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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
338/385

VS 赤桐 ダブルス2 幡田・竹宮ペア 3 "覚醒"

 ぽーん、ぽーん。

 右手で数回、ボールをコートに弾ませる。

 ボールをしっかり掴んで、相手コートを睨む。

 ネットから手前、コートの半分の半分・・・サービスコートを目視で確認―――あそこにサーブを入れる。大丈夫、いつも通りだ。


 このゲーム・・・試合を左右するほど重要なものになるのは自分でも分かっている。

 ここでわたしにサービスゲームがまわってきた。これは巡りあわせだ。巡ってくるべくして、巡ってきた。


(わたしの1番得意な、"サーブを打つこと"・・・)


 それで試合の流れを掴む。

 先輩の状態が万全ではない―――その中で。

 サーブだけでポイントが稼げるのなら、これ以上に楽なことはない。


 狙うは、サービスエース!


「ふう」


 一息―――この時、わたしの頭には1つの光景が浮かんできていた。


 関東大会準決勝、シングルス3。

 龍崎麻里亜さんとの試合・・・その、試合終了後。


『勝てればなんでもいい。強くなれれば、方法論や過程にはこだわらない―――』


 彼女の言葉が、流れ込んでくる。


『"何でもいいから強くなりたい"』


 強くなりたい。

 もっと先へ、もっと上へ。

 自分より強い選手たちと戦って、そのステージにまで上がりたい。

 彼女たちと、もっと熱い試合がしたい―――!


 "エース"に、なりたい・・・!!


(―――ッ!!)


 頭の中がクリアになっていく。

 まるで霧や(もや)が晴れていくような、そんな感覚。

 この大観衆の中にあって、妙に自分の周りだけが静かで、観客の声は遠くに聞こえる。


 ドクン。ドクン。

 心臓の音が大きく聞こえ、自分が何を考えているのかがよく分かる。


 この―――『感覚』。


(掴めた)


 いける。

 この感覚のままなら、わたしは自分の力を最大限に引き出すことができる。


 右手で高く、ボールをトス。

 落ちてきたボールを、思い切り撓らせた左手で、その先のラケットの真芯(スイートスポット)で、インパクト!


 打ったのはフラットサーブ。

 このサーブのパワーで、まず相手を圧倒する。

 放たれた打球は一直線にサービスコートへ、そこに落ちて、大きく跳ね上がる!


 ―――敵選手は、それに上手く対応してレシーブしてくるが


 まったく、力が伴っていない。

 弱い打球はぐんと弾道を下げ、相手コート内へ一直線に落ちていく。


「15-0!」


 審判のコールを聞いて、わたし達ペアにポイントが入ったことを自覚した。


「藍原、ナイスサーブです!」

「自分でも上手くいったなと思いました」


 先輩から渡ってきたボールを、再び右手で握る。


 ―――次は、


 次のサーブは。

 相手のタイミングをずらすのが目的の、クイックサーブ。

 わたしの感覚では普通のタイミングのこれに、敵が戸惑ってくれれば儲けもの。


 だが相手はこれにもちゃんとついてくる。

 さすが赤桐の正レギュラーだ。"タダ"ではサービスエースをくれない。


 後衛に返ってきたボールを、わたしは長い距離、それもクロスを狙って思い切り振り切る!


 ぐん、と。

 打球が伸びた感覚がした。


「30-0」


 ボールはコートを斜めに一直線・・・敵コートの四隅で跳ねて、相手を寄せ付けない。


(いける!)


 この時、自分で確信した。


(わたし・・・いけるよ!!)


 今のわたしの調子は絶好調―――ううん。それよりもっと上。

 何か一つ、天井を突き抜けて、その上に出たような、そんな感じすら覚えるところに来てしまったんだと。





 ―――大事なゲームを、敵のサービスゲームとは言え簡単に取られた


(ゲームカウント4-5・・・)


 何か、嫌な感覚は伝わってきていた。

 敵1年生選手・・・藍原有紀から溢れる闘志、強い意志。

 絶対に点を取ってやるんだというプレッシャー。その全てがこちらを圧倒してくる。


(監督からの指示は変わらない。菊池このみにボールを集める・・・)


 だけど、向こうの藍原がそれに感づき、割って入るように動き始めているのももうとっくに知っている。

 問題は藍原がどこまで動けるか・・・。

 もう1人の選手の動きをカバーし、フォローし続けるのは単純に考えて通常の2倍の運動量を要求される。それに耐えられるスタミナを、1年生―――藍原有紀は持っているのか?


