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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
33/385

壁の向こうへ

「ドライブボール・・・?」


 わたしは先輩の言葉を、そのままオウム返しにした。


「ボールに縦の回転をかけて相手ベースライン付近で軽く落ちるショットの事です。通常はボールを強く打った際にアウトにならないようにするためのスピンショットですね」


 ふむふむ、と頷く。


「ただ、お前の打球は常に不規則な回転がかかって揺れている為、そこに更に下手な回転をかければ元々の個性が死にかねない。そもそものコンセプトと矛盾してますからね」

「変則フォームとブレ球で押すプレースタイルには、確かに合わなさそうですね」


 スピンを意識し過ぎてブレ球を失ったら今までやってきた事が無駄になってしまうのだ。


「しかし、ブレ球やフォームによるコントロールの乱れがどうしようもなくなる時が必ずやってくるはずです。そういう時、無策でいることが1番危ないですから」


 先輩はかんかん、とラケットでコートを軽く叩きながら。


「本当にどうしようもなくなった時の保険として、ドライブボールを覚えて欲しいんですよ」

「必殺技っていうか、ホントにピンチになった時の秘密兵器って事ですか?」

「ま、端的にいえばそうなりますね」


 なるほど。と頷きながら手を叩く。


「やりましょう! 秘密兵器開発! なんだかわくわくしてきましたよ!!」

「・・・お前のそういう明るいとこ、嫌いじゃないですよ」


 先輩はそこに一言付け足す。


「ドライブボールはスピンショットの中でも簡単な部類のスピンですからね」


 言って、肩をすくめる。


「さあ、バカでも出来るこのみちゃん特製ドライブボール習得、やりますよ!」

「はい! 地獄の淵までお付き合いしますよ先輩!」


 今まで散々基礎の基礎ともいえる技術やプレーを練習してきたんだ。

 ボールの回転1つ、最後の仕上げに習得することくらい、やってみせる。





 曇り空を見上げることも多くなった、5月の終わり。


「えええい!」


 思い切り声を上げて、先輩のコートにボールを打ち返す。

 ボールはぐぐっと落ちて、ギリギリラインに入る。

 でも、このみ先輩は小さな手を思い切り伸ばして、それを返してきた。


「もらいましたよ!」


 しかし、その少し浮いたボールを。

 ネットの手前でジャンプして、前陣に叩きつけた。


「はあ、はあ・・・」


 わたしは思わず膝に手をついて深く息を吐く。


「甘い! 今のドライブ、スピンが弱い。これじゃあ使い物になりませんよ!」

「す、すみません!」


 声を出すけれど、もう疲労で足が動かない。

 そりゃそうだ。日は暮れかけ、ロクにボールも見えない。朝から練習しっぱなしで身体中が痛いんだ。


「・・・でも、今のは完全に取られましたよ。ナイススマッシュ」


 先輩はぐっと親指を立て、そう言って笑いかけてくれた。

 疲労で歪んでいた顔に、緩み切った笑顔が浮かんでくるのが自分でもわかった。


「あ、ありがとうございます! 先輩のご指導ご鞭撻のおかげでございます!!」


 ムチャクチャな敬語、と笑われながらも。

 わたしは本当に嬉しかった。ようやくこのみ先輩に、認められた気がして。


「今日は終わりにしましょう」


 先輩の一言で練習を終える。

 寮へと戻る道すがら。


「疲れたー。さすがに休日1日練習はキツイです」

「1軍は今日も練習試合で実戦・・・私たちは練習するしかないですからね」


 そっか―――

 1軍の子たちはずっと練習試合の連続。ここまで来たら普通に練習するより実戦の方が効果があるんだろうか。


「先輩」

「ん?」

「わたし達、1軍に行けますかね・・・」


 なんだか、違う世界に居るみたいで不安になってきた。

 みんなドンドン実戦に出て行っているのに、わたし達はひたすら練習漬け・・・

 自分の力がどんなものなのか、本当に通用するのか。それが不安で仕方が無かった。


「次の全体練習で、2軍の選手に最後のチャンスがあるんですよ」


 え―――


「先輩、そんな事一言も」

「言えばお前は焦るでしょう。それは逆効果だと思ったんで、今まで黙ってました」

「じゃ、じゃあどうして今になって・・・」


 先輩はまっすぐに前を見つめたまま。


「今のお前となら、全体練習で監督にアピールできると確信してるからです」


 歩みを止めずに、そう言った。

 わたしは最初、それがどういう意味だか分からなかったけれど。


「1軍のダブルス2はまだ固定できちゃいない。監督もコーチもダブルスペアを重点的に見てくれるはずです」

「そ、そこで結果を残せば・・・!」


 その先は、あえて言わない。

 でも、先輩は。


「あるいは、ですけどね」


 全部分かってくれているようだった。

 わたしと先輩のダブルスペアに与えられた、最初で最後のチャンス―――


「やりましょう、先輩」


 わたしは口にする。


「絶対に結果を出して」


 自分たちの目標を。

 決してその意思が、鈍らないように。


「1軍のダブルス2に入りましょう!!」


 言って、先輩をがばっと抱きしめる。


「な、なんですか急に!?」

「信頼と愛情のハグです!!」

「は、はあ!?」


 ぎゅーっと。小さな先輩がもっと小さくなってしまうくらい力を込める。


「わたし達、2人一緒なら絶対にできます」

「お、お前に言われなくても・・・」


 先輩はそこまで言うと、おずおずと。

 わたしの腰に手をまわして、抱きしめてくれた。


「・・・ありがとう。今日まで私に着いてきてくれて」


 そして聞こえないような小さな声で呟く。


「お前の努力、絶対に無駄にはさせませんよ。私の3年間・・・すべてをぶつけます」


 声が少しだけ震えている。

 この人はあんまり自信があるタイプの人じゃないから、不安なのかも。


 だから。

 わたしは黙って、そのまま抱きしめている腕に力を込めた。


「わたしだって・・・先輩の3年間、絶対に無駄にはさせません」


 もう迷いはない。

 この人と一緒に、レギュラーへ。

 それが今のわたしの、たった一つの目標だから。

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