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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
328/385

VS 烏丸 ダブルス2 岩倉・御影ペア 3 "女王サマと私"

 テニスの超強豪校・烏丸はそれと同時に、地元ではお嬢様学校としても有名な学校だった。

 進学するのには相当の覚悟が必要・・・少なくとも、普通の家に生まれた人間からしたらそうだろう。

 だが、(わし)の場合はそれ故に入りやすかったと言えるかもしれない。


 実家(ウチ)は広島ではそれなりに名の知れた名家。

 娘の入る学校に、親どころか親族一同が口を出してくるくらいには、『家族』としての意識が強い場所で自分は育った。


 自分の人生は家と共に。

 そう幼少期から言われ続け、家を第一として考えろという教育を受けてきたのだ。

 そんな名家のお嬢様(ボンボン)として育った(わし)にとって、その出会いは衝撃的なものだった―――


 コートの中でまるで"女王"のように自由に振る舞い、偉そうにふんぞり返る女。彼女からは何のしがらみも感じない・・・、

 (わし)の人生からは想像も付かないようなその姿。


「1年生、妙さまのお通りじゃ。道を開けぇ」


 その実力もさることながら、コートの外でもテニス部員を従えるように率い、まさに王のように君臨する―――紅坂妙。


 ―――他の3年生や2年生が彼女をまるで『姫』扱いしていたのには、さすがに驚いた


「ムカつくんじゃ」


 その時の(わし)は、自分とは違う・・・そこで感じた"何もかも"が気に食わなかったのだろう。


「偉そうにしやがって。テニス部には入ったが、(わし)はお前の手下になった覚えはない!」


 入部早々、紅坂妙に逆らって、真正面から彼女にケンカを売るような真似に出たのだ。


「ほう。面白いのぉ、1年」

「・・・」

「ここはテニス部じゃ。文句があるなら、コートの中で聞こうかのぉ」


 彼女の間延びしたような、ゆったりとした余裕のあるしゃべり方が、余計に神経を逆なでした。


「かかってこんかい! (わし)ぁ地元で負けたことのない『天才』として有名じゃった!」


 怖いもの知らず。

 世間知らず。

 そして、恥知らず。

 何も知らなかった、この頃の自分。


「この部で1番の奴を倒して、(わし)が1番になったる!!」


 決闘を申し込んだはいいが、ものの数十分でボコボコにされ、1ゲームも取ることなく敗北することになる。


「相手にもならんかったのう、1年」


 紅坂はコートに倒れて息も絶え絶えの(わし)を下に見て、・・・ニッコリと笑う。


「じゃが、その意気や良し」


 『その時』の笑顔が―――


「こんな風に私に真正面から突っかかってきた子は、初めてじゃったぁ」


 ・・・忘れられなくて。


「次はもうちょっと歯ごたえのあるプレー、期待しとるけぇね」


 (わし)はこの人の背中を、追うことになるのだった。


 プレーの1つ1つ、その所作や表情に至るまで、全てのことを徹底的に真似し始めた。

 コートの外・・・テニス以外の部分までそれは及び、紅坂さんに少しでも構ってほしくて、自分を見て欲しくて、授業が終われば3年生の教室へ駆けていき、彼女の鞄を持って一緒にテニス部まで歩いてくようにもなったのには、誰より(わし)が1番驚いていた。


