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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
340/385

VS 赤桐 ダブルス1 山雲・河内 対 新田・工藤 2 "あたりまえ"

「せ、先輩たちッ。お疲れさまッス! お水、どうぞ!!」


 昨日・・・いや、それ以前から。

 野木先輩に散々言われたことを、思い出す。


『あたしはこの全国大会、コートには入れない。だからさ、長谷川。あたしが今までやっていたことを、アンタにやって欲しいんだ』


 野木先輩がやってきたこと。


『ベンチで選手を迎える。タオルとか水とかを渡したり、監督とのコミュニケーションを円滑にさせたり。それってきっと、地味だしあんまりやりたくない仕事だと思うんだ』


 ベンチに入りながら、裏方としてチームを支える役割―――


『だけど、アンタなら・・・きっと、出来る。やってくれるって、信じてる』


 ・・・やってみせます!

 先輩が今までそうやってチームを支えてきたように、この全国ではウチが・・・そういう役割を、率先して行う(やる)んだ。


(ウチに、レギュラーの皆さんほど圧倒的な実力は無い)


 だから、今は自分に出来ることを・・・一歩ずつ、着実に。


「長谷川」

「は、はいッス!」

「水、ありがと」


 河内先輩に、ペットボトルを手渡される。

 それを受け取り、じっと見つめ。


「咲来先輩、次のゲームなんですけど」

「なんとかここ、キープしたいよね」


 もう既に2人の空間に入ってしまった先輩達を、その外から見守る。


「か、監督!」


 そしてウチから、監督の方へ歩み寄り。


「指示は無いんですか・・・!?」


 大切なことを確認。


「2-1でリードもしている。山雲と河内は2人でゲームメイクも出来るペアだ。私が下手に入ってあれこれ言うより、今はあの2人に任せようと思う」

「そ、そうですか・・・」


 この人にここまで信頼されてるって、やっぱり先輩達・・・すごいんだなぁ。


(ウチも、いつか・・・!)


 いつかきっと、この人達くらい信頼される選手になりたい。

 そう思わせられるには、十分すぎる光景―――


 ベンチに入れたからこそ、見られた景色。


 これが、ウチにとっての全国大会。

 ウチにとっての、初めての夢舞台。

 今、ここで見たことを、経験したことを・・・忘れずに。

 ここで得た全てを、自分のものにしたい!





 あたしはずっと、独りだった。


 テニスを始めた時も、自分が上手だから、やっていて勝てるから始めた程度。

 そしてそのくらいでは、テニスの道を究めようとする子たちが100人近く集まり、(しのぎ)を削る。そんな白桜(かんきょう)では、通用しなくなっていった。


 久我まりか。新倉燐。

 白桜(ここ)には『そのレベル』の天才が居た。

 あたしなんかでは到底、到達し得ない高みに手をかけた選手たち。

 そして、その競争を勝ち上がった上でぶつかってくる、他校の選手たち。


 その環境で、独りになった時・・・咲来先輩に、出会った。


 2年生の中でも不器用で、自分の実力に自信がない人。

 そんな先輩の中に、あたしは―――『あたし自身』を、重ねていたんだ。


 この人とあたしは、全然似てないけど・・・でも、"そっくり"なんだって、そう思えた。


 たった独りの絶望から、あたしをすくい上げてくれた人。

 あたしと一緒にダブルスが出来るのは、貴女だけ。

 あたしと一緒にコートでテニスを表現できたのは、貴女だけなんだよ。


 先輩。

 ありがとう。



 ―――来たボールを、ただ打ち返す。

 素早くセンターに戻って、ステップ。切り返し。


 先輩が動く方とは逆へ―――先輩が前に出るなら後ろへ、後ろへ下がったら前へ。

 『間』を開けない。敵に攻撃させる隙を、作らない。


 これがこの1年間、あたし達がやってきたテニス。


 ・・・その、集大成を。


(今、ここで表現する!)


 先輩とのダブルスが、あと何回か。

 全国の頂点までが―――あと、どれくらいなのか。


 それはもう、片手で数えられるほどで。


『瑞稀、』


 いつも先輩が言ってくれた言葉がある。


『私、瑞稀とのテニスが1番だよ』


 微笑んで、あたしの手をそっと取ってくれて。


『だから・・・、全国で"1番"になろうね』


 あたしの手を両手で包み込んで、そして笑ってくれる。


 ―――日本で最高のペアになろう、と


(そのチャンスが今、目の前に来てる!!)


