VS 赤桐 シングルス2 久我まりか 対 富坂愛美 1 "機械(ロボット)"
感情の起伏に乏しい子。
私は昔からそう言われて育ってきた。
何をしても、何をされてもそんなに大きく笑うこともなく、また泣くこともなく。
淡々と、その場を切り抜ける。
むっとした無表情で、その場をやり過ごす。
そんな子供だった。
口数も少なく、目立つ存在でもない。
それに比例するように同世代の友人も少なく、他人の輪に入っていくタイプでもない。
彼女、富坂愛美が見つけた唯一自分を表現できるもの―――それが、テニスだった。
テニスをやっている時、その時間だけが充実していた。
感情を表に出すことが少ない私が、それをやっている時だけは誰よりも自分を表に出せる。
本当の私を、他の人に見て貰える・・・それが、嬉しかった。楽しかった。
やがてテニスの道を究める為に、全国でも屈指の名門校・赤桐に入学した。
そこで、私を待っていたのが―――
「赤桐には、試合で勝てる選手以外は必要ない!」
"あの人"との、出会いだった。
◆
試合前、前の試合の余韻を少し残す会場の雰囲気は、私たちの試合が始まる前から最高潮に達していた。
(真田さんの試合、すごかったな)
私は口に出すでもなく、そんな事をぼんやりと考えながら、ベンチの前で両手を身体の前で組む。
右手に左手を重ねて。自分が"しっかりしている"と分かるように。
私の前に座るのは―――
「シングルス3を取れたのは大きい」
幸村瞳子。
「だが、お前が負けたら何にもならない。部長としての立場をわきまえ、この試合確実に勝ってこい」
「はい。勿論承知しています」
いつも通り彼女の言葉にこくんと頷く。
「私は、ただ勝つ・・・。それだけです」
そう、それ以外は何も要らない。
私が求めるもの。必要とすること。それはたった一つ―――
「・・・監督」
だから、これは甘えだ。
「・・・」
自分からは言えない。
彼女の方からかけて欲しい。
私に。
私だけのために。
「・・・」
監督は少しだけ押し黙ると。
「頼りにしている。頑張ってこい」
たった、一言。
たった、それだけ。
「御意に」
私の総て―――
「富坂愛美、勝利を掴んできます」
事前の作戦プラン、対久我まりか用のデータと対策。
それらはもう徹底的に解析済みだ。
赤桐が最強の学校と呼ばれる所以―――それは、控え選手たちを中心とした"データ班"による極限的なまでの相手選手に対するデータ分析、それに基づいた幸村監督の作戦プランにある。
私はその"データ班"の、最高責任者を部長と同時に兼ねている。
富坂愛美が赤桐の『司令塔』と呼ばれるのはそのため。
そう、私のテニスは、データ解析と幸村監督のプランにより最適化された、最も効率よく勝てるテニス。1番確率の高い、最高の戦術を駆使して戦う。
このプレースタイルを、誰にも否定させないために。
私は、勝ち続ける。
最強赤桐の『司令塔』、その体現者として―――
◆
―――私が負ければ、ここで終わり
こういう環境下で試合をやるのは、関東大会1回戦以来。
そしてあの時とは・・・舞台の大きさが段違い。相手の強さも、恐らく1ランク違うのでは無いだろうか。
(シングルス2に起用されたその意味を、ここで証明しなきゃいけない・・・!)
私をシングルス1ではなく、シングルス2に抜擢してよかった。
そう言われるような試合を、しなくちゃならない。
監督の期待に、そして応援してくれる人すべての期待に応えるために―――
「ただいまから、久我まりか対富坂美優の試合を始めます」
「「よろしくお願いします」」
富坂選手―――物静かな人だ。
決して感情を強く表に出すタイプでは無い選手。
淡々とプレーして、淡々と勝つ。
(それが出来るだけの実力を持っている選手)
五十鈴ともまた違う・・・、そんな『エース像』を持っている選手だと思う。
強い敵、だからこそ―――
(まずは一発目。ここで印象づける)
左手でトスしたボールを、
(『久我まりか』を!!)
