引き寄せた"流れ"
万雷の拍手と共に、相手選手との握手を済ませて頭を下げる。
6-3―――
終盤、少しだけ巻き返されたけれど、それでもほとんど敵に流れを与えること無く、勝つことが出来た。
試合前の緊張と不調が嘘のように良い試合が出来たのだ。
先輩との連携、コンビネーション。
このみ塾でやってきたことが試合で表現できた。
どこでどう動けば良いのか、頭の中でしっかりと計算して動けたし、先輩の動きも読めた。
声の掛け合いも、上手くやれたと思う。
「ナイスゲーム、藍原さん!」
「このみ先輩、いっぱい動けててよかったですよ~!」
「良い試合だった」
「私、興奮しちゃったー」
お客さんの反応も上々。
『まず流れを白桜側に呼び込む』というわたし達の役目は完遂できたと言って良いだろう。
(試合会場中が、わたし達に声援をくれる・・・)
この今目の前にある光景が、その結果なのだろう。
烏丸側の落胆する声より、白桜応援団を含め会場全体がわたし達の勝利を喜んでくれている。
そういう試合を出来たんだってことは、少なくとも誇って良いはずだ。
「藍原」
ふと、視線を目の前に移すと、そこには―――
「瑞稀先輩」
次の試合へと向かう、咲来先輩、瑞稀先輩の姿が。
「アンタにしては良い試合だったじゃない」
「ありがとうございます。先輩も、頑張ってください」
「そんなの当たり前。言われるまでもないし」
相変わらず何を言っても塩対応が返ってくる瑞稀先輩。
「試合会場は温めておきましたよ、咲来」
「ふふ。ありがとう、このみ。この雰囲気、壊さないように頑張るね」
このみ先輩と良い雰囲気の咲来先輩。
(こうも違うかなぁ・・・)
わたしも咲来先輩に優しい言葉かけてもらいたかった。
試合後の疲れた身体に、先輩の優しさは沁みるだろうなあ・・・。
「先輩、行きましょうよ」
話を続ける先輩達の間に、割って入るように瑞稀先輩が咲来先輩の腕を掴む。
「じゃあ、瑞稀がもう我慢できないみたいだから」
「違います。先輩があたし以外の人と話してるの、イヤなだけですっ」
「あ、それ言っちゃうんだ・・・」
わたしも先輩達に、手を振って。
「あとはお願いします」
と、別れの挨拶。
―――わたし達の試合は終わった
あとはチームメイトが、勝ってくれるのを待つのみ。
応援しながら、チームが勝つことを願うしか無い。それしか出来ない。
(・・・でも、)
ここまで一緒にやってきた仲間達になら、それを託せる。
信頼できるだけの積み上げが、時間が、今のわたしの中にはあるから。
◆
「瑞稀」
―――あたしたちにとって、初めての全国
「どうしたの? おいで」
昨日のうちに、話したいことはいっぱい話し合った。
先輩のこと、あたしのこと、試合のこと、『これから』のこと。
「・・・先輩」
もうあと何回、こうやって一緒に試合に臨めるだろう。
先輩と一緒にコートに入って、同じ打球を同じように追いかけられるだろう。
「あたし、後悔したくないです」
全国の舞台で戦える喜びやうれしさより、あたしはそっちの方が勝ってしまっていて。
なんだか、どうしようもないような気持ち。なんとも言えない、妙な感覚。
「残された時間を・・・一生懸命、最後まで先輩と一緒に過ごしていきたい」
先にコートへ足を踏み入れる、貴女へ。
あたしの一歩先を行く貴女へ。
伝えたい想い。
「この試合、勝ちましょう!」
万感の思いで、伝える。
「瑞稀―――」
先輩は少しだけ首を縦に振ると。
「うん。私たちなら勝てるよ」
あたしの方を見て、ニッコリと微笑んでくれる。
「そのために今日まで練習、頑張ってきたんだもんね」
「・・・、はいっ」
そうだ。
全ては貴女とあの頂を獲るため。
全国の頂点に立って、『あたし達が誰より強いんだ』と証明するため。
その為に、今日まで研鑽を積んできた。
この全国大会の為の"今まで"―――
「行こう」
交わしたハイタッチ。
先輩のちょっと汗ばんだ手が、あたしの手と重なる。
―――いちばん強いのは、あたし達だ!
