VS 烏丸 ダブルス2 岩倉・御影ペア 2 "どっちが強いのか"
1ポイントも取れないまま、4連続サービスエースで1ゲーム目を落とす・・・。
最悪のスタートだ。
2発あのサーブを受けたが、正直中国四国大会にあんなもん打ち込んでくるサーバーは居なかった。
関東にはあのレベルの選手がうようよしているのか―――
「スミマセン"女王サマ"、一発も捉えられんかった」
エンドチェンジの際、ベンチに戻ると一斉に出迎えてくれた監督、コーチの後ろで。
「ん~?」
あの人が、のんびりとベンチに座ったまま、パタパタと扇子を扇いでいる。
「まぁまだ試合は始まったばかり、そう焦らんでもえーがの」
彼女はそう言って、ニコリと私たちに笑顔を送ると。
「そうじゃろ、椿?」
私に向かって扇子を向け、こちらの様子を窺うように視線を向け、ガッチリと私の目を掴んで離さない。
「・・・、勿論じゃ!」
だから、私も返事を迷わない。
「女王サマが納得するような試合をするのがわしの目標、この試合だって例外やないけ!」
―――『女王サマ』に付き従うものとして、
烏丸中学テニス部の一員として。
「次のゲーム、しっかりサービスゲームをキープしてくる!」
「うんうん、よしよし。良い子じゃのぉ椿は」
女王サマに頭を撫でられて、その触れられた部分が少しだけ熱くなる。
(・・・『八極』紅坂妙に、恥をかかわすわけにはいかん!)
この人は全国で1番の人だ。
少なくとも、私はそう思っている。
黒永・綾野、赤桐・冨坂、白桜・久我。
こいつらよりずっと強いと、そう信じている。
『あの時』から、私の1番は、ずっとこの人だ。
他の誰にも、その席は譲れない。
だから―――
(女王サマに試合をまわせば、勝つのはわしらじゃ!)
白桜が如何ほどのチームだろうと。
敵コートに誰が居ようと・・・。
それは関係がない話だった。
◆
「藍原、任せました!」
「はいッ!」
コートの中間くらいに飛んだボールに対し、先輩から「いけ」の合図が。
(弾道が低い、スマッシュはできない)
ならば―――
「えい!!」
狙うは相手コートに対角線で入っていくようなショット。
上手く決まったその打球は、敵コートを斜めに切るような軌道で突き進んでいき。
「ちいっ!」
椿ちゃんのラケットの向こうを、通過していく。
「40-15」
よし、今のは良い点の取り方が出来た!
「藍原、ナイスショット」
「先輩こそ、ナイス判断です」
「さあもう一発、今度はサービスエース狙ってやれです」
ボールを受け取り、サーブ位置に戻っていく。
前衛に居る先輩の背中を、落ち着いて見て―――出されたサインは。
(フラットサーブ・・・)
打ったら前に出ろのサインも出ている。
(先輩、めちゃめちゃ攻める気じゃないですか!)
いいですね。
最高だ。ここは確かに攻めた方が良い場面だし、何より。
今日は2人の連携が上手く取れている。
全国レベルの敵を相手に、まったく引いていないのだ。わたし達のテニスが出来ている。
―――このまま、
「ッ!」
攻め続ける!
フラットサーブを放つと同時に、前陣へダッシュ。走りながら、相手コートから返ってきたレシーブを敵コートに打ち込み、攻勢をかける。
今度は後衛から、前衛の頭を超すようなロブショットがふわりと頭上を通り過ぎた。
先輩が反応するものの、今度は敵前衛にそれを狙い打たれる。このみ先輩VS敵2人、のような恰好になってしまったのだ。
(・・・わたしが、なんとかしなきゃ!)