コートを蹴り上げ、ジャンプして。
落ちてくる前のボールを思い切り叩きつける。
かくしてコートに衝突した打球が、強くバウンドして敵コートに刺さる。
富坂選手はそれに初球から対応して、返してくるが―――
「15-0」
弾道が低く、打球がネットを超さない。
引っかかって落とされる。
「まずは、1ポイント」
私は冷静にそう呟き、相手コートに居る富坂さんをキッと睨む。
(ジャンピングサーブに初球からタイミングを合わせてきた)
なるほど、確かに貴女はすごい。
さすが全国で最強レベルのシングルスプレイヤー『八極』と言われるだけのことはある。
(簡単に勝てる相手じゃない・・・!)
選手のレベルとして意識するのは、綾野五十鈴。
彼女と同等レベルのプレイヤーとして認識し、戦う必要がありそうだ。
「富坂愛美、か」
◆
「愛美ちゃんが赤桐の部長にして3年生でありながら、エースと呼ばれていない理由ですか?」
部下に難しい質問をして困らせてやろうと思い、私は質問を投げかける。
「アレじゃないですかね? そんだけ榎並命ちゃんの実力が抜きん出てるってことでしょ!」
「それだけじゃ50点。富坂さん側の理由付けが出来ていないわ」
「え~・・・なんすかねえ。ちょっとググるんで30分くらいお時間をいただけますか?」
「ダーメ。なんでもすぐ検索に頼らない!」
ホント現代っ子なんだから・・・。
この子、あんまり歳が離れた後輩じゃないはずなんだけどなぁ。
「最大の理由が、富坂さんのプレースタイルと言われている」
「プレースタイル? オールラウンダーですよね?」
「そういうことじゃないのよ。彼女のプレースタイル・・・つまり、データと幸村監督の作戦指令に頼り切ったテニスのこと」
目の前で富坂さんがさっきと同じような動きをしたのを見て、なるほどと思った。
よっぽど高度な作戦への理解と信頼―――それがなければ、あれほどまでに迷いの無いプレーは出来ない。
「富坂さんは赤桐のデータ解析チームと連携して、とにかくありとあらゆるデータを頭にたたき込み、それを忠実にプレーに反映し、行っている。それが彼女のテニスの全てなの」
「なるほど・・・なんか、・・・うん」
「良いわよ。言いたことあるなら言って」
「あんまり良い言葉ではないと思うんですけど・・・、ロボット、みたいですね」
彼女の意見は的を射ている。
「そうね。そのあまりに無機質なテニスに、『幸村監督の良いなり』『テニスロボット』という声も出るほどまでに、富坂さんは徹底して自分のテニスを実行している。文字通り、迷いや躊躇など一切なしにね」
これには賛否あるけれど。
「彼女のテニスが、評価されにくい点はまさにそこにある。幸村監督が居なかったら、彼女のテニスは成立しない。つまり、独り立ち出来てないんじゃ無いかって」
「そんな事ないですよ。あれだけのテニスが出来る子ですもん。幸村監督の作戦がなくても実力を発揮できるはずです」
「それはあくまで『仮定』の話・・。本当のところはどうなるか、誰にも分からない。そして、このことを富坂さん本人は何とも思っていない点、寧ろ光栄に感じている点も、話を複雑にしているわ」
そう。
周囲の声に反発するでもなく、折れるでもなく。
富坂さんは自分と幸村監督の信じるテニスを、ただこなしている。
自分のテニスを突き通すプレイヤーとはまた一線を画す―――『監督の為のテニス』。それこそが、富坂愛美を表現するのに最も適した言葉、なのだろう。
「なるほど・・・。命ちゃんが実質エースだとか、実力は上だとか言われるのもそれが理由なんですね」
「榎並選手は幸村監督の徹底した管理テニスの中で、唯一自由にプレーすることが許されている選手。その特別扱いされている点も、榎並命という選手をドラマチックに見せているんだと思うわ」
特別扱いすることを特別に喜ぶ、榎並命。
一方で、どこまでも多数の中の1人でありながら、その中で突出したものを見せることで、『最高の兵』であることに生き甲斐を感じている富坂愛美。
全くタイプの違うこの2人が、引っ張っているのだ。
(赤桐は、強い―――)
白桜はこの最強の牙城を崩さなければならない。
それが、出来るのか。
「ゲーム、久我まりか。3-2」
序盤、両者は一歩も譲らない。
久我選手を研究し尽くしたテニスを見せる富坂さん。
それを振りほどかんと、突き放しに入る久我さん。
全国大会準々決勝のシングルス2は、中盤戦に突入しようとしていた。




