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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
332/385

テニスでしか、伝わらない

「準々決勝の対戦相手は―――赤桐中学!」


 監督が私たちの前でそう告げたシーンが、目に焼き付いて離れない。


「春の全国王者・・・この大会の"本命"と目されている学校だ」


 あの発表から、選手達の目の色が変わったと思う。

 特にレギュラーの子たち・・・。


 大会側が用意してくれた屋外練習施設、そこで練習を行う私たち。なかなか慣れないところもあったけれど、そんなの関係なくなっている。


 そう。

 私たちに、もう"逃げ場"は無いのだ。

 次の対戦で、全国王者とぶつかる・・・この現実からは、逃げようが無い。


 私と共に練習をする彼女―――


「ッ!」


 燐も、その目の色が変わった中の1人だった。


「オッケー、今のよかったよ」


 こうしてサーブ練習を重点的にやっているのも、自身の課題が見えているからだろう。

 燐はレシーブに絶対の自信を持っている選手。

 ならば、サーブを更に磨くことによって、自分のサービスゲームをキープすることをより完璧にしようという方に思考が持っていかれるのは当然のことだった。


(・・・でも)


 今のままじゃ―――足りない。

 彼女が全国でも指折りの選手とぶつかった時、今のままでは不利は否めない。


「燐」


 だから、私は彼女に告げる。


「これは提案なんだけど」

「1ゲームだけ、私と・・・本気の試合(ゲーム)、やってみない?」


 彼女へのメッセージを。


「えっ」


 ―――彼女は最初、驚いた顔をしていた


「このチームの中で、例え1ゲームでも本気の勝負が出来るのは、君だけかなって・・・そう思うんだ」


 君に伝えたいことがある。

 それはきっと、本気の試合(やりとり)の中でしか伝えることが出来ないこと。

 言葉では伝わらない、伝えられない・・・私たちは、テニスプレイヤーだから。


「いいん・・・ですか?」

「まぁ、私が君に負けることはないだろうしね」

「・・・!」


 テニスで伝えたいことがある―――


「わかり・・・ました」


 彼女は、こくりと大きく首を一度、縦に振る。


「やります。1ゲームだけの、真剣勝負!」


 ここまで来ると、なんだなんだと私たちのコートの周りに他の選手達が集まってくる。

 いいね。

 お客さんはいた方が良い。そっちの方が、臨場感が出る。


「サーブ権、要るかい?」


 燐に、問いかける。


「選ばせてあげるよ」


 私には自信がある。

 自信があるからこそ・・・彼女に判断を委ねたい。


「・・・」


 燐は数秒、間を開けて考え。


「サーブ権、いただきます」


 返事と同時に、彼女の方へボールを放り投げる。

 燐はそれをぱしっと右手で掴み。


「部長を倒す為に有利な条件は全て獲っておきたい」


 そう言い切った彼女の表情はどこか。


「私は本気で勝ちにいきますよ」


 ―――笑っているようだった





「え、なに? 部長と燐先輩の1ゲーム限りの真剣勝負?」

「ヤバっ。赤桐との試合前に頂上決戦じゃん!」


 私と部長との勝負のことは既に部内全部に知れ渡り、休憩を利用して部員達がコートをぐるりと囲むほどになっていた。


「燐先輩からのサービスだ」


 私は左手に握ったボールを、じっと見つめる。

 この試合・・・、ただの練習じゃないのは言うまでもない。


 ―――今の私の、全てをぶつける


 たった1ゲームの試合だ。

 これで何かが変わるわけじゃない・・・だけど。


 ボールをトスし、それを最高打点で思い切り叩く。


(勝ちたい!!)


 部長との真剣勝負なんて、もうこれを逃したら最後、出来るもんじゃない。

 あの人に勝てるチャンスがあるのなら―――ここで!


 上手く決まったサーブだと思っていた。

 だが、それを簡単にはじき返される。

 私は両手で握ったラケット、フォアハンドでそれを捉え・・・部長のコートへ。


「ッ!」


 しかしそれもまるで何でも無いように、彼女は返してくる。


(・・・強い!)


