VS 赤桐 ダブルス1 山雲・河内 対 新田・工藤 1 "屋台骨"
「「ありがとうございました!」」
ダブルス2、終了―――
先鋒の試合に相応しい、テンポの良い熱戦に会場中から拍手の音が鳴り止まない。
互いに頭を下げ、握手を交わす白桜と赤桐のペア2組・・・。
疲弊した様子の菊池選手はともかく、藍原選手や赤桐の2人の表情は明るい。
(結局・・・)
7-5。
手元で付けていたスコアに目をやる。
試合は、赤桐のものとなった―――
白桜は終盤追い上げたものの、途中から完全にスタミナが切れて動きが止まってしまった藍原さん、そして再び集中攻撃を受けた菊池さんも抵抗できずにそのまま試合を落としてしまった。
「そりゃ、菊池さんの分まで動いてたらスタミナも切れますよね。まだまだ1年生、身体も仕上がっていない時期・・・」
「藍原さんに敗因を押しつけることは出来ないでしょうね」
逆に、私は彼女はよくやったと思う。
普段とは違う、先輩が絶不調という場に追い込まれながらも、彼女は動じるどころか上を向いて先輩を引っ張っていた。
サーブでガンガン点を取り、それ以外の場面でも彼女のショットが決まっていた場面をこの試合、よく見たと思う。
(正直―――)
藍原有紀という選手の底の知れなさ、そして無限の"伸びしろ"を感じた1試合だった。
菊池選手に任せている遠いボールへの処理、細かい1つ1つの動作。
そしてまだまだ1年生レベルのスタミナに、課題の1つである制球力―――そして、精神力。
補完しなければならない点はいくらでもあるが、逆にそれが『完成されたとしたら』という想像力を残す余地にもなっている。
(もし、試合中盤から終盤の動きを、シングルスで表現できたのなら・・・)
全国レベルの敵からサービスエースを取れるサーブを主体とした、超超攻撃的なテニスが武器の"稀代のポイントゲッター"・・・そんな選手に、なるのではないか。
そう思わせられるには十分すぎるほどの余韻を、彼女はこの試合で残したと思う。
「試合こそ落としたものの、得たものは大きい」
外野の私から見てもそう思えるのだ。
本人は、そして白桜の仲間達は、確かな感触を掴んだはず―――
「このまま何か大きな踏み違えさえなければ、彼女は羽ばたいていける。そんな選手になれる」
期待しているわよ、藍原さん。
地区予選からずっと見守ってきたそのひいき目をなしにしても・・・貴女は、もっとどこまでもいける選手だと、そう思う。
◆
「いこっか、瑞稀」
前の試合の結果を見届けると、隣の瑞稀の背中に手を回して、ぽんと押す。
瑞稀は、黙って・・・大きく一度、首を縦に振ると。
私たちは揃って踏み出す。
コートへの第一歩を。決戦の舞台への、大切な一歩を。
顔を上げ、前を見ると。
目に入ってきたのは、コートから引き揚げてくる・・・藍原さんと、そしてこのみの顔。
このみは完全に下を俯いてしまっていて、藍原さんがそれを必死に励ましながら、肩を担いでいる。
(このみ・・・)
試合内容が試合内容だ、彼女が落ち込むのも仕方が無い。
しかも、痛いことにこの試合を落としている・・・。
―――私たちが、すれ違うその瞬間、
「咲来」
呟くように小さなこのみの声が、頭に大きく響いてくる。
「すまんです・・・後、頼みました」
細く、細切れになってしまいそうなその声を。
「わかった。あとは全部、私たちに任せて」
拾って、すくい上げる。
貴女はよくやった・・・だから、残りの事は、全部私たちが。
―――私たちがコートに入ろうとした、そのときだった
「このみ!」
後ろから、大きな声が聞こえる。
「これで終わりじゃないから!」
まりかの声だ。
「私たちが必ずもう一度、君をコートに立たせてみせる!!」
その言葉に、レギュラー全員がまりかの顔を見つめた。
半分コートに入っていた、私たち2人でさえ・・・。
(まりか・・・!)
