表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
343/385

VS 赤桐 シングルス2 久我まりか 対 富坂愛美 1 "機械(ロボット)"

 感情の起伏に乏しい子。

 私は昔からそう言われて育ってきた。


 何をしても、何をされてもそんなに大きく笑うこともなく、また泣くこともなく。

 淡々と、その場を切り抜ける。

 むっとした無表情で、その場をやり過ごす。


 そんな子供だった。


 口数も少なく、目立つ存在でもない。

 それに比例するように同世代の友人も少なく、他人の輪に入っていくタイプでもない。


 彼女(わたし)、富坂愛美が見つけた唯一自分を表現できるもの―――それが、テニスだった。


 テニスをやっている時、その時間だけが充実していた。

 感情を表に出すことが少ない私が、それをやっている時だけは誰よりも自分を表に出せる。

 本当の私を、他の人に見て貰える・・・それが、嬉しかった。楽しかった。


 やがてテニスの道を究める為に、全国でも屈指の名門校・赤桐に入学した。

 そこで、私を待っていたのが―――


「赤桐には、試合で勝てる選手以外は必要ない!」


 "あの人"との、出会いだった。





 試合前、前の試合の余韻を少し残す会場の雰囲気は、私たちの試合が始まる前から最高潮に達していた。


(真田さんの試合、すごかったな)


 私は口に出すでもなく、そんな事をぼんやりと考えながら、ベンチの前で両手を身体の前で組む。

 右手に左手を重ねて。自分が"しっかりしている"と分かるように。


 私の前に座るのは―――


「シングルス3を取れたのは大きい」


 幸村瞳子(このひと)


「だが、お前が負けたら何にもならない。部長としての立場をわきまえ、この試合確実に勝ってこい」

「はい。勿論承知しています」


 いつも通り彼女の言葉にこくんと頷く。


「私は、ただ勝つ・・・。それだけです」


 そう、それ以外は何も要らない。

 私が求めるもの。必要とすること。それはたった一つ―――


「・・・監督」


 だから、これは甘えだ。


「・・・」


 自分からは言えない。

 彼女の方からかけて欲しい。


 私に。

 私だけのために。


「・・・」


 監督は少しだけ押し黙ると。


「頼りにしている。頑張ってこい」


 たった、一言。

 たった、それだけ。


「御意に」


 私の(すべ)て―――


「富坂愛美、勝利を掴んできます」


 事前の作戦プラン、対久我まりか用のデータと対策。

 それらはもう徹底的に解析済みだ。


 赤桐が最強の学校と呼ばれる所以―――それは、控え選手たちを中心とした"データ班"による極限的なまでの相手選手に対するデータ分析、それに基づいた幸村監督の作戦プランにある。

 私はその"データ班"の、最高責任者を部長と同時に兼ねている。

 富坂愛美が赤桐の『司令塔』と呼ばれるのはそのため。


 そう、私のテニスは、データ解析と幸村監督のプランにより最適化された、最も効率よく勝てるテニス。1番確率の高い、最高の戦術を駆使して戦う。

 このプレースタイルを、誰にも否定させないために。


 私は、勝ち続ける。

 最強赤桐の『司令塔』、その体現者として―――





 ―――私が負ければ、ここで終わり


 こういう環境下で試合をやるのは、関東大会1回戦以来。

 そしてあの時とは・・・舞台(ステージ)の大きさが段違い。相手の強さも、恐らく1ランク違うのでは無いだろうか。


(シングルス2に起用されたその意味を、ここで証明しなきゃいけない・・・!)


 私をシングルス1ではなく、シングルス2に抜擢してよかった。

 そう言われるような試合を、しなくちゃならない。

 監督の期待に、そして応援してくれる人すべての期待に応えるために―――


「ただいまから、久我まりか対富坂美優の試合を始めます」

「「よろしくお願いします」」


 富坂選手―――物静かな人だ。

 決して感情を強く表に出すタイプでは無い選手。


 淡々とプレーして、淡々と勝つ。


(それが出来るだけの実力を持っている選手)


 五十鈴ともまた違う・・・、そんな『エース像』を持っている選手だと思う。

 強い敵、だからこそ―――


(まずは一発目。ここで印象づける)


 左手でトスしたボールを、


(『久我まりか』を!!)


