VS 赤桐 ダブルス2 幡田・竹宮ペア 1 "狙い打ち"
ダブルス2
菊池(3年)、藍原(1年) - 幡田(2年)、竹宮(1年)
ダブルス1
山雲(3年)、河内(2年) - 新田(3年)、工藤(3年)
シングルス3
水鳥文香(1年) - 真田飛鳥(1年)
シングルス2
久我まりか(3年) - 富坂愛美(3年)
シングルス1
新倉燐(2年) - 榎並命(2年)
「先輩」
コートへ行く前、わたしは先輩を呼び止める。
「いつものやっときましょう」
こんな時でも大事なのは『いつも』。
平常心を失わない・・・。それくらいは、自分の中でやっておきたかった。
「信頼と愛情のハグ!」
言って、バッと両手を広げる。
先輩はチャームポイントのアホ毛をぴょこぴょこさせて、まっすぐにわたしの方に目を遣り、少しだけ笑って。
「はい」
ぽふっと。
わたしに身体を預けてくれる。
だからわたしも、いつもみたいに・・・その小さな身体を包むように、背中に手をまわして。
「ぎゅー」
「はい、ぎゅー」
わたしが言うと、先輩も続けてくれる。
こんな一つ一つのやり取りが、今はとても愛おしかった。
「・・・勝ちますよ、今日も」
「勿論です」
「切り込み隊長の役目、存分に果たしてきましょう!」
先輩の声に押されるようにコート内に入って、ネットの前で相手と対面。
「ダブルス2、菊池・藍原ペア対幡田・竹宮ペアの試合を始めます。礼」
「「よろしくお願いします」」
挨拶を終えるとそれぞれのコートへ散っていく。
―――今日も先輩はじゃんけんでサーブ権を取ってくれた
だからわたしも、頑張らなきゃ・・・!
◆
わたしの調子は正直、悪くない。いや、良いと言えるだろう。
最初のサービスゲーム、サービスエースを3つ。その上、簡単にサービスゲームをキープすることができた。
その後、2ゲームは取り返されたものの―――その次のゲーム。
あと1ポイント取ればこのゲームをブレイクできる。
「ッ!」
正面に来た打球を強打。
相手前衛はそれを見送り、後衛がそれを返してくる。
「先輩!」
これは、先輩のボールだ。
わたしは掛け声を送り、クロスへと駆けていく―――
(え?)
が、しかし。
「30-40」
先輩が打ったその打球が、ネットに引っ掛かり相手コートへと返っていかない。
「ドンマイです、先輩」
わたしは軽く声をかけ、定位置へと戻る。
先輩もミスくらいすること、あるよね。それくらいにしか、思っていなかった。
―――この後、思いもよらない展開になることも知らずに
「!」
今度は先輩の打った打球が大きく右へと逸れていく。
「あ~」
会場から大きなため息が漏れた。
たまたま先輩のミスが連続しただけ―――でも、この異様な空気がそれを"それだけ"にしてくれない。
「大丈夫ですか?」
軽く声をかけ、先輩の背中にぽんと手を当てる。
「ん・・・」
先輩は軽く頷いた後、
「いや、なんでもないです。大丈夫ですよ」
全然平気と言う風に笑いかけてくれた。
・・・だから、わたしも疑わなかった。
「ゲーム、菊池・藍原ペア。2-2」
このゲームもちゃんとブレイクできたし、なんてことはない。
雰囲気にちょっと飲まれちゃってるところがあるかもしれないけど、普段のわたし達のゲームをすれば全然こっちの流れにもっていける。この次のゲーム、わたしがサーブで点を取れば、きっと―――
「えいっ!」
良いサーブが打てた。
打った瞬間に分かる渾身のサーブ。
それが相手コートで跳ね、相手はそれを返すこともできない。
「40-0」
あと1ポイントでこのゲームを取れる・・・ここまで簡単に来ることができた。
次のサーブ、さすがに返される。
相手もそろそろ目が慣れてきた頃だろう。こういう時こそ、ダブルスの連携が必要になってくる。
「せんぱ―――」
先輩の方へ再びボールが飛ぶ。
なんてことない普通の打球。ネット前の簡単なボール。
「っ!」
しかし、それが。
「40-15」
今日は、インしてくれない。
ベースラインを越えていく。枠内に入らないのだ。
「先輩・・・」
「すまんです、ちょっとコントロールが利かなくて」
先輩もさすがに参った様子で、右腕をぐるりとまわして頭を捻る。
「大丈夫です。わたしがフォローします!」
だけど。
「敵が返せないようなサーブ打って、ちゃっちゃとこのゲーム取りますから!」
それをフォローし合うのがダブルス。
2人なら、カバーし合える。
「ええい!!」
思い切り打球に力を込める。
左腕から放たれたサーブは、まっすぐに相手コートへ突き刺さり。
「ゲーム、菊池・藍原ペア。3-2!」
―――そうだ、なんてことはない!
