VS 赤桐 ダブルス2 幡田・竹宮ペア 2 "今日うまくいかなくったって"
朝、目が覚めた瞬間、身体の調子が良くないのは分かっていた。
ずっしりと全身が重い。
気持ちが入らず、力が抜けていく感覚すらある。
ラケットを握った時、それは確信に変わった。
素振りをしても・・・いつものようにいかない。どうしよう。焦りが私を追い詰めていく。
相手は全国最強の学校―――いつも通りの調子だったとしても厳しい相手だ。
そこを相手にするのに、この体調じゃ・・・。
それでも自分を奮い立たせて、コートに立った。
だが―――
普段通りのプレーが出来ない。
それは試合が進むごとに浮き彫りになっていき、私がペアの足を引っ張っているのが如実に分かってしまった頃には、敵からボールを集められ、集中攻撃を受けるまでになっていた。
―――エンドチェンジ、一旦ベンチへ引き下がる
「菊池、」
まず、監督が近くに寄ってきて。
「調子が悪いんだな」
確認をするように、私に向かってそう言葉をかけてくれた。
「・・・はい」
私はただ、それに頷くことしかできなくて。
「身体が重いです。上手く動きません。不調どころか・・・絶不調だと思います」
「先輩・・・」
藍原が心配そうにこちらを見る。
当然だ。
ペアを組んでいる相手がこんなんだったら、そんな表情にもなるだろう。
「・・・」
打球を集められ、恰好の的にされて。
「・・・く」
―――こんなに大事な試合で、
―――3年間の集大成を見せなきゃならないところで
「っそ・・・!!」
―――情けない
「私、何やってるんでしょう・・・」
―――チームに、みんなに、藍原に
―――申し訳ない
「このみ先輩」
私の言葉を、全部聞いたうえで。
「次のゲームから、わたしにボールをまわしてください!」
この子は、まだ前を・・・、"上"を向く―――
◆
「先輩に打球が集められているなら、それを逆手にとってやりましょう! 先輩の分までわたしが打ちます!!」
「藍原、お前・・・」
「前衛守っているときは、打球をスルーしてください。後衛の時にはなるべく後ろの方に返して、次の打球を前で取れるようなところに打たせてください!」
「簡単に言うが、単純に考えてお前への負担は2倍以上になる・・・、という事になるぞ」
大丈夫です、監督。
「わたし、まだ動けます! 体力有り余ってるんで!」
今まで、散々走り込みや体力強化の練習をやってきた。
まだわたしは全然立てる。走れる。打てる。
少なくとも、体力が切れるまでは―――先輩のフォローに、全力を尽くせる!
「このみ先輩」
わたしは、ちっちゃく肩を震わせている先輩の頭に、ちょこんと手を乗せて。
「わたし、今まで先輩に本当にいっぱい助けてもらいました。数えきれないくらい・・・。たくさんのものを先輩からいただいてきました。だから!」
―――そうだ
「今日はわたしが先輩を助けます。先輩の弱いところ、わたしがカバーします。今までの分、ぜんぶ返せるとは思えないけど・・・」
―――それでも、そのほんの一部でも、
「先輩に恩返し、したいんです!!」
―――貴女に返せることが出来るのなら
「これがわたしの気持ちです」
・・・。
大歓声が飛び交うスタジアムにおいて、このベンチだけが息を呑む。
先輩は下唇を噛み締め、それでも何かを決したように、口を開くと。
「お願い、できますか」
小さく、絞り出す。
「勿論です!」
わたし達ペアの行く道は、決した―――
「私はなるべくボールをお前にまわす」
「わたしは、それを相手コートに叩きこんで、点を取る!」
わたしが、ポイントを取るんだ。
点取り屋になって、このペアを引っ張る。
そう、今日は・・・わたしが、このペアの『フォワード』。攻めるんだ!
「いきましょう!」
だから、今日はわたしから先輩に呼びかける。
「はい!!」
先輩、なんだか少しだけ―――元気が戻ってきたような気がする。
掛け声とともに、ベンチを飛び出していく。
この作戦が上手くいくか・・・すべてはわたしにかかっている。
わたしがこの作戦の要・・・上手くいくもいかないも、全てはわたし次第・・・だから。
これまで先輩に教えてもらったことをすべて出して。
(このみ先輩、付いてきてください)
わたし達は、この試合に勝つ!!