それをたった今から、この大観衆に見せつけてきてやる。
◆
「ゲームアンドマッチ、」
試合を見守っていたギャラリーが、一瞬生唾を飲み込んだ。
「ウォンバイ、山雲・河内ペア! 6-1!」
目の前で行われた試合の内容が、未だ頭に入ってこないように。
「え、何あの子たち・・・?」
「強くない!?」
「今まで全国出場経験なしのペアでしょ?」
「烏丸のペアを圧倒してた!」
これは―――
(あの子たち、やったかもしれないわね)
試合内容、結果、ともに完璧なものだった。
自らの力を日本全国に誇示した・・・そう言うのに相応しい試合。
(この試合は全出場校にすぐに伝わる)
そう、『白桜に山雲・河内ペアあり』だと。
テレビを通して見ていたチームはド肝を抜かれただろう。
「白桜って久我さんのチームだと思ってたけど」
「全国広いわ~」
「白桜、これ結構上位いけるんじゃないの!?」
シングルス3が始まる前―――藍原さんと菊池さんが引き込んだ空気は、完全に白桜のものとなっていた。今のダブルス2試合で見せた白桜の可能性・・・それは、彼女たちが大会の台風の目になりえるものだということを証明していたのだ。
「良い試合でしたね~。シャッター切る手が軽い軽い」
隣の後輩は眼鏡の奥をきらりと輝かせ、顎に手をつけてふっふっふーと不敵に笑う。
「こりゃあ烏丸、妙さまを切る前に負けかねませんよ」
「1回戦屈指の好カード、『八極』対決が見られない可能性が高くなってきたわね」
だけど、そうならそうで記事の書きようはある。
この1回戦、次のシングルス3に水鳥さんではなく、新倉さんを使った、その起用が正しいのかどうか・・・。ベンチ前で篠岡さんと話す彼女本人は、今の状況をどう思っているのだろう。
(新倉燐、絶不調だった関東大会から復活なるか)
この試合、十分その試金石と成り得るに違いはない。
◆
まさか、こんな事になるとは思いもしなかった。
「ダブルス2連敗・・・」
選手間のムードも一様に重い。
広島県大会、中国四国大会、これほどまでに追い詰められた試合はなかったように思う。
1年生の御影は勿論、ダブルス1の先輩たちも簡単に負けるような人たちではないのは誰もが知るところ。それをこうも簡単に連敗を喫するなんて。
(これが、全国の壁)
日本全国から集まってきた選手たちの強さ―――これほどとは。
「みんな、よう聞きぃ」
そこで。
「まだ負けとらんよ」
妙さまが、部員たちに声をかける。
「相手のシングルスは絶不調の2年生と経験の浅い1年生・・・巻き返すチャンスはいくらでもある。由紀恵」
「は、はいっ」
「あんたがしっかり流れを掴んでな」
「任せてくださいッ」
御影曰く、『女王サマ』からの勅令―――私の目をしっかりと見据えた彼女は、念を押すようにゆっくりとした口調で語りかけてくる。
(そうだ、まだ負けてない)
新倉燐。
全国でもその名前は轟いている、天才プレイヤー。
「「よろしくお願いします」」
だが今は、入部して以来の絶不調期だと聞いている。
(付け入る隙はある・・・!)
この試合は私のサーブから。
しっかり枠内に入れて、まず試合の流れをこっちに手繰り寄せたい。
トスを上げ―――叩きつけるように、サーブを繰り出す!
上手くサービスコート内で跳ねたボールが新倉燐をめがけ飛んでいく。
レシーブに備えようと、中央に戻るステップを踏んだ、その瞬間―――
「!?」
コートの端で、強力なレシーブが跳ねた。
「な・・・!?」
追いつく追いつかないというレベルの話ではなかった。
完璧に制球された完璧な威力のレシーブ。
それが、コートの端―――私から見たら戻ろうとした中央のその更に先のコート四隅・・・そこに、文字通り突き刺さったのだ。
(聞いてた話と違う・・・!?)
どこが絶不調だ。
どこが付け入る隙があるだ。
今の新倉燐に、そんなものは微塵も感じられなかった。
「くっ!」
そんな馬鹿な。
こんなことがあるか。
どれだけ正確にコントロールしたサーブを打っても、どれだけ強いショットを返しても、まったく通用しない。簡単にボールが返ってくる。
この感覚は久しぶりだった。
圧倒的に技量が上のプレイヤーと戦っている感覚―――
相手は"同級生の"、同じ中学2年生の選手なのに・・・!