 これが部長の本気。

 久我まりかというプレイヤーの本懐。


「0-15」


 審判をやってくれている3年生の先輩が、そうコールする。

 簡単に1点、取られた。こちらがサーブ権を持っているというアドバンテージは、あの人にとっては関係ないんだ。


 ・・・力配分なんて考えてる場合じゃ無い。


(目の前の1点を全身全霊で獲りに行かなきゃ、この人からポイントは取れない)


 こうして、実際に試合をやってみて。

 どうして彼女がこの試合を申し出たのか、分かった気がした。


 ―――私が赤桐戦で勝たなきゃいけないのは、『このレベル』のプレイヤーだ


 部長はきっとそれを、私に伝えたかったのだろう。

 自分自身(くがまりか)という練習相手が居るということ。

 それは私にとってもチームにとっても、大きなことで。

 その利点を最大限に活かした、全力の1ゲーム限りの試合という実戦形式の練習―――


 部長は言っている。

 この1ゲームで、『全国の頂点』を知れと。

 私に、そのレベルのプレイヤーとの対戦を想定出来るだけの、プレーを見せつけてやると。


「くっ!」

「15-30」


 ようやく、部長から1ポイント獲った。

 それでも辛い。

 『八極』から1ポイント獲るというのはこういうことなんだ。


 ―――久我部長、


 鋭い打球を追いかけ、自分が放つのは全く隙のないショット。


 ―――ありがとうございます


 全力でボールを追いかけ、精一杯手を伸ばし。

 全ての力を用いて体現するテニス。


 ―――貴女が部長で・・・私の目標とする人で、良かった


「30-40」


 1ゲームだというのに吹き出てくる汗を、流れ落ちてくるその滴を拭う。


(この1ゲームで、部長の伝えたかったこと・・・受け取りました)


 もう一度サーブ、それがサービスコートの四隅に決まるも、サービスエースはくれない。

 打球にいち早く反応、それをレシーブ。

 私の真正面に、ボールは飛んでくる。


(重いっ・・・!)


 ―――このレベルのプレイヤーが、例え私の目の前に立ちはだかったとしても


 インパクトするその腕に、手首に、力を込める。

 その打球が、敵コートの対角線(クロス)へ飛んでいき、部長が反応できない・・・その向こう側を速い球足で通過していく。


「デュース!」


 わあっと、コートを囲む部員達から黄色い歓声が出たのを感じた。


「部長、」


 ―――私は、


「私は負けません!!」


 すると、彼女もふふっと頬を緩めて。


「そうこなくっちゃ」


 と、笑みを零す。


 ―――その表情を見られただけでも、この試合を受けた甲斐があったというもの


 私はくるりと踵を返し、またサーブ位置へと駆けていった。





「監督、大変ですっ」


 コーチが血相を欠いて私の部屋に入ってきた時、何かおかしいと思った。


「どうした」

「赤桐の幸村監督が、テレビに出てて・・・」


 彼女に手を引っ張られ、私は食堂にあるテレビの前へとやってくる。

 確かにそこには赤桐の幸村(ゆきむら)瞳子(とうこ)監督が居て、テレビ局アナウンサーのインタビューを受けているようだった。


 ―――コーチが大変だと言っているのは、その内容だ


『それでは、本当に』

『明日の白桜との試合、富坂愛美をシングルス2で起用する』


「なにっ・・・」


 それは確かに、驚愕すべき内容だったのだろう。


『白桜にはこの事を覚えておいて欲しい』


 テレビに映る彼女は全く表情を変えることなく、淡々とその事実を発表する。

 驚いているのは聞いている側のアナウンサーだ。


「監督、これは・・・」

「ああ」


 大変なことだ。


「これは白桜(ウチ)に対する・・・いや」


 違うな。

 ウチに、じゃない。


「私に対する最大級の揺さぶりだ」


 これは―――大一番の前に、私は大きな選択を迫られることになったようだ。


『赤桐の幸村監督が試合前に富坂をシングルス2で起用とオーダーを公表』


 一大ビッグニュースとして取り上げられることになったこの事件。


 普段、本来なら赤桐の部長・富坂愛美はシングルス1で起用される選手だ。

 その後ろにシングルス2榎並(えなみ)(みこと)、シングルス3真田飛鳥と続いてくのが本来の赤桐のスタイル。

 それを崩す・・・富坂をシングルス2で起用すると言うことは。

 逆に言えば、シングルス3を真田、シングルス1を榎並で戦うと宣言したようなもの。


 この宣言の狙いはズバリ―――『白桜(わたし)に、久我をシングルス1から外せと要求する』こと。


 それ以外に、考えようがないのは・・・この状況の中で、誰よりも私自信が1番よく分かっていた。

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