うん。
やっぱり―――貴女が部長でよかった。
「・・・っ」
「だからそんな顔するな。一緒に応援しよう!」
元気に声をかけ、このみの背中をさする。
肩を担いでいた藍原さんも、思うところがあったのか・・・まりかの方をじっと見つめ、思わず呆けてしまうほど。
「ホントあの人、美味しいところは持っていきますよね」
瑞稀がふふっと吹き出すように笑いながら零す。
「うん。頼れる、私たちの部長だからね」
「・・・あの人に全部持っていってもらいましょう、今日の試合」
「うん、そのために」
「この試合は絶対に落とせない・・・!」
瑞稀の目の色と声の色が変わった。
試合モードだ。
じろっと視線をぶつけた先に居たのは―――赤桐の、ダブルス1。私たちの、対戦相手・・・!
(新田ゆうかさん、工藤愛奈さんペア)
全国でも屈指のダブルスペア。
過去には黒永の那木・微風ペアにも勝ったことのある、全国トップレベルのペアだ。
「アンタらに勝てば、赤桐の2連勝で王手」
「この試合、いただくよ」
敵ペアの、挑発に。
「簡単には勝てそうに無いのは分かりました」
瑞稀は、真正面から答える―――
「でも、勝つのはあたしと先輩ですから」
でもね。
「だって、あたし達は全国で1番強い」
私は瑞稀のそういうところ・・・大好きだよ。
「だから"誰にも"負けない!!」
言って、その大きな胸をもっと大きく見せるようにぐいっと張る。
瑞稀がそういう役割をやってくれるからこそ、私は一歩下がってそれを諭すような立場に落ち着いていられる。貴女が引っ張って、私が押し上げる。そうやって私たち、ここまで来たんだもんね。
「山雲・河内ペアと、新田・工藤ペアの試合を開始します」
「礼」
「よろしくお願いします」
開幕は、静かに―――だけど、両者4人。その目の奥は熱かった。
試合展開そのものをも大きく左右しかねない2試合目。ここは学校の屋台骨。
私たちペアが任されているのは、そういう部分。
そして、ここを支えきってチームの勝利に貢献すること・・・それこそが、私たちのすべきこと。絶対に勝ち抜いてみせる。
私と瑞稀なら、必ず!
◆
あたし達のサービスゲームから試合は始まる。
サーブを打つのは咲来先輩・・・。あたしは前衛で攻撃に備える。
先輩が打ち込んだサーブ、それを敵がレシーブし先輩のところへボールが帰ってくる。
それを先輩が再び敵コートへ返す。そのとき。
―――敵の陣形は完璧
ダブルスペアそれぞれが対角線同士に構え、どこにどんなボールが来ても対応が出来るような位置取りを仕掛けてくる。
ボールは再び後衛へ・・・それを、今度はあたしめがけて返してくる。
瞬時に思考、反応。
この陣形を崩すことがまず、あたしのすべきことだ。
ならばまずは前衛にボールを回して、とにかく場をかき乱す。
近い位置に弱いボールを返すと。
前衛の新田選手は素早く反応して、それを強打。
勝負に、乗ってくれた―――
あたしは、後ろをちらっと、身体半分振り向くように先輩の方を見る。
「ッ!」
先輩はそのボールにしっかりと反応してくれた。
敵前衛が前に出た分、少しだけ崩れたそのフォーメーションの間をつき、ボールが敵ペアの間を抜けていく―――
「15-0」
まずは、最初のポイントを堅守。
しかし、今の一連のやり取りで完全に気づいたことがある。
「先輩、ナイスショットです」
「うん。・・・瑞稀、気づいたよね」
「はい」
こくり、先輩の言葉に頷く。
「敵ペア―――相当、強いですね」
「普通にプレーしてたら、やられるよ」
そう、普通にやってたら勝てない相手。
それが赤桐のダブルス1・・・新田・工藤ペア。
(さすが、全国最強チームのダブルス1)
そりゃあ、全国でも最強レベルのペアが出てくるよね。
―――でも、
(まあ、全国最強は・・・)
あたし達、だから。
関係ないけどね。
―――ああ、なんだろう
全国へ来てから、あたしはどこかでもの悲しさみたいなものをずっと感じてプレーしていた。
―――あと何試合、先輩と一緒にテニス出来るだろう
―――この試合を含めて、あと何試合、同じコートに立てるだろう
そんな事を試合の中でも考えてしまって、目の前の試合に本当に没入することが、難しくなっていた。
―――だけど、
この相手は・・・違う。
この人達が相手なら、あたしは。
(本気を、全力を・・・出せる!!)
そう直感できる。
それほどの相手。そういう敵と、勝負が出来ていることに。
今はちょっとだけ、感謝していた。




