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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
335/385

全国大会 準々決勝 第4試合 『白桜女子中等部 対 赤桐中学』

 その日の全国大会会場スタジアムは異常な光景が広がっていた。


 赤桐と白桜の試合が見たい・・・。駆け付けた観衆は朝には満員を迎え、第1試合から満員のまま試合が行われることになる。


 だが―――満員の観衆の期待をあざ笑うかのように、この日は朝から過酷な試合展開が続く。


 第1試合、黒永VS燕山戦。


 森岡姉妹をダブルス1でペアを組ませ起用した燕山の思惑通り、燕山がダブルス2戦を先勝。

 しかしその後、シングルスで黒永が2連勝をして巻き返すと、最後は絶対的エース綾野五十鈴が燕山のシングルス1を6-0で圧倒。


 試合時間は大きく延び、第1試合から時間がずれ込み始めると、これが号砲だった。


 第2試合、黄瀬VS八重山第一戦。

 この試合も接戦の様相を見せる。


 2勝2敗でシングルス1に試合がもつれ込むと、スタジアムは異様な雰囲気に包まれ始めた。


 『早く、赤桐と白桜の試合が見たい―――』


 そう言ったような雰囲気が、スタジアム全体を支配し始めたのだ。

 大きく声に出すことはないが、心の中の気持ちが観客1人1人から漏れ出してしまう。

 その結果・・・。


「今日の会場」

「すげー雰囲気っすね・・・」


 ピタッと。

 まるで波を打ったかのように。

 スタジアムが、静まり返る。


 目の前の試合の1つ1つのプレーに、反応しなくなったのだ。


 赤桐と白桜を待ちわびる観衆が、目の前の試合内容に興味が()くなったかのように―――何をやっても、うんともすんとも言わなくなった。


 ―――それは、この試合の後、第3試合になるとより顕著になる


 第3試合、青稜VS灰ヶ峰戦。


 ダブルス2を灰ヶ峰、ダブルス1を青稜が獲り、1勝1敗で迎えたシングルス。

 この日シングルス3に起用された香椎双葉がこの試合(ゲーム)を取ると、負けじとシングルス2を青稜の宮嶋美南が取り返す。


 ここまで熱戦になっているというのに。

 スタジアムはあの"異様な雰囲気"のまま、変わらず。


「ねえ・・・長くない?」

「あつーい」

「赤桐の試合まだー?」


 しまいには、そう言った声が聞こえてくる始末だった。


(これはしんどいわね・・・)


 この日1番のマッチメイクが4試合目に入っていたからこそ、起こったこと。

 異常な雰囲気を保ったまま、このスタジアム内は開場から半日の時間が経過しようとしていた―――





「ふぃー」


 気持ちいい打球が決まった。

 何とかこのゲームをキープする。


 ―――そう、私は・・・気持ちいいんだけど


「あちゃー」


 こりゃダメだわ。

 応援団も頑張ってくれてるけど、全然客に刺さってない。


 まるで、この大観衆に"無視"をされている気分だった。


「お疲れ、麻里亜。この雰囲気の中あなたは頑張ってる」

「祥子ちゃんお水ー」


 監督から水を受け取り、口に含んで飲み込む。


「ぷはー、いや参っちゃったよこの空気! しんど!!」


 そう吐き出すものの、どうしようもできないという虚無感だけが去来する。


 ―――全国大会には何度か出たことがあるものの、こんなのは初めてだ


(このスタジアム・・・。こんな表情を見せる時もあるんだな)


 これが『怖さ』。

 予想不可能の全国大会、その『真の恐怖』。


「みんな私たちの試合なんか早く終われーって思ってんだろうね」

「そんなことは・・・」

「そんなことは?」

「無い・・・と、私は思う」

「ありがと祥子ちゃん。祥子ちゃんのそういうとこ好き」


 目の前の『敵』より、この雰囲気こそが、私の戦うべきものなのかもしれない。


「まあ、私は簡単には終わってやらないけどねー」


 なんか、ムカつくじゃん。

 私、ひねくれてるからさ。タダで終わってやるかーって、そういう風に思っちゃう。


「相手は疲労困憊の一条汐莉(にねんせい)・・・」


 前の試合で、杜ノ宮の今永とタイブレークを戦っている。

 その証拠にこの試合、一条本来のプレーとは程遠い、肩で息をするようなあっぷあっぷした内容しか、できなくなってる。


「ここで負けたら、さすがにカッコつかんでしょ」


 現在5-4、ここを取れば、私の勝利―――


「でもまぁ」


 これは誰に言うでもない、ただの愚痴。


「私ならこの観衆の下で試合をやるなんて、まっぴらごめんだけどね」


 今、この無視されている観衆がもし―――自分たちの方を向いて、全力の声援を出し始めたら。それが自分たちに浴びせられたら・・・ちょっと、背筋が凍る。


「"勝っても負けても"、背負うものが大きすぎる」


 この人数の人間に注目されて、見つめられて。

 そこで行われる試合が、今後のテニス人生にもたらすものの大きさ。耐えられんないかもしれない。


(赤桐も白桜もご愁傷様。私は誰にも見られてないところで、さっくり青稜倒してベスト4いくからさ)


