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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
341/385

VS 赤桐 シングルス3 水鳥文香 対 真田飛鳥 1 "その世界へ"

 ―――試合前、ネットの前で握手をしていると


「久しぶりだね、水鳥文香」


 対戦相手である真田飛鳥選手が、おもむろに話しかけてきた。


「全国のジュニア選抜以来・・・君は私のことなんて覚えてないかもしれないけどね」


 ジュニア選抜。

 確かに、そこでこの真田選手に会った覚えはある。

 だけど当時の彼女はレギュラー選手では無く、試合に出る機会にも恵まれていなかったイメージだ。


「この1年間で、私がどれだけ進化したのか見せつけてやる―――」

「!」


 その言葉で。


「今はレギュラーも控えも関係ない。コートに入った以上、私たちは学校を代表する選手だ。水鳥文香、」


 気づいた。

 彼女の本気度、私に向けているものの大きさ。


「アンタは私が倒す・・・!」


 『気迫』とも言うべきものを―――


「この試合を生で見たくて朝から並んだんだよねー」

「1年生エース対決! 燃える!!」

「いけー! がんばれー!!」


 『わああああぁぁぁ』


 この試合になって、観客の声の大きさ、応援のすごさが一段階上のものになった気がする。

 花形のシングルス・・・しかも、出てくるのは両チームエース級の選手ばかり。


(お客さんが燃えるのもわかる)


 だけど―――

 私は私のプレーをするまでだ。


 私のテニスをして、真田飛鳥選手に勝つ・・・!


(今は、それだけでいい)


0-0(ラブオール)


 折角じゃんけんで勝って手に入れたサーブ権だ。

 ここは慎重に、手堅く。

 目の前のゲームをキープし、確実に1つ取ることに集中した方が良いだろう。


「ッ!」


 右腕から放たれたサーブが、敵コートで跳ねる。

 それを真田選手は簡単にレシーブ。

 私が帰ってきたそのボールをインパクトした、その瞬間―――


「「真田が前陣(まえ)へ!」」


 彼女の攻めは早かった。

 迷いも無く前に出ると、その強打された打球は凄まじい鋭さとスピードを持って、私の横を通過していく。


「うおぉ!」


 瞬間、


「速い! 鋭い! 低い!」

「決め球の質がエグすぎるよ!!」


 観衆が騒ぎ出す。

 今、目の前で展開されている試合のすごさを、その1人1人が改めて噛み締めるように。


(この選手・・・!)


 間違いない。

 全国区のエースプレイヤーと比べても、全く遜色の無い・・・!

 『最高』レベルのシングルスプレイヤーだ。


(都大会決勝でぶつかった三ノ宮選手と同格、もしくはそれ以上・・・!)


 私が今まで戦ってきた選手の中でも、最高位の対戦相手。


 ―――それがこの、

 ―――真田飛鳥


「0-30!」


 簡単に2ポイント目を落としてしまう。

 サービスゲームで攻めているのはこちらのはずなのに、このままじゃ・・・!


 焦りが出始めた、そのときだった。


 真田選手がさっきまでと違い、前に出てこない。

 コートの奥の奥、ベースラインより少し後ろくらいから放たれた打球が―――


 その瞬間、ボールが浮いたのかと思った。

 視界の上に映った打球が


 ―――ぐんッ


 一気に、『落ちる』。

 それはまるで、ボールが上から振ってきたかのような感覚。

 視界の端から端へ、ボールががくっとその軌道を下げる。


 初見の私では、


「0-40!」


 まったくもって、手が出ないほど・・・。


「出たー!! 伝家の宝刀ナインドライブ!」

「ここから見てても分かるくらい、ボールが大きく沈んだよね!?」

「初めて見たー、すごい!」


 そのショットは、あまりに"異質"なものだった。


 私が呆気に取られていた、そのとき。


「大丈夫だよ、文香!」


 選手応援席から、有紀の声が聞こえてくる。


「まずは1ポイント、取っていこう! 相手のボールは関係ないよ!」


 その声は、少し浮き足立っていた私を冷静にさせるのには十分なものだった。


(そうだ)


 まずは、1ポイント―――そこから組み立てて巻き返・・・。


 刹那。

 真田選手のナインドライブが、再び私を襲う。

 視界の上から下へ、それよりもっと深く、落ちる―――


「ゲーム、真田飛鳥。1-0!」


 そのコールを聞いて少し経ち、冷静になってから。

 私は最初の1ゲーム、それも自分のサービスゲームを落としてしまったんだと言うことをようやく自覚する。





 試合の立ち上がり、赤桐の真田選手が一気呵成に仕掛ける。


 最初の1ゲーム、水鳥選手のサービスゲームをブレイクすると、次の自分のサービスゲームを確実にキープ。2ゲームを先行した。


(最初のブレイクされたゲームは水鳥選手も焦りが見えたけど、今の真田選手のサービスゲームはサーブにも落ち着いて対処していた)


