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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
342/385

VS 赤桐 シングルス3 水鳥文香 対 真田飛鳥 2 "きらめき"

 ―――ゲームカウント3-2

 ―――真田飛鳥のサービスゲーム


 真田選手のサーブは強い。

 スピードも威力も申し分なし。


 だけど、私もレシーブには自信がある。

 簡単にはサービスエースは獲らせない。しかし、ラリー戦になった場合―――


 ぐんっ。

 ボールが意思を持ったかのようにベースライン際で沈み、それがインに入る。

 真田選手伝家の宝刀、最強の武器・・・『ナインドライブ』。

 このボールが、私の前に立ち塞がる。

 まだあのショットを1球もまともに返せていない・・・ラリー戦に持ち込むのは危険だ。

 短期決戦で勝負を決し、ショットに威力があるうちに確実に真田選手を崩していく必要がある。


 来たサーブを、レシーブ。

 これは上手くレシーブ出来た。リターンエースを狙えるほど・・・と思ったのだが、それも、真田選手の強くて鋭いショットとなってこちら側に帰ってくるだけだった。


(後ろに打つのは危険・・・)


 ナインドライブが来る。

 それだけは避けなくては。


 ネット際に、弱い打球を飛ばして様子を見る。

 しかし真田選手がそれを見逃すはずも無い。

 弱い打球を上手く拾われ、今度は私のコートのネット際に、それを落としてくる。


 急いで前に上がって拾う―――その時。


「ッ!!」


 真田選手のボールは大きな弧を描いて、後方のライン際へ。

 打球が大きく、深く。

 沈む・・・。


「ゲーム、真田飛鳥。4-2」


 ―――こういう時の決め球にも、彼女はナインドライブを使ってくる


 ショットへの絶対的信頼と自信がなければ出来ないことだ。

 ネット際で座り込んだ形になる私は、同じくネット際に居る真田選手の表情を見上げる。


「ふ・・・」


 一瞬。

 ほんの、一瞬。

 そう見えたか見えないか程度のところで。


 ―――真田選手が、口角を上げて笑った気がした


 一体、どういう笑いだったのか。

 私をあざ笑ったのか、自分のショットが上手くいって思わず表情が綻んだのか。

 それとも、自信の調子の良さに自信を見せたのだろうか・・・私には、分からない。


 だけど。


(笑われてちゃ、いけない)


 立ち上がる。


 ―――私のサービスゲーム


(貴女のその表情・・・変えてみせる!)


 左手でトスした打球を、叩く。

 そのサーブが、敵サービスコートの四隅に、確実にコントロールされていることをきっちりと確認。


 この四隅にボールを集めれば、簡単には打たれない。


「15-0」


 真田選手はそのボールを見送った。

 サービスエースを1つ、取る。


 そして、次のサーブ―――"ここ"でもサービスエースを取ったとき。


「すごい! 水鳥、真田に呼応するようにドンドン良くなってきてる!」

「真田さんのナインドライブに負けず劣らずのサービスエースラッシュだ!」


 自分でも、分かった。

 今日の私は絶好調。

 いや、絶好調という言葉で括っていいのか分からないほどの好調状態―――これは、


(どういうこと・・・!?)