 目の前に来た打球を強打。

 しかしそれを、敵の後衛に止められる。


 普通の相手なら確実に決まっている打球だ。

 ・・・あれが抜けないのが、この新田・工藤ペア!


(この人たちに勝てば!)


 あたし達は、全国で最も高いところ・・・。

 そこに限りなく近い場所へ、進める。


 ―――先輩との約束が、現実のものになる


 その為に!


「先輩ッ!」


 普段はあまり声かけをしないそのタイミングで、先輩へ声を送る。


 これはテニスの技術的な声かけではない。

 『先輩、あたしの為に頑張って』

 そう、あたしの声を聞いて、元気を出してもらうため―――


 "あたしの先輩"なら、きっと・・・!


「40-15!」


 それを、為してくれる。

 あたしの為に、点を取ってくれる。


「瑞稀」

「せんぱいっ」

「ありがとう。今の瑞稀の声・・・すごく、可愛かった」


 ―――あたし達なら、この全国の『頂』を獲れる


 その自信が、今はある。


「咲来先輩なら取ってくれるって、信じてました!」


 さぁ、行こう。

 2人で、てっぺんを・・・取りに!





 私の中学生活は2年生の夏までとそれ以降で一変する。


 1つ、副部長という立場を任されるようになった。

 これはまりかと一緒にチームを支えるという面でも、自分以外の部員たちのことを考えるようになったという面でもすごく大きかった。

 私が人間的に成長できた、転換点。


 そして、1つ。


 河内瑞稀と、ダブルスを組むことができた。


 彼女と知り合って、ダブルスを組んで。

 そして何より、瑞稀を特別な関係性の女の子だと認識して、付き合うようになった。

 テニスを極めると選択したその時から、そういう色恋のアレコレは捨てたつもりだった。私はテニスで1番になるから、それでいいと。


 だから、そういうパートナーがテニスをやる過程で得られるとは、当時の私はまさか思いもしなかっただろう。

 瑞稀はダブルスペアのパートナーであると同時に、私にとっては他の人とはまったく違う、特別な女性(ひと)。世間でいえば、恋人に近い関係性かもしれない。


 その大好きな瑞稀と―――全国のトップを目指して、一緒にテニスが出来る。

 こんなに嬉しいことはない。

 1番大好きな瑞稀と、1番大好きなテニスで1番を取るために一緒に練習する・・・。私の最後の1年は、とても充実していて、キラキラに輝いていた。


 私と瑞稀はめきめきと力を上げていき、都でもトップの実力だと認められるようにもなる。


「ん・・・」


 だから、そんな相手とキスしたり、身体を触り合ったり・・・。

 そんなことをするようになるのは当たり前のことだった。


 同じ部屋になったという事もあり。


「ちゅ」


 瑞稀の口に入れていた舌先を、すっと抜く。


「せんぱい・・・ちゅっ、だいしゅき、です」

「私も、だよ、ちゅ」


 それでも瑞稀は離してくれず―――そして、その感じがまた、信じられないくらい気持ちよかった。


 私たちは、互いが互いを特別だとちゃんと認識している。

 だから、そのうえで。

 "特別な相手と"、この全国のトップを本気で狙ってきた。


 ―――私たちは、誰にも負けない

 

(それを証明するために!!)


 頭の上を越されそうな打球に、ラケットの先端を当てる。

 ボールはふわっと浮かんで、敵前衛の前に落ちた。


 だが―――


「終わらせるかッ!!」


 敵前衛はそれを拾い、ぽーんと打ち上げる。

 その瞬間、だった。


 ―――都大会の決勝戦を思い出す


 あの試合の最後も、こうやって敵コートから打ち上げられた打球を見上げてたっけ。


「瑞稀!」


 だから、こういう場面は。

 パワーで押さなきゃいけないこういう時は。


(貴女に任せるよ)


 だって瑞稀、力任せのパワーショット打つの・・・大好きだもんね。


「これで、」


 瑞稀の狙いすましたようなスマッシュが、


「終わりだぁぁぁああ!!」


 敵コートの中心で跳ね、


「ゲームアンドマッチ」


 ―――私は大きく両手を上げる


「山雲・河内ペア! 7-5!!」


 そして飛び込んできた瑞稀の身体を、


「先輩っ!」


 ぎゅっと抱きしめ、支える。

 強く、激しく。

 この場では収まらなくなるんじゃないかってくらい―――2人で・・・熱い、抱擁を。

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