 両者とも、調子は良さそうに見える。

 実力も拮抗した者同士の対決だ。

 立ち上がりのサービスゲームをブレイクされたとはいえ、水鳥さんのテニスの形は見せられていると思う。


(だが・・・2ゲーム)


 ここを先取されたという事実は変わらない。


 ―――この2ゲームは大きい





「え、アイちゃん、東京の中学に進学するの?」


 それは小学校6年の夏。


「やっぱり東京だよ。日本で1番レベルの高いところだし、私はそういうところへ行って1番になりたい」


 私が通うテニススクールでは、東京の学校からスカウトされて、そこに進学するという子が後を絶たなかった。


「黒永に進学して、テニスを極めたい」

「アイぢゃ~ん・・・」

「あはは、亜弥、泣くなって。永遠の別れじゃないんだから」


 私自身は、他人の進路にそこまで興味が無かった。

 自分の人生だ。

 行きたいなら誰にも止める権利はないし、好きにすればいい。


 ―――夢見る女の子が集う街、東京


 ここ大阪とは何もかもが違う・・・。

 だけど、私は。

 私自身は。


 この自分が生まれ育った大阪の地で、日本一になりたかった。


 そんな私が選んだ進学先―――赤桐。


「新入生にはまず頭にたたき込んでおいて欲しいことがある」


 その入部初日、最初の新入生への挨拶で。


「この赤桐には、試合で勝てる選手以外は必要ない!」


 ―――胸を射貫かれた


「私は綺麗事を言うつもりはない。新入生諸君に求めるのはただ1つ、勝利のみだ。それをよく覚えた上で、練習に励んでもらいたい」


 赤桐中学テニス部監督、幸村瞳子。

 彼女が掲げるのは『完全勝利至上主義』―――

 1年生だろうが3年生だろうが、勝てる選手は使うし、逆に勝てない選手はずっとベンチ外で3年間を終えることになる・・・その超実力主義が、私には合っていた。


(このチームで、勝てる選手に)


 このチームで、試合に出続けられる選手に。

 それが私を支えるモチベーションになった。


 ―――そうだ、私は


 指先でボールをトス。

 右腕でそれを確実にとらえ、相手コートに入れる。


 そのボールが、帰ってきた瞬間。


 『ナインドライブ』

 そのショットを打つ。

 水鳥文香はこのボールに全くタイミングが合っていない。

 彼女が返した打球は、大きく右へと逸れていき・・・。


『日本で1番レベルの高い東京に―――』


「40-30!」


 審判のコールを聞いて、私は大きくガッツポーズをとった。


 ―――"東京モン"にだけは、絶対に負けたくない!!





 ―――ゲームカウント、2-1

 ―――真田飛鳥のサービスゲーム


 この選手の底知れない凄さは分かった。

 彼女は1年前のジュニア選抜の時とは比べものにならないくらい、強くなって私の前に立ち塞がっている。


 このゲームも残り1ポイント・・・ここを落としたらゲームカウントを取られてしまう。

 なんとか、それは防がなきゃ。


 レシーブの構えを取り、真田選手をパッとみた―――その瞬間。


 大観衆の声援が、聞こえなくなった。

 周りのものが全てモノクロに見えて、スローモーションのようにゆっくりと再生されている。

 そんな白黒スローの世界で。


 唯一―――私と真田選手だけが、普通に動いてプレーしている。


 真田選手がゆっくり・・・ゆっくりと、サーブの構えに入る。

 ボールを握る指先。

 そして、私の方を睨みながらサーブ動作を始めるその表情。

 それら全てが、彼女の今の貫禄を物語っているようで―――その、やけにゆっくりと見えたサーブ動作が、強く私の脳裏に焼き付いていくのが分かる。


 バリバリ、バチバチ。

 ゆっくりと再生される白黒(モノクロ)の景色。

 それが、頭の奥の奥の奥へと、確実に―――


「取ったー! 真田がサービスゲームをキープ!」

「ショット鬼速ッ」

「でも、水鳥さんの反応も悪くなくない!? ついて行ってるよ!」


 再び騒ぎ出す観衆。

 その声が聞こえるようになってきた時には。

 さっきまでの感覚は何だったんだろうと、自分でも不思議に思うほど・・・あの景色が、遠いものになっていた。

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