 こんなに思い通りにプレーできることは、ほとんど無い。

 ボールへの力の乗り方、身体の軽さ、精神の安定具合、そして、今の私に合わせてくれるようにパフォーマンスを上げてくる敵プレイヤー。

 そのどれもが、更に自分の状態を上の段階へ押し上げてくれる原動力になっている。


 ―――テニスって、こんなに気持ちよく出来るものなんだ


 サーブって。


「ゲーム、水鳥文香。4-3!」


 こんなに簡単に、決まるものなんだ―――


「またサービスエース!」

「このゲーム3つめ!!」


 この想いに引っ張られるように、観衆のボルテージはどんどん上がっていく。

 いや、私がこの異常な観衆たちに、調子を引き上げられているのかもしない。それがどっちか、分からなくなるくらいには・・・自分の戦意が高揚していくのが分かる。


 『私は、どこまででも行ける』―――


 そうとすら思えた。





 入部してきた時から、すごい選手なのは分かっていた。

 天才、怪物、才能の塊・・・。周りから見たら彼女はそういうものだっただろうし、実際その認識は間違っていなかった。


 精神的に脆く、弱さが垣間見られた地区(ブロック)予選。

 自らを縛る過去を振り切り、様々な経験を積んだ都大会。

 そして才能が開花し、チームの中核に座ることとなった関東大会。


 一歩一歩、確実に上を目指してきた水鳥文香が。

 今、目の前の試合で―――その階段を数段飛ばしで駆け抜けていっている。


 それほど、今日の彼女のプレーは『誰の目から見ても明らかに』凄まじい。


 ―――その要因のひとつが、間違いなく


「真田、またサービスエース!」

「サービスエースにはサービスエースでお返し!」

「両者一歩も引いてないよ~~~」


 敵プレイヤー、真田飛鳥だろう。

 まるで2人して別次元まで飛翔するかのごとく、お互いがお互いの良いところを出しつつ試合を展開させている。これはすごいことだ。


(名プレイヤー、名試合には名ライバルが必要だとは言うが)


 この試合は間違いなく、その典型的な例の1つだろう。

 水鳥文香、真田飛鳥両名のプレーに―――この試合の勝敗すら超越した何かを見出してしまうのは、いきすぎた考えだろうか。


「ゲーム、」


 私が少し考え事をしていたその瞬間にも。


「真田飛鳥! 5-3!」


 試合は動く。

 真田飛鳥がまたもやサービスエースを取って、サービスゲームをキープしたのだ。


「長谷川」


 そこで、私は彼女を動かす。


「エンドチェンジでは無いが、水鳥に水を持って行ってやれ」

「は、はいッス!」

「そして、伝えて欲しい」


 彼女に―――伝言を預け。


「お前の信じるテニスをしろ、と」

「・・・!」


 それを聞いた長谷川は、ビクンと一瞬身体を震わせたが。


「行ってきますッス!!」


 すぐに表情を引き締め、ペットボトルを握りベンチから出て行った。





 "ここ"からは、相手チームのベンチも見える。


 赤桐の監督が、一言二言話しかけると、真田選手は強く頷いて返事をする。

 この試合ではなかなか見られなかった光景だ。

 感情を露わにするタイプでは無い監督と選手が、一瞬だけ見せた『焦り』―――


 そして、文香の様子も、ちゃんと目に入ってくる。

 彼女が万理から受け取った水を返し、コートに入ろうとすると。


「文香ちゃーん、がんばれー」

「この試合、ひっくり返しちゃえー」

「水鳥ー」


 割れんばかりの声援が、スタジアム中に溢れかえったのだ。

 凄い試合を魅せてくれてありがとう、あと一歩がんばれ。会場中がそう、祝福してくれているようだった。


(なんて、光景・・・)


 この光景のど真ん中に、居られる。

 それって、どんな気分なんだろう。


 ―――文香のサービスゲーム


 この試合、サービスゲームを落としたのは初っぱなの1ゲーム目だけ。

 あとは互いにずっとキープキープで試合が進んでいる。


 その、文香の1球目。


 凄まじく鋭く、そして今までより一段階速いボールが、敵コートに突き刺さり、そのまま抜けていく。


(文香・・・)


 2球目。

 同じようなボールが今度は少し内側へ。

 しかしそれでも、威力の保たれたそのボールを、真田選手は帰すことが出来ない。

 サービスエースだ。


(どこまで行くつもりなの・・・!?)


 わたし、ずっと文香の後ろをピッタリと付いてきたつもりだった。

 これからもそうやっていくつもりだったし、今日はその感覚も掴めた。

 だけど、こんなプレー。こんな試合を見せられたら、わたし―――


 そこから先の言葉が、上手く出てこない。

 いや、自分で自制をかけて、わざと・・・出さないようにしていたのかもしれない。


「ッ!!」


 文香の声にならない声が、雄叫びが・・・この大歓声が支配するスタジアムに、駆け巡る。


「ゲーム、水鳥・・・」


 サービス―――エース。


「5-4!!」


 またもや決まったそれに、一瞬、会場中が息を呑んだ。

 そう、その時コートに立つ文香の姿。

 それはさながら、


『おお!』

『おおおおおっ!!』


 ひたすらに自分の力を誇示する、"エースの姿"―――そうとすら、思えるほど。


「すごい! マジもんの怪物だよ!!」

「水鳥さんも真田さんも両方凄すぎ!」

「これだよ! こういう試合が見たくて朝から並んだんだよ!」

「何なのこの子ら、すごすぎッ」

「この2人が引っ張るなら白桜も赤桐も安泰だーっ」


 『万人に伝わる凄さ』―――


 それはきっと、今ここに居る全ての人が体感できるもの。

 彼女の才能が見せた、一瞬の煌めき・・・。

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