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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
334/385

"いつもと同じように"

「このみ」


 ミーティングが終わり、自室に帰ろうとしていたところを。


「ちょっと話してかない?」


 まりかに呼び止められたのは、私としても意外だった。


「私ですか?」

「そうそう。いやー、咲来が今日はどうしても河内ちゃんがって言うからさ~。話す相手居なくて困ってたんだよ。これから部屋帰って寝るだけっしょ?」

「まぁそうですが・・・」


 まりかと面と向かって話し合うなんて、いつ以来だろう。

 春先に少し話したことはあったけれど・・・。もしかして、"あれ"ぶり?


「あ、燐!」


 そこに、同じく部屋に帰ろうとしていた2年の新倉を。


「燐もちょっと話聞いてってよ」


 同じように呼び止めたのには、もっと驚いた。

 最初は動揺していた新倉だったが、


「まあ、部長がそう言うなら・・・」


 と、納得して話に加わってくる。


「ちょっと珍しい面子ですね」


 だからまずは、私から入っていく。

 きっとこの2人の組み合わせ以上に、意外感を出しているのは私だろうから。


「まあね」

「ここに藍原さんでもいれば、点が線になるんだけど・・・」

「あ、確かに」


 新倉の言うとおりだ。

 ここに藍原を加えれば、彼女を中心にその保護者達が集まったという形にもなるだろう。

 幸いなことに、あいつはまりかに捕まることなく部屋に帰ることに成功したようだが。


「いよいよ、明日ですね」


 切り出したのは、新倉。


「うん・・・。多分、今までで1番厳しい戦いになると思う」


 今までで、1番。

 まりかをして、あの黒永戦より―――そう言われると、改めて気が引き締まる。


「相手は間違いなく白桜(ウチ)より格上の相手だ」

「・・・」

「私はね、新倉ちゃん。このみ。この試合で3年間やってきたことの全てを出すつもりだよ」


 まりかの表情は試合前日だというのに鬼気迫るもので。


「このチームのありったけを、赤桐にぶつける・・・! そして絶対に、勝つ!」


 その真剣な表情からは。


「私はここで負けるつもりも、終わるつもりも毛頭ない。準々決勝を勝ち上がって、次の準決勝へ臨む―――その覚悟でいる」


 死んでも勝つんだという決意が見て取れた。


「・・・はい」


 私はそれに、頷くことしかできなくて。


「勝ちましょう」


 新倉が、そう言えたことに・・・ちょっとビックリした。


「私も部長と同じです。いつも通り勝って、次へ進みましょう」

「燐・・・」

「だって私たちの目標は、全国制覇!・・・ですから」


 こいつ―――言うように、なりましたね。


「ああ」

「後輩にそう言われちゃ、やるしかありませんね」


 明日はまだ、通過点。

 ここで終わりじゃない。

 いくら相手が厳しくても、強くても・・・今までやってきたことをぶつけて、次へ。


「明日、絶対勝とう」

「はい」

「もちろんです」


 きっとこの気持ちは、チームとして一緒だと思う。

 私たちの目標は、『全国制覇』―――

 その過程でぶつかった、最大の壁・・・。それを、突き破って。

 私たちはもう一つ、上へ。

 "その先"へ進むんだ。





「・・・」


 宿泊ホテルの廊下。

 先輩たちの話を、わたしは廊下の角から聞いていた。


「あら、立ち聞き?」


 ビクッ。

 身体が()け反ろうかというところを必死に我慢する。


「貴女もあの中に入ればよかったじゃない」


 文香だ。

 部屋着の上に1枚、カーディガンを羽織って。

 わたしの前を通り過ぎていくと、設置されている自販機の前に立ち止まり、小銭を機械の中へ投下する。


「いや、なんか・・・足が止まっちゃって」


 頬をかきながら釈明。

 うん・・・さすがに、ちょっと入りづらい雰囲気だった。


「私も、先輩たちと同じ気持ち」

「あ、文香も立ち聞きしてたんじゃん」

「うるさいわね」


 自販機から缶を取り出しながら、文香が続ける。


「私も赤桐に負けてやるつもりは全くない」


 ぷしゅっ。

 炭酸の抜ける音。そこで初めて、彼女が炭酸飲料を飲んでいることに気が付いた。


「珍しいね、文香がジュースなんて」

「・・・笑わない?」

「え?」

「いいから。笑わないって言いなさい」


 急に、どうしたんだろう。

 でもまぁ、とりあえず。


「笑わない・・・」


 そう言わないと、話が進まなさそうだったから。


「手が・・・」


 そこで文香が語ったのは。