反射的にそう思い、通解していくボールに手を伸ばそうとしたが。
「藍原! ここはいい! 任せろです!!」
先輩の言葉がわたしのラケットを引っ込ませる。
通り過ぎて行ったショットを、待ち構えていた先輩が強打。敵前衛が手を出せず、後衛も追いつけず・・・まっすぐ、ストレートに飛んで行ったショットがラインの中で跳ねる。
「ゲーム、菊池・藍原ペア。4-1」
審判のコールと共に。
「おおっ!」
大きな拍手が巻き起こる。
「さすが、切り込み隊長!」
「完全に押してるよー!!」
「良い流れ良い流れ、この調子でがんばれー」
観衆の声に、ごくりとつばを飲み込む。
―――ドクン、ドクン
胸を打つ鼓動が速くなり、それを抑えることが出来ないほどに大きくなっていく。
「よく止まりましたね」
「先輩、ナイスショットですっ」
このみ先輩が差し出した手のひらに、手のひらをぱちんと合わせてハイタッチ。
「連携の動きも悪くない。関東大会で組んだ時よりすごく動きやすいですよ」
「このみ塾のお陰です! ダブルスの戦術を理解したお陰で自分でもここでどう動けばいいのか分かってきたっていうか・・・」
「ふふ。だと良いんですけどね」
わたしが多分、こうしていつも通りに動けているのは・・・先輩のお陰で。
先輩がコートの中に居てくれるだけで、こんなにも心強いのが改めて分かってきた。
(ううん、そんな軽いものじゃない)
この人が居るお陰で―――あの何も見えない暗い感覚も、無くなった。
先輩が灯りを照らしてくれるから、この人の為に頑張ろうって、この人を理由にして、戦う意思を再び燃やすことが出来る。
今、わたしがテニスをする理由が先輩なんだ。
このみ先輩を中心にして、全ての事柄がまわっている。そうとさえ思える心強さ、真っ暗闇を照らしてくれる灯台・・・。
(ああ、そうだッ!)
ショットを返す手にも力が籠る。
良い感じに力が出て、ショットにそれを伝えられている。
(先輩が、わたしに戦う力を与えてくれている!)
わたしを呼ぶ声に、大きく返事をして。
こちらに向かってくるボールを、しゃがんで見送る。
(どんなに道が険しくても、真っ暗だろうと!)
それを先輩が、小さな身体を目いっぱい使っての強打を敵コートへお見舞い。
上手く敵ペアの間を抜けていく。
(この人と一緒なら歩いていける!)
流れは渡さない。
その気持ちが、彼女からも溢れていた。
(わたしの戦う意味―――背中を預けられる相棒!!)
2人で一緒に立っているから・・・。
このダブルスの戦場は、怖くなんてない!
◆
エンドチェンジ。
ベンチへ下がっていく白桜のペア2人を、背のちんまいボブカットの少女が迎える。
「あの水持ってる選手、関東大会までは登録メンバー外だった子ですよね」
隣に座ってテレビを見ていた亜矢が、突然小さくつぶやく。
「そういえば・・・。この選手の名前、知らないね」
「さっすがあやー! よく見てるぅー!」
亜矢も近畿大会で初めて登録メンバーに選ばれた。親近感があるのだろうか。
「この全国大会で1年生を起用しようというのは、他と比べて実力が突出していなければ出来ないこと。試合でぶつかればレギュラーも控えも関係ない・・・。対戦相手を"知らない"などと言うのは言語道断だ。1年生の長谷川万理、後でよく覚えておけ」
監督の一言で、場が引き締まる。
「ひぃー。監督こっわー」
こんな時にこうやって場を茶化せるのは、命先輩くらいだ。
(・・・まぁ、私としては雑魚に興味はない)
白桜で気になるのは、シングルスのレギュラー3人と、今試合に出ている藍原有紀。
私とぶつかる可能性がある、この4人だけだ。
特に―――
(水鳥文香・・・)
アンタとだけは、いつか決着を付けなきゃならないと思っている。
―――忘れたくても忘れられない、忘れられるはずがない
あれは去年の・・・ジュニア全国選抜で世界大会に挑んだ時のことだ。
代表には選ばれたものの、当時の私の実力では大会登録メンバーに選ばれるのが精いっぱい。
世の中にはすごい奴がたくさん居る。そう思わされた、その代表で。
世界を相手にエース級の活躍をしていたのが、水鳥文香だった。
(・・・こいつだ!)
私は頭の中で直感した。
このプレイヤーは、いつかもっと凄い選手になる。
大人になっても世界を相手に戦えるような、そんなスーパーエースになる・・・その可能性を秘めているのだと。
彼女のプレーをベンチから応援することしかできなかった当時の私にとって、その衝撃は相当のものだった。
そして、私は決意した。
こういう奴らにも負けないほど、強い選手になってやる・・・!
あれから1年―――私は果たして、あの時の願ったような自分になれているのか。
(それを確かめる為に、全国へ来た)
勝負だ。
お前たちと真田飛鳥・・・どっちが強いのか―――