 せいぜい、注目されるがいい。

 私が言えるせめてもの憎まれ口は、それくらいだ。





「白桜さん、コート入ってください!」


 もう陽も傾きかけようかという時間―――とうとう、わたし達の出番がやってきた。


「よし、」


 部長のその一言と共に。


「さぁ行こう! 私たちのテニスを、見せつけてやろう!!」

「「はい!!」」


 わたし達は大きく声を上げる。


 関係者通路を歩いていくその途中にも。


「白桜だ・・・」

「いよいよ試合開始かぁ」


 という声が、ひそひそと聞こえてくるのを・・・どうしても避けることができなかった。

 そして―――コートに出ると。


『わあああああああ!!』


 満員の大観衆が、その容赦ない声援を白桜に浴びせてきた。


「久我ぁー!」

「文香ちゃん、今日もがんばってー!」

「新倉、頼んだよー」


 それぞれに浴びせられる声援。

 もはやそれらがごっちゃになって、半分何を言っているのか聞き取れないほどだった。


「藍原さーん、このみせんぱーい、頑張ってなのー!」

「あれが藍原ちゃん?」

「思ってたよりちいさーい」

「ほんとまだ小学生って感じ」


 わたしへの声援は・・・。


(なんか、微妙なのが多い気がする・・・!)


 黄色い声援というか、感心されていることが多いというか。

 ・・・と、呆けていると。


「藍原、準備できてますか?」

「あ、はい!」


 ラケットを取り出しているこのみ先輩。

 この声援にひるむことなく、もう次への準備をしている・・・さすが、このみ先輩だ。


「スタメンの選手は整列を行ってくださーい!」


 大会役員のお姉さんが大きな声で伝える。

 そりゃ、こんな環境だもんね・・・声も大きくなる。


「じゃあ行くよ。みんな。私の後ろに着いてきてね」


 部長に言われるがまま、その後ろ姿を追いかけていく。

 整列―――改めて、赤桐と正面に相対する。


 『八極』、冨坂愛美選手を先頭に。

 『西日本最高の選手(プレイヤー)』、榎並命選手。

 『怪物1年生(ルーキー)』、真田飛鳥選手。


 咲来先輩、瑞稀先輩と同レベルのペアとして名高い、新田ゆうか選手、工藤愛奈(あいな)選手ペア。

 そしてわたし達の対戦相手―――2年生の幡田(はただ)公子(こうこ)選手と1年生・竹宮亜弥選手ペア。


 7人が白桜の前に、立ちはだかる・・・!


「藍原、開会式の時ぶりだね」


 この雰囲気の中、真田選手がわたしの方を見て、話しかけてくる。


「うん」

「あの時は対戦したいって言ったけど、今日のスタメンからそれは叶わないみたいだ」

「・・・」

「水鳥文香。あの女は・・・私が倒す―――」

「!」


 そう言った彼女の目が、一瞬・・・ギラリと光ったのを。


「ただいまから、赤桐中学対白桜女子中等部の試合を開始します」

「礼」

「「よろしくお願いします!」」


 わたしは、見逃さなかった―――





 ―――朝、朝食後のミーティング


「シングルス3、水鳥文香!」


 いつも通り、スタメンの読み上げを行っていく。

 そう、いつも通り。

 今日が特別ということはない・・・それでも。


「シングルス2」


 その瞬間、誰もが息を呑んだ。


「―――久我まりか!」


 誰より、彼女自身が・・・唇を噛み締め、一瞬躊躇しながらも。


「はい!」


 と大きく返事をしたその様子が、私にとっては印象に残っていた。


「シングルス1、新倉燐」

「・・・、はい」


 そして、"そこ"を任せられた彼女もまた―――大きな重荷を、背負うことになる。


「昨日、一晩考えた結果のスタメンだ」


 監督は絞り出すように小さく、言葉を続ける。


「私はこのスタメンなら、赤桐に勝てると踏んだ。いいか、」


 新倉さんの方を、あるいは久我さんの方を見て。


「この試合・・・出来ればシングルス2までの4試合(ゲーム)で決めたい」


 彼女は語る。


「勿論、接戦にもつれ込みシングルス1を戦うことも想定はしているが、」


 赤桐に勝つ未来を―――


「理想は『3勝1敗』での勝利!」


 そのプランを、目の前の選手達に。


「久我、お前がゲームを締めるんだぞ」

「・・・分かっています。私は何がこようとも絶対に勝ちます」


 先行逃げ切り、そうなってくると。


(大切になってくるのはダブルスの2試合・・・!)


 監督の言う通り、2戦とも取れればそれが理想。

 かかる期待は大きくなるが―――


 菊池さん、藍原さんペア。山雲さん、河内さんペア。

 この両ペアとも、その期待に応えられるほどの力を持っていると・・・私もコーチする立場から、ハッキリと言える。


 彼女たちは―――そう、"私たち"は・・・『強い』と!

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