勢いよくダッシュでベンチへと、先輩と一緒に帰っていく。
(先輩、ちょっと調子悪いみたいだけど・・・わたしがカバーしきって見せる!)
今は耐える時だ。
ここで耐えて、先輩の調子が上向くのを待つ。そこで試合を決める。
それまではわたしが先輩のことをカバーしてみせる。
だってわたし達・・・ダブルスペアだから。
それでこの全国大会までやってきたんだもんね。
―――ダブルス2、この大事な決戦の"最初の試合"
―――ここからこのゲームは、大きく動くこととなる
◆
「相手の小さい方・・・3年生の菊池このみ」
ベンチへ帰って、真っ先に監督が話を始めた。
敵ペアの1人の方を、じっくりと見つめ。
「明らかに動きが悪いな」
ぼそりとつぶやく。
「ミスも多いし打球にキレもない。不調だと断定するには十分だ」
赤桐のテニスは、この幸村監督による徹底した管理テニス。
私たちは基本的に監督の指示とプランに従ったテニスをすることを第一としている。
「亜弥、公子」
「「はい」」
「次のゲームから、菊池に打球を集めろ」
「・・・!」
だけど、ここまで明確な指示が出ることは、ほとんどない―――それほど、
「藍原の方はは無視して構わん」
相手チームの弱点が、『目に見えている』ということなのだろう。
「先輩、私、監督にこんな事言われたの初めてです」
「あたしもや~。怖いのはいっつもやけど、今日の監督、怖さに拍車かかってない~?」
間延びした公子先輩の声は、この観衆の下にあってよく耳に馴染んでくる。
「ま、でもこの作戦は賛成や~。向こうの3年生、ホント動きよくないもん」
「ちょっとかわいそうじゃないですか?」
「亜弥、あんたここまで来て敵に情けかけるん?」
「そういうわけじゃないですけど・・・」
多分、この作戦。
非情なものになる。
それが目に見えているからこそ、ちょっと躊躇してしまう。
「ここは全国大会や。ちょっとでも油断した方が食われる。幸村監督は誰よりそれが分かっとる人」
先輩の言葉が、一つ一つ、私の中に入ってくる。
「覚悟きめーや、亜弥」
「―――!」
・・・そうだ。
私たちは、赤桐。絶対に負けが許されない立場にある。
勝てる方法があるのなら、少しでもその可能性が上がるのなら―――すがってでも、それを実行しなければならない。その義務が、私たちにはある。
たくさんの控え選手の上に立ち、他校をなぎ倒してここに立っている私たちには。
「分かりました」
―――腹をくくる
「やりましょう、先輩」
「ええ面になったね、亜弥~」
ボールを、あの3年生に集める・・・!
その作戦の実行に全力を投じる。それが今、私たちの為すべきことだ。
◆
先輩にボールが集中し始めている。
そう気づいたのは、エンドチェンジ後のゲームを40-0まで進められた時だった。
―――明らかに、わたしの方へボールがまわってこない
先輩が1人で打ち続けている。
そういう光景が続き、やがては先輩がそれに耐えきれず・・・。
「ゲーム、幡田・竹宮ペア。3-3」
あっという間に1ゲーム、ほとんど何もできないまま・・・獲られてしまった。
―――なんとかしなくちゃ
そう思っても、わたしにボールが回ってこないのだから手の打ちようがない。
先輩だけが一方的に狙われる展開は次のゲームも続いた。
手を出せない・・・。先輩が拾いきれなく、後ろに流れてきたり、前に出された打球に手を伸ばし、なんとか向こうに返してみるものの、状況は好転しない。
敵の作戦は徹底していた。
徹底した先輩への集中攻撃・・・。普段の先輩ならともかく、今日の調子が悪い先輩では、相手の集中攻撃に粘って耐えることもできなくなっていた。
そして、
「ゲーム、幡田・竹宮ペア。4-3」
驚くほど簡単に、わたし達はこのゲームを落としてしまう―――