 その疑問はある、あるが・・・。


(とにかく現状は、あの子にボールを打たせないこと!)


 先輩のサーブが敵コートで跳ねる。

 レシーブするのは藍原の方・・・。


(今は菊池が前衛! 前にボールを集める!)


 レシーブを返す先輩がボールを強打し、前衛の菊池に取らせるような打球を打つ。


 しかし―――


(ちっ!)


 菊池はそれをスルー。

 藍原が、そのボールに追いつく。

 3年生を庇うようにそれを打ち返してくるのだ。その打球が・・・!


("揺れてる"!?)


 あの藍原有紀の打つショットには独特のクセがある。

 しかし、"それ"では・・・"その言葉"では表現しきれないほど、今の彼女の打球は揺れていた。その打球が、真っ直ぐこちらに向かってくるのだ。


「くっ!」


 私はそれを思わず見送る。

 手が出なかった。

 後衛の先輩に、託す―――


「ッ!」


 しかし、先輩の放ったショットは威力が全く出ず、ネット前で自陣に落ちる。


「0-15」


 審判のコールと共に、私は歯噛みする。


(主導権を握っていたのは、こっちだったはずなのに!)


 さっきのサービスゲームから、流れが変わり始めている。

 今度は菊池がレシーブ。

 それが私の目の前にやってくる。


 これは、打ち返さなくては!


(勝負だ、藍原有紀!)


 同じ1年生同士、アンタの実力が本物かどうか・・・私が見極めてやる!


 藍原が後方に走り、前衛を空けた敵コートへ向かって打ち下ろすように上から下への打球を放つ。

 ベースラインギリギリ、そこに落ちるようなショットを。


(入った!)


 手応えは十分。

 これは点が取れた―――そう、確信したはずなのに。


「―――!」


 藍原が、それを・・・打ち返す。


 打球は大きく弧を描き、後衛の先輩の元へ。

 先輩はそれを、前衛に出た菊池このみに向かって強打。

 しかし、菊池はそれを見送る―――彼女の後方へ回り込んだ藍原に、ボールをまわす為に。


(ダメだ、今のあいつにボールを渡しちゃ・・・!)


 だって・・・!

 今の藍原は、


 ―――手が、付けられない!!


 藍原が放った打球は後衛から一直線にそのまま真っ直ぐ。

 コートの1番奥から1番奥へ、鋭い打球が抜けていく。


 追いかける先輩の、その向こうを打球が通過。


(・・・この選手、)


 敵コートでガッツポーズをする、


「0-30!」


 ―――藍原有紀に対して。


(全国の舞台・・・いいや、違う。"この試合で"―――)


 私は、『恐怖』すら覚えていた。


(覚醒、してる・・・!)


 ペア相手の3年生の絶不調。自分がやるしか無いという状況にまで追い詰められて・・・その極限状態だからこそ開花した、勝負強さと才覚。

 あの子は、"試合の中で"1つ上の次元まで到達した。


 そうとしか、思えない―――





 入部以来、ずっと彼女を見てきた。

 有紀は私のちょっと後ろ・・・そこをひたすらにピッタリと付いてくるような子だった。

 どれだけ引き離そうとしても、私が歩みを速めても。

 決して遅れることなく、後ろをくっついてくる。


 いつの間にかそのことを、当たり前に感じている自分もいて。

 私がどれだけ速く走っても、有紀なら一緒に付いてきてくれる・・・そう思ってきた。


 今日の試合を見て、その感覚がより強くなった。

 ううん、違う。

 もしかしたら、既に彼女は私を追い越しているんじゃないか―――そう感じるほど、今日の彼女のプレーには、引き込まれるものがあった。

 人を惹きつけるプレー・・・この会場の、いったい何人が彼女のテニスの『真の領域』に気がついただろう。


(私も、がんばらなきゃ・・・)


 はたと思う。


(あの子に追い抜かれないように、もっと)


 これは焦燥感? 危機感?

 その、どちらでもないもの?


 私が私であるためには、誰よりもその高みに近くなければならない。

 そうでなければ、私は水鳥文香失格だ。


(もっと―――!)


 ―――この気持ちを、

 試合で表現しなきゃ・・・!


 頭の中に強く出てきた"この思い"を抱えたまま、私は自分の試合を待つことになる。

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