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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
330/385

『8番』

「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ、新倉燐。6-2」


 終わりの瞬間はあっけなかった。


「「白桜の勝ちだー!」」


 試合会場は白桜の勝利を喜ぶ様子と。


「うそ・・・」

「妙先輩っ・・・」


 烏丸の敗北にショックを受ける、会場の人数からすれば僅かな数の声。

 その2つに分かれていた。


 ―――これで、終わり


 全国大会の一発勝負。

 負けたら"そこ"で終わり。

 そんなことはずっと分かっていた。イヤというほど聞いてきた言葉。


 それが、今、目の前で。自分たちに降りかかっていた。


「ウソじゃろ・・・」


 ここまで、1回も負けることなく勝ち上がってきた。

 白桜が関東ベスト4なのに対し、(わし)らは中国四国地区の優勝校。

 立場も評価も、上で・・・"こんなところ"で、"1回戦"で負けるなんて―――思いもしなくて。


「わしら、まだなんも・・・」


 全国でまだ、何もしていない。

 何の成果も上げられず―――


「みんな、行くよ」

「女王サマ・・・」

「最後まで烏丸らしい姿勢をみせよう」


 全国の舞台(ステージ)を降りる。

 ここで、烏丸の夏は終わり・・・。


「整列じゃ・・・っ」


 それが何よりも信じられなかった。


「3勝0敗で、白桜女子中等部の勝利。礼」

「ありがとうございました!」


 元気よく、威勢よく大きな声を出す白桜側と。


「ありがとうございました・・・」


 呆然と声を絞り出す烏丸。


「くっ、ううぅ・・・」


 先輩たちの多くはその場で泣き崩れて、膝に手をつく人もいればコートに突っ伏してしまっている人までいた。

 (わし)は―――


「・・・」


 ただただ、そこで棒立ち。

 ショックで何も考えることすらできなくなっていた。


「女王サマ・・・」


 だからいつも通り、彼女に声をかける。

 彼女の言葉が欲しかった。何か、このチームのいく道を指示(さししめ)してほしかったのだ。


「椿、」


 しかし―――

 女王サマの、その悲嘆に暮れるような、暗い顔を見た瞬間。


「・・・っ!!」


 こみあげてきたものを、我慢することが出来なくなっていた。


「泣くな、椿」

「じゃって、じゃってわしら、こんなところでまだ終わるような・・・ッ」


 止めどもなくあふれてくるそれを、拭うこともできずに。


「椿、おいで」


 先輩は(わし)を強く抱きしめ、がしがしとボブカットの髪を強く撫でるようにして。


「女王サマ、わし、まだ何の恩返しもできとらんッ。全国で返すつもりじゃった・・・、この大舞台で先輩たちと一緒にッ・・・」


 彼女の腕の中はなんだかとても温かくて。


「まだ終わりとうな゛い゛っ・・・!!」


 もうこの手の感覚ともお別れだと思うと―――それだけが本当に悲しかった。


「あんたはようやった。来年、今度は椿・・・あんたがこのチームを全国に連れて来い」


 女王サマの最後の言葉は、いつもの彼女からは想像できないくらい、弱々しくて。


「この負けも糧にして、全国で誰よりも強くなれ。それが私から椿へ、最後の命令じゃ」


 そう笑顔で言ってくれる女王サマの言葉を。


(ここで・・・)


 (わし)は―――


(ここで1ミリでも女王サマの言葉に甘えたら、)


 涙を両手で拭い、歯を思い切り食いしばって。


(わしはもう二度と、『この先』へ進めんくなる・・・!!)


 こくんこくん。

 何度も嗚咽を漏らしながらも、必死で頷いて、受け取った。


 この試合負けたのは。

 最初の試合で何もできずに・・・一方的な展開を作ってしまった、(わし)の責任じゃ―――





(勝った・・・)


 全国で、このチームになって初めての勝利。

 私自身も、1年生の夏に勝利して以来の全国での勝利だ。


 何より、あの頃と違うのは。


(私が率いたチームで、勝ったんだ)


 『その点』だった。


 1年生の時、先輩たちに勝たせてもらったあの時と。

 自分が作り上げてきたチームで得た今。


 ぜんぜん、違う。その1勝の重みが、全然。


「よくやった。良い試合だったぞ」

「みんな、おめでとう。凄い試合だったわよ~」

「先輩たち凄いッス! ベンチから見てて大興奮でしたッス! これが全国なんスね~!!」


 ベンチに戻ると出迎えてくれる、優しい声。

 監督やコーチ、後輩に祝福されながら―――私はこの1勝を噛み締めていた。


(・・・いいな)


 この感覚、すごく良い。

 これが全国。

 これが選ばれたたった一握りの選手だけが味わえる感覚。


 ―――ここに来るまで、長かった


 だけど、その分。


(うん)


 やってやろうという気持ちの方が、今は全然強い。


「白桜さん!」


 そんなことをやっていると、大会役員の人がこちらにやってくる。


「次の2回戦の抽選です。部長さんは・・・」

「はい、私です」

「久我まりか選手、ですね」


 目の前に差し出されたのは段ボール1つ分くらいの大きさの、抽選箱。


「引いてください」


 言われるがまま、私はそれに手を突っ込む。


(考えるな・・・)


 感じるように、引け!!