 コートを蹴り上げ、ジャンプして。

 落ちてくる前のボールを思い切り叩きつける。


 かくしてコートに衝突した打球が、強くバウンドして敵コートに刺さる。


 富坂選手はそれに初球から対応して、返してくるが―――


「15-0」


 弾道が低く、打球がネットを超さない。

 引っかかって落とされる。


「まずは、1ポイント」


 私は冷静にそう呟き、相手コートに居る富坂さんをキッと睨む。


(ジャンピングサーブに初球からタイミングを合わせてきた)


 なるほど、確かに貴女はすごい。

 さすが全国で最強レベルのシングルスプレイヤー『八極』と言われるだけのことはある。


(簡単に勝てる相手じゃない・・・!)


 選手のレベルとして意識するのは、綾野五十鈴。

 彼女と同等レベルのプレイヤーとして認識し、戦う必要がありそうだ。


「富坂愛美、か」





「愛美ちゃんが赤桐の部長にして3年生でありながら、エースと呼ばれていない理由ですか?」


 部下に難しい質問をして困らせてやろうと思い、私は質問を投げかける。


「アレじゃないですかね? そんだけ榎並命ちゃんの実力が抜きん出てるってことでしょ!」

「それだけじゃ50点。富坂さん側の理由付けが出来ていないわ」

「え~・・・なんすかねえ。ちょっとググるんで30分くらいお時間をいただけますか?」

「ダーメ。なんでもすぐ検索に頼らない!」


 ホント現代っ子なんだから・・・。

 この子、あんまり歳が離れた後輩じゃないはずなんだけどなぁ。


「最大の理由が、富坂さんのプレースタイルと言われている」

「プレースタイル? オールラウンダーですよね?」

「そういうことじゃないのよ。彼女のプレースタイル・・・つまり、データと幸村監督の作戦指令に頼り切ったテニスのこと」


 目の前で富坂さんがさっきと同じような動きをしたのを見て、なるほどと思った。

 よっぽど高度な作戦への理解と信頼―――それがなければ、あれほどまでに迷いの無いプレーは出来ない。


「富坂さんは赤桐のデータ解析チームと連携して、とにかくありとあらゆるデータを頭にたたき込み、それを忠実にプレーに反映し、行っている。それが彼女のテニスの全てなの」

「なるほど・・・なんか、・・・うん」

「良いわよ。言いたことあるなら言って」

「あんまり良い言葉ではないと思うんですけど・・・、ロボット、みたいですね」


 彼女の意見は的を射ている。


「そうね。そのあまりに無機質なテニスに、『幸村監督の良いなり』『テニスロボット』という声も出るほどまでに、富坂さんは徹底して自分のテニスを実行している。文字通り、迷いや躊躇など一切なしにね」


 これには賛否あるけれど。


「彼女のテニスが、評価されにくい点はまさにそこにある。幸村監督が居なかったら、彼女のテニスは成立しない。つまり、独り立ち出来てないんじゃ無いかって」

「そんな事ないですよ。あれだけのテニスが出来る子ですもん。幸村監督の作戦がなくても実力を発揮できるはずです」

「それはあくまで『仮定』の話・・。本当のところはどうなるか、誰にも分からない。そして、このことを富坂さん本人は何とも思っていない点、寧ろ光栄に感じている点も、話を複雑にしているわ」


 そう。

 周囲の声に反発するでもなく、折れるでもなく。

 富坂さんは自分と幸村監督の信じるテニスを、ただこなしている。

 自分のテニスを突き通すプレイヤーとはまた一線を画す―――『監督の為のテニス』。それこそが、富坂愛美を表現するのに最も適した言葉、なのだろう。


「なるほど・・・。命ちゃんが実質エースだとか、実力は上だとか言われるのもそれが理由なんですね」

「榎並選手は幸村監督の徹底した管理テニスの中で、唯一自由にプレーすることが許されている選手。その特別扱いされている点も、榎並命という選手をドラマチックに見せているんだと思うわ」


 特別扱いすることを特別に喜ぶ、榎並命。

 一方で、どこまでも多数の中の1人でありながら、その中で突出したものを見せることで、『最高の兵』であることに生き甲斐を感じている富坂愛美。


 全くタイプの違うこの2人が、引っ張っているのだ。


(赤桐は、強い―――)


 白桜はこの最強の牙城を崩さなければならない。

 それが、出来るのか。


「ゲーム、久我まりか。3-2」


 序盤、両者は一歩も譲らない。

 久我選手を研究し尽くしたテニスを見せる富坂さん。

 それを振りほどかんと、突き放しに入る久我さん。


 全国大会準々決勝のシングルス2は、中盤戦に突入しようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