◆
敵のサーブを、わたしが無難に返す。
その瞬間から、敵の"先輩狙い"は発動する。
狙いは前衛の先輩・・・ネットの近くにいった打球が彼女を襲う。
(そう、ここで・・・)
今度はわたし達の作戦が発動する。
その打球を、先輩がスルー・・・後衛のわたしの方へ、打球が飛んでくる。
「ッ!」
しかし当然、前衛の先輩を狙ったショットの為、打球自体は浅い。普通に待っていたんじゃ間に合わない。わたしは少し前にダッシュしながら、ラケットで拾うように腕を前に差し出し、打球を掬い上げる。
敵前衛を超え、打球は後衛の下へ。
それが再び、今度は普通にわたしのところへまわってくる。
(ここだ!)
狙うのは、点を取りに行くのは―――この瞬間ッ!
打球を強く・・・叩く!
それが敵後衛の逆方向へと飛んでいき、強打した打球がコート内で跳ねて。
「0-15」
わたし達に、ポイントが入る。
「藍原、ナイスです」
「はい! 上手くいきました!」
パチン、わたしとこのみ先輩の手のひらが重なる。
次―――
今度は先輩がレシーブ・・・後衛へとまわる。
ここはさっきより難しくなる。
先輩が打球を後衛に集め、なるべく遠いところで打たせるようにする。
そして、打球がわずかに弱くなった隙を見つけて・・・。
(わたしが無理矢理、割って入る!)
敵の強い打球を両手で思い切りスイング。
次に返ってきた打球も、わたしが受ける。先輩は完全にわたしの後ろに隠れる形。
敵ダブルス2人に、わたし1人で挑んでいく―――そんな陣形になる。
「15-15」
しかし、さすがにそんな無茶はなかなか通らない。
ラリーになれば不利は否めない・・・。敵もどうやらこの辺りで、わたしたちの作戦に気づいたようだ。
「えいッ!」
後衛の先輩へ向かっていく打球を、無理矢理カット。
打球はふらふらと敵2人のの中間地点へ。
「亜弥!」
「はいっ!」
だが、敵がなかなか崩れてくれない。
先輩を狙い打ちするという基本姿勢は変わらず、しかし2人は臨機応変に戦い方をその場に合わせてくる。これが厄介だ。
「40-30」
・・・く!
この作戦―――思ってたよりずっと無茶。
敵2人に対して、わたし1人で戦う・・・それは想定していたより、ずっと難しいことだった。
再び、相手の打球を前衛のわたしがカット。
弱い打球が敵後衛の前へ。それを相手が、わたしの裏をかく形で強打―――
(しまっ・・・!)
わたしのまったくの逆方向を、打球が通過していく。
ダメだ・・・。
そう思った、その瞬間。
「私がとる!!」
このみ先輩が、そのボールを拾った。
先輩の放った打球そのものは強くはない。
すごく不格好なショットで、下手をしたらチャンスボールとも言える打球だった。
それでも―――
飛んだ場所がよかった。
丁度、敵後衛の真反対。しかも前衛がネットに寄っている。
これでは、拾うのは難しい。
「デュース」
審判のコールを聞いて・・・一安心。
(デュースに持ち込めたっ)
胸をなでおろす、わたしに対して。
「藍原」
先輩が、こちらに向かってグーにした拳を差し出す。
「私もコートの中に居るんですよ」
―――その姿は、『いつもの』頼りになる先輩で
「お前に任せっきりにするわけには、いかないでしょう」
だから、わたしも。
「・・・、はい!」
こつんと、その拳に拳をぶつける。
(そうか。わたしをポイントゲッターとしつつも、先輩が守備をしてくれれば・・・)
この作戦は"より"、完璧なもになる。
それが出来るのなら・・・それに越したことはない。
このポイントからだった。
試合の流れが変わり始める。
先輩が、少しだけだけど・・・息を吹き返したのだ。
「ッ!」
ラケットの向こうを通り過ぎていきそうな打球を、先輩が飛びついて敵コートに返す。
「藍原!」
それを相手後衛が見事に打ち返してくるが、それを前衛のわたしが!
「ッええい!!」
上手く、逆方向に打ち返す―――
「ゲーム、」
それが決まった瞬間には、大きくガッツポーズをして。
「菊池・藍原ペア! 4-4!」
後ろで倒れている先輩に手を差し出し。
「まったく、頼りになる奴ですよ」
それを握った先輩の身体を、よっこいしょと引っ張るようにして起こす。
このゲームを取った。
これは大きい。
何故なら次のゲームは―――わたしのサービスゲーム!
「ここでこの試合・・・、一気に、ひっくり返しましょう!!」