「・・・」


 引いた二つ折りの紙を、広げ。

 自分で番号を見て、驚く。


「『1番』です」


 1番―――その数字が示す『先』とは。


「1番、ですか。次の対戦相手は・・・」


 それを聞いた瞬間。

 私はふふ・・・と胸の奥から溢れ出す想いを、我慢することが出来なかった。





 ―――2回戦、1日目

 ―――第1試合


 たった今、試合が終わった。


 結果は3勝0敗で白桜女子の勝利。

 最後の整列の後、握手をする選手たち。

 勝った白桜側が晴れ晴れとしているのは当たり前のこと―――


 この試合で、何より象徴的だったのは。


「ありがとうございました」

「私たちに勝ったんだから優勝してよね」

「ぜんぜん敵わなかったよ~」


 負けた初瀬田側の選手たちが、どこかやり切った感のある、充実して満ち足りた表情をしていることだった。


(1回戦の鴻巣戦で、全てを出し切ったと・・・)


 そういうことなのかな。

 今日の試合、白桜(ウチ)の圧倒的な試合内容だった。

 勝った3試合、全てで初瀬田側に流れを一切もっていかないかのような勝利。


 この勝利で、私たち白桜は2回戦突破―――準々決勝(ベストエイト)へ勝ち進んだことになる。


「白桜女子さん!」


 どこかぼうっと、試合の後の雰囲気を噛み締めていた私に。


「初瀬田の・・・七本部長」


 背が小さく、小柄で。

 しかしどこまでもまっすぐで元気な、彼女が声をかけてきてくれた。


「ナイスゲームでした。あたしたち、もうちょっとやれるかと思ったけど・・・完敗でした」

「いえいえ。初瀬田さんが初戦で消耗していなかったら、試合はどうなっていたか分かりませんでしたよ」


 ガバッと頭を下げる彼女に対して、私もぺこりと(こうべ)を垂れる。


「でも・・・」


 七本さんは、どこか私の顔ではない・・・遠くを、少しだけ見据えて。


「あたし達の夏が白桜女子さんで終われてよかったなって、今はそう思います」


 その時、吹き抜けた一陣の風。

 風に流されないよう、髪を少しだけ抑える七本さん。

 清々しいその旋風が、初瀬田というチームを表しているような気がした。


「あたし達3年生は引退するけれど・・・。これからも初瀬田中学女子テニス部をよろしくお願いします。後輩たちと・・・仲良くしてあげてください」


 うん、それは。


「だってさ」


 私じゃなくて―――


「燐」


 『彼女たち』の役目だ。

 首だけ後ろを振り向き、燐に視線を遣る。


 燐は最初、私ですか?という表情をしていたけれど、すぐに顔を引き締め。


「私たちこそ・・・。初瀬田さんとはこの全国で戦かった強豪校として、そして東京都内の強敵(ライバル)としてお付き合いしていきたいと思っています」


 こういうことをサラッと言えちゃうのも、燐っぽい。

 人付き合いの上手さは抜群だもんね。


「ありがとうございます・・・! これからも、よろしくお願いしますっ!!」


 初瀬田。

 東京都大会からの長い付き合いの学校を倒して、私たちは上へ進む。

 彼女たちの想い・・・。

 そして、負けていった全ての学校の無念と悔しさを、背負いながら。


「白桜女子さん、抽選お願いします」

「あ、はい。いつもご苦労様です」


 まだ2回しかやっていないのに、小慣れてきた感のある組み合わせ抽選。


「よっと」


 引いた紙に、書いてあったのは。


「『8番』です」


 それを大会役員に見せる。


「今はまだ第1試合なので、次の対戦相手は未定です。また追って知らせがくると思いますので」

「お疲れ様です」


 8番か・・・。

 ベスト8のうちの8番だから、1番最後の試合になる。


 私はその引いた紙を大会役員の人に手渡すとき、不思議な『何か』を感じていた。

 なんだろう、この感じ。

 ちょっと心がざわざわするというか・・・。ううん、言葉にはできないな。


 次の対戦相手、どこの学校(チーム)かな。

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