「震えてきちゃって」


 信じられないくらい弱い、彼女の本音―――


「おかしいわね、今まで何度も何度も経験してきたことなのに。眠れないどころか、こんなことになるなんて」

「文香・・・」

「気分転換の為に、ジュースをと思ったんだけど・・・」


 そこで彼女はくいっと、ジュースを一口。


「あんまり効果、ないね」


 苦笑する彼女の表情には、やっぱり陰があって。


「文香」


 だから私は、彼女の手を取る。


「有紀・・・?」

「怖いなら、言ってよ」

「怖いとまでは言ってない」

「わたしもね、不安だよ。正直ダブルスじゃなくてシングルスで試合に出ろって言われてたら、文香みたいになってたと思う」

「・・・」

「だからね、2人で・・・温め合おう」


 ぎゅっと、その細い手を両手で包んで。


「わたし達、1人じゃない」


 震えるその手が、寂しくないように。


「明日の試合、一緒に乗り越えよう」


 優しく、そして、強く―――


「2人一緒ならきっと、その不安な気持ちも・・・はんぶんこ、できるから」


 わたしが語りかけるように笑顔を見せると。


「・・・」


 一つ、彼女は息を漏らして。


「ありがとう」


 少しだけ表情を緩め、そう言った。


「こういうこと出来るの、貴女らしいわ」



 ―――決戦前日の夜はこうして更けていった

 ―――そして、日が明ける

 ―――運命の準々決勝、その1日はいつも通りに訪れる





 その日は確かに、特別な1日だったのだろう。

 試合会場のスタジアムには朝早くから多くの観衆が詰めかけ、第1試合の段階で満員に溢れかえるほどだった。


「こりゃ、準々決勝4試合を純粋に見たいってお客さんも多いんだろうけど」

「それ以上に第4試合の白桜VS赤桐・・・それを見たいから朝から並んだって人が多いでしょうね」


 『八極』久我まりかに加えて、ダブルスにも今大会最強と名高い山雲・河内ペアが居る。

 2年生には復活した新倉燐、そして天才1年生として大会を沸かす水鳥文香が控えている。

 今や白桜が"大会のダークホース"として認識されるようになった大きな点はこれらにある。大会前の前評判から大きくジャンプアップしたチーム―――

 この"勢い"を持った白桜ならば、『最強・赤桐』を倒すことができるのではないか・・・そう考えるファンも、少なくはなくなっていたのだ。


「今日の試合、問題は幸村監督の『愛美ちゃんをシングルス2で使う』発言ですよね・・・」

「恐らく・・・この発言の意図はたった1つ。『久我さんをシングルス1から外させる』こと」


 上司は腕組みをして、渋い表情をしながら語りだす。


「幸村監督をして、シングルス1が久我まりかVS富坂愛美になった場合、勝てるかどうかに確信がない。その事実が彼女をあの発言に至らせたのでしょうね」

「にしても、普通は試合直前まで必死で隠したいようなスタメンをああいう形で発表するなんて」

「それだけ赤桐側も、白桜を脅威に思っているということ・・・と考えるべきか」


 幸村監督が言いたいのは愛美ちゃんをシングルス2で使うから白桜もまりかちゃんをシングルス2で使ってこい・・・ただ、それだけのこと。


(挑発されていると分かり切っている状況・・・普通なら乗ることはない。そう、普通なら)


「だけど、」


 そこで上司が言い切る。


「白桜は乗るしかない」


 と。


「富坂さんをシングルス2で使うということは、言い方を変えればシングルス2までで試合を決めるということ。赤桐側の作戦としてはダブルス2試合のうち1試合を取り、シングルス2試合を取って勝つ・・・。この作戦、どこかで見たことがない?」

「関東大会、準決勝・・・"あの時"と、一緒ですね」


 そう―――白桜が負けた、『あの時』と。


「・・・篠岡さんの頭には当然、あの試合の残像がある。久我さんを出せずに負けた、あの試合のことが。白桜側としては、もう一度・・・、久我さんをシングルス1に置いたまま再び負けるのは絶対に避けたいはず」


 あの試合の敗北を、繰り返すわけにはいかない。

 今度はあの時と違う。


 負けたらもう・・・『次』は無い。


「新倉選手を信じていつも通りシングルス2に置く作戦もあるでしょう。だけど・・・そこで分かると思うわ。篠岡監督が、"誰を1番信頼しているのか"」


 どちらの作戦を選んでも、"決戦"はシングルス1ということになる。

 そこで待ち構えるのは『西日本最高の選手(プレイヤー)』、榎並命だ。

 相手には一分の隙も無い―――だからこそ。

 この試合、絶対に采配ミスをするわけにはいかないのだ。

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