最初で最後のチャンス! 1
「今日は実戦形式での全体練習です。今日、明日・・・土日の2日間で来週の合宿に参加する1軍メンバーが決まるのは皆さんも知ってると思いますが」
練習前。
小椋コーチが2軍選手全員の前で話をしている。
わたし自身、2軍の全体練習にもダブルスでの実践練習にも初参加。
先輩とギリギリまでダブルスのコンビネーションや技術を詰め、本当に最後の最後で間に合って今日から2軍の練習に参加できるようになったのだ。
「まさに滑り込んだ感じですね。いいですか、ここ1ヵ月の全てを・・・今日の練習で出し尽くしましょう」
先輩は練習前、緊張が丸わかりの強張った顔でそう言っていた。
だから。
「先輩、背、縮みました?」
「はあ!?」
今、大事な話をしてましたよね!?と突っ込まれる。
「いや、縮んだなーって思って。ほら、身長差が・・・」
わたしは先輩の頭をぽんぽんと叩く。
「私が縮んだんじゃなくて、お前が伸びたんですよ! 成長期羨ましいわ!!」
「あ、そうなんですよ。最近わたし、完全に成長期に入って。この間、ブラのサイズ1つ上げたんですよねー」
言って、気持ち胸を張った。
「藍原、良い度胸ですねえ・・・!」
先輩が拳を組んで、パキポキと指を鳴らし始める。
どうやら彼女が沸点を迎えたらしいところで。
「その調子です! 先輩はそのくらい激昂してたくらいが丁度良いですから!」
このみ先輩は考えこんじゃうと、基本ネガティブだから。
わたしがポジティブに引っ張っていかなきゃいけないんだ。
ふぁいと、とガッツポーズを作り。
「ね、先輩」
目いっぱいの笑顔で先輩の背中を押した。
大丈夫。あなたが誰よりも努力していたのを、わたしは1番近くで見てきたんです。
「それが伝わるか空回りで終わっちゃうか・・・生かすも殺すも、わたし達自身なんですよ」
―――ふう。
深呼吸と共に、回想から現在に戻る。
「夏の大会の登録メンバーはその”合宿参加組”から選ばれます。特に・・・3年生。この意味が分かりますね」
コーチは2軍の選手たちをぐるっと見渡して。
「1軍に残れなかった3年生は、明日の練習後・・・監督からお話があります」
場の空気が凍てついた。
コーチの言葉の意味を、全員が理解している。
なるべくオブラートに包んではいるけれど―――いつもは柔和なコーチ表情が、真剣そのものになっていることから、ただ事じゃないのは想像に難くない。
(2軍に残された3年生は・・・"引退")
コーチの口からその単語は出てこなかったけれど、わたしにだって分かってるんだ。みんな、分かってる。
それを承知で・・・でも、誰1人としてこの場に諦めている者は居ない。
このピリついた雰囲気は、全員が全員、なにがなんでもと死に物狂いだから生まれているものなんだ。
「ひゃー。すげーッスね先輩たち。この空気耐えられんッス」
「耐えられない子の態度じゃないけどね、それ」
おどけた様子で脅える万理に、突っ込みを入れる。
「こりゃ球の拾い甲斐がありそうッス」
万理はそう言って肩をすくめると。
「頑張ってください、姉御」
真面目な声色で、呟く。
「姉御はウチら1年生の希望なんス」
「それは大げさじゃない?」
万理はゆっくり首を横に振る。
「文香姐さんみたいな天才じゃなくても・・・。1年で1軍狙ってる姉御を、みんな目標にしてるッスよ。すげーって思ってるッス」
そこで万理は、ビシッと敬礼。
「ウチら1年生の代表として、いってらっしゃい。今夜は2人で祝杯上げましょう」
そして彼女は糸目を少し開け。
「姉御の最初の戦友として、精一杯応援させてもらうッス」
言って、にひひ、といつもの調子の笑いを浮かべた。
「誰に向かって言ってんの」
だからわたしも。
いつもの調子で返そう。
「わたしはこのチームのレギュラーを獲る。これは夢じゃない。絶対に叶えるべき目標だよ!」
万理の胸にぽん、と軽く拳を合わせ。
「いってくるね」
そう言って、すぐに踵を返した。
もう、振り向かない。
だってわたしは、2軍に戻ってくる気は全くないから。
◆
練習は実戦形式で行われる。
3ゲーム先取のハーフセットマッチを、相手を変えながらとにかく繰り返す。
「勝ち続ければ、いつか監督とコーチの目に留まるはずです」
先輩は練習前、そう言って前陣へ行くわたしの背中を押してくれた。
「サイン忘れるなよ、バカヤロー」
「はいっ!!」
ここまで来たら言葉はいらない。
やるだけだ。
「てええいっ!」
わたしは来た球を思い切り打ち返す。
先輩とわたしは言うなれば急造ペア。完璧な連携や息の合ったプレーは出来そうにない。
それならば、自分の出来ることを出来る限りやる。先輩もそれでいいと言ってくれたんだ。
「ゲーム、菊池・藍原ペア」
「おおおっし!!」
そしてポイントを取ったら思い切りガッツポーズで叫ぶ。
気合を全面に出したプレー。気持ちで負けたらダメだ。
でも。
(今のわたしは、押すことしか出来ないプレイヤーじゃない!)
ダブルスプレイヤーとして、先輩に任せるべきところは任せられる。
全部のボールを追う必要はない・・・ダブルスの基本、役割分担!
2人でやっているんだ。いつもそのことを頭に置いておけと先輩は言っていた。
―――先輩の打ち返したボールが、相手ペアの間を抜けてポイントが決まる。
「先輩、ナイスプレー!」
「お前に褒められると背中がかゆくなるですよ」
軽口をたたく先輩は、息一つ乱れてない。
あの延々と外周を走っていた時に比べれば、こんなのなんてことは無い。
朝早くから練習を始めて、陽が沈んで見えなくなるまでボールを追いかけたんだ。
これくらいでへこたれるわけがない。
「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原ペア!」
だから、その言葉を聞いた瞬間。
「やったあああああ!」
叫ばずにはいられなかった。
わたしと先輩の、初勝利。
「3-0でしたが、1ゲーム目でバタつきましたね。次からはもっと冷静に入りましょう」
「はい! 勿論でありますっ!!」
「冷静になれっつってんだバカ!」
結局最後はどつき合いになってしまう。
しょうがないよね、これがわたしと先輩のやり方なんだから。
(先輩には・・・全てをさらけ出せる)
それを受け止めてくれるって分かっているから。
わたし達はそれだけの濃密な時間を共有してきたんだ。
だから。
「ゲームアンドマッチ、菊池・藍原!」
絶対絶対、1軍に行く。
この人と一緒に、わたしはこのチームの力になりたい―――




