分からないわね」


 彼女は一言一言、ハッキリと、大きな声で独り言を続ける。


(変わった子だな・・・)


 シンプルにそう思う。

 全国広しといえど、なかなか出会えないタイプの女の子だ。


 長い金髪をゆらゆらと揺らしながら、首を左右にぴょこぴょこと振り、表情を変えながら・・・そして、基本、楽しそうに。

 彼女はニコニコと笑って、言葉を続けるのだ。


「ねぇ、新倉さん」


 そして、こちらを見上げるように上目遣いで私の瞳を覗くと。


「貴女はどんな匂いがするのかしら」


 ずいっと顔を私の顔へと近づけてくる。

 そのまま、キスされるのかと―――そうとすら思えたが、彼女の目的はキスではなく。

 私の首元に鼻を近づけ、すんすんと『匂い』を嗅ぐように息を吸うと。


面白い子(おんなのこ)の匂い・・・」


 パッと私から離れていき、再びビシッと人差し指をこちらに向けてくる。


「やっぱり貴女は面白いわ、新倉燐!」


 それはまるで―――宣戦布告。


「良い匂いがしたもの! 貴女となら、良い試合が出来そう!」


 私は嗅がれたところの首元に、左手を当て・・・榎並さんの感触を確かめるように、さする。


「見せてあげるわ、貴女に」


 ニッコリと笑う、榎並選手。


「全国最高のサウスポーの力を!」


 彼女の左手に握られたラケット・・・そこに一瞬、目を奪われた。


(サウスポー・・・)


 彼女が西日本最高の選手と言われる所以は、そこにある。

 全国でも珍しい左利き(サウスポー)・・・その中でも、榎並命は。


 ―――傑出した力を、持っている





「藍原ちゃん」


 燐先輩が幸先よく1ポイントを先行した、その時。

 試合後なのにも関わらず、まりか部長が私の近くまでやってきて、ぽんと肩に手を乗せながらこんな話を始めた。


「あの榎並命さんの試合・・・よく見ておくといいよ」

「私が、あの人の試合を、ですか?」

「うん」


 そして大きく頷き、少し口角を上げながら。


「同じサウスポーとして、君がこれから全国で通用するようになりたいのなら・・・彼女のプレーから得られるものは少なくない」


 榎並選手の方をじっと見つめ、部長は続ける。


「彼女は完成されたサウスポーだ。サウスポーが試合に勝つにおて、重要なところはほぼ全てマスターしているほどの選手。盗めるものは、全て盗んでおいた方がいい」

「それほどの選手なんですか・・・」

「『西日本最高』は伊達じゃない、と私は睨んでるよ」


 この試合、サーブ権は榎並選手から。

 彼女がサーブ位置に立つ。

 コートの端も端、外側ギリギリのところに―――


「あれだよ、サウスポーの利点」

「サウスポーの利点?」


 部長の言葉に言葉を返す。


「サウスポーは当然、右利きの選手と逆方向からサーブを打つことになる。通常、右利きのサーブはコートの右半分・・・デュースコートから離れた方が威力が高くなる。外側から敵コートの外側に、サーブを打つことが出来るからね」


 しかし、今、榎並選手が立っているのは、アドバンテージコート・・・テニスコートの、左半分。


「でも、サウスポーは文字通りそれが逆になる。サウスポーの放つサーブが最も威力を発揮するのは右利きプレイヤーの逆、アドバンテージコートに立ったとき。更に榎並選手はああやってギリギリ外側に立つことで、そのサーブの威力と角度を更に強いものにしようとしている」


 榎並選手のサーブ。

 左腕をできる限り外側から出し、右利きプレイヤーである燐先輩を翻弄する。

 普段相手にする右利きとは真逆の位置、それも外側ギリギリから繰り出される角度の付いた、スライスサーブ。


「あれこそが榎並選手を西日本最強のプレイヤーたらしめているもの・・・最強の角度を持った必殺のサーブ」


 燐先輩の外側へ、回転の加わったボールが逃げていく。

 確かに、すごい角度だ。あれにスピンを加えられたら、どうしようもない。

 レシーブが得意な燐先輩がサーブを返せなかったことから、その威力は容易に想像が出来た。


「15-15」


 次にサーブを打つとき、今度はデュースコートからサーブを打つ。

 アドバンテージコートから打ったさっきに比べれば威力は落ちる。角度も付かない。

 それでも、今度は更に強く回転をかけて、サーブに強弱・・・緩急を出している。


(あれが、『技』・・・)


 ああすることで、自分の弱点を弱点として認識させないようにしている。

 良いところは伸ばし、悪いところは補う・・・この選手、


(すごい・・・!)


 赤桐のエース。

 西日本最高の選手。

 そう言われるだけのことはあると、わたしでも分かる。


 サウスポーとしては右に出る選手がいないほどの選手・・・これが、


「ゲーム、榎並。1-0」


 榎並命!


「ああ、簡単に1ゲーム取られちゃった」

「ドンマイです燐先輩! 次のゲーム、確実にキープしていきましょう!」

「新倉さん、ふぁいと、なのー!」


『わあああああぁぁぁ』


 会場のボルテージは最早最高潮。

 文香とまりか部長の試合を経て、お客さんのテンションは爆発寸前のところまで上がっている。


 この異様な雰囲気、異常な熱気・・・。


 ―――何かが、起こるんじゃないか


 そう期待させるには十分なものが、このスタジアムには満ち満ちていた。

 泣いても笑っても、このシングルス1が決着したとき、試合の勝者と敗者が決まっている。


(燐先輩・・・!)


 あの、燐先輩だ。

 わたしが1番最初に憧れて、目標とした人。

 責任感が強くて、チームのことも考えている。


 何より強い。

 監督がこの試合の決着を一任した、その実力もある―――


(お願いします・・・!)


 気づいたらわたしは、両手を組んで祈るように戦況を見つめていた。

 わたしだけじゃない。

 3年生の先輩達を中心に、この試合を見守るレギュラー達・・・全員が、食い入るように燐先輩に視線を向けていた。


 ―――相手は、関係無い


 このメンバーで、準決勝へ。その上へ。

 行くためには。


 この試合、全てを燐先輩に託したこのゲームで・・・絶対に、勝たなきゃならない!

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