 やがては。


「女王サマ!」

「女王様?」

「妙サマは(わし)にとっての女王サマじゃけ、そう呼ぶようにする!」

「ふふ。本当にあんたは面白いのぉ」


 よしよし、と頭を撫でてくれる女王サマ。


「えへへ・・・!」


 この人に触れて、世界が変わった。

 女王サマと出会った後の世界は、全てが輝いて見えた。


 日常の何気ない一つ一つが・・・、その景色が、この人と一緒にいると、まったく違って感じるのだ。


 それは(わし)の人生そのものが変わったようで。

 彼女の一歩後ろを、ついていくように歩く。たったそれだけのことが、この上なく満ち足りて、幸せに思えた。


 ―――時間は流れ、夏の県予選


 1年生にして烏丸のレギュラーを掴んだ。

 チームは順当に勝ち進んでいき、自分自身チームの一員として役に立っている自覚もあった。

 ダブルスという場所ではあるが・・・、自分は自分にできることを精一杯やっていたつもりだった。


 それはある日の試合終わりのことだった。

 試合は3勝0敗で烏丸(ウチ)の勝利。完勝とも言うべき一方的な試合内容だったというのは誰からの目から見ても明らか。


 その試合終了後、挨拶が終わった後に。


「あの1年生、なんで烏丸のレギュラーなの?」


 そんな声が、相手チームから聞こえてきた。


「背ぇちっちゃいし、烏丸なら他にもっといい選手いるだろうにね」

「控えにまわされた上級生かわいそー」


 明らかな挑発、いや、ただの中傷の類。

 そんなことは分かり切っていた。


 だが、初めて会ったチームの、初めて会った奴に、そんなことを言われたのが・・・。

 (わし)にとっては、すごくショックで。


「なんじゃと・・・!」


 安っぽい挑発に、乗りかけてしまった。

 しかし―――


「椿」


 スッと、その瞬間。

 女王サマの手が、目の前に伸びてきて・・・(わし)を遮る。


「"負け犬の遠吠え"にわざわざ反応してやるこたぁないけえ」


 女王サマはわざと相手に聞こえるような大きな声で、更に続ける。


「陰口は私と、烏丸のかわいい部員たちのおらんところでやってくれんかのお」


 瞬間―――(わし)は見逃さなかった。


「低レベルなやり取りに巻き込まれたくないんじゃ」


 女王サマの目が鋭く光って、相手チームを貫くように彼女たちを睨みつけたのを・・・。彼女の凄みに押されたのか、相手チームはそそくさと引き揚げていく。


「女王サマ・・・」

「椿、あんくらいでビビったらあかんよ」


 女王サマの手のひらが、ぽんと(わし)の頭の上に置かれる。


「あんたはこれからこのチームを背負っていく女じゃけえ、胸を張って堂々としとればええ」


 自信満々に言ってくれた、その言葉が本当の本当に嬉しくて・・・。


「は、はいっ・・・!!」


 身体の底が熱い。

 温かさが全身に広がって、染みていく。


 ―――そうじゃ、(わし)


 この人みたいになりたい。

 この人に『本気』で憧れて、その後ろを走ってきたんだ。

 彼女の後ろを、ただその背中に追いつきたくて走り続ける。これから先も・・・それは変わらない。





「ここはわたしが行きます!!」


 先輩を制して、自ら打球に突っ込む。


「ッ!」


 左手のみのフォアハンド。

 インパクトした打球は敵コートの端に落ちる。インかアウトか、微妙なところだったが。


「30-0」

「よしっ!」


 入ってくれた。

 ぐっと両手の拳を握りしめ、それを身体に引き寄せるように力を入れる。


「ナイス判断です、藍原」

「今日の調子ならいけるかなって思ったんです」

「後ろは私が支える。今日はお前が点を取るんですよ」

「はいっ!」


 先輩の言葉で、より一層心の炎が燃え上がる。


 ―――そうだ


 たとえわたしが抜けれても、後ろには先輩がいる。

 先輩が後衛を守ってくれる。どんな打球にも追いついて、拾ってくれる。

 だから失敗を恐れることなく、ドンドン攻撃していける。


 敵プレイヤーが圧倒されるほどの攻めを続けることが出来る―――


(もっとだ・・・!)


 もっと、もっと。

 攻め続けろ。

 このゲームを取ることに、目の前の1ポイントを取ることだけに真剣になれ。

 それ以外は、何もいらない・・・!


(今は!!)


 それだけでいい!


「40-0」


 会場の雰囲気が一気にこちらに傾いたのを感じた。

 浴びせられる声援、視線。

 わたし達の1球1球で湧き上がるスタジアムの空気―――自分のプレーで、それを動かせることが快感ですらあった。


(これだけの人達が、わたしと先輩のテニスを見てくれている)


 その感覚が、自分にもっと力をくれる。


 ―――しまった、抜かれた


 直感的にそう思っても。


「うりゃあ!!」


 その絶望的なボールを、先輩が小さな身体を目一杯伸ばして、拾ってくれる。

 敵コートにそれが返っていく。


 1人じゃ無い。

 2人で1つのテニスをしている感覚。


 わたしが前衛で攻撃役を。

 体力を使う後衛の守備を先輩が担当。


 それこそがわたし達がペアを組むとき、理想としていたプレースタイルだった。

 今日はそれが、出来ている。

 まさに理想に近いテニスを、わたし達は自分達の力でやっているんだ。


 ―――そこでわたしは、数歩下がった


 ここだ。

 ここで、決める!


 ―――"あのショット"を使うため


 敵がわたしに狙いを定めた。

 こっちに前衛の頭を越すような打球が飛んでくる。


 ―――わたしは少しだけ屈み、膝を曲げ、


 下から上へ、打ち上げるように。

 (ガット)でボールを巻き込むように、回転をかけることを意識して、


「いけえッ!!」


 『ドライブボール』を、敵コートめがけて打ち込んだ。

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