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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
326/385

VS 烏丸 ダブルス2 岩倉・御影ペア 1 "やっちゃった!"

「ダブルス2、菊池・藍原ペア」


 名前を呼ばれた瞬間、天井から糸で吊られているかのようにピクッと頭の上が引っ張られたのが分かった。


「ダブルス1、山雲・河内ペア」


 パッと視線を先輩たちの方に遣る。

 いつものように堂々と胸を張る咲来先輩と瑞稀先輩。


 さすがだな、そんな思いが頭を過ぎる。


 ―――そして、


「シングルス3、新倉燐。シングルス2、水鳥文香」


 その順番で燐先輩と文香の名前が呼ばれたのには、少しばかり驚いた。


「シングルス1、久我まりか。以上のオーダーで1回戦を戦う」


 実力だけでなく、今の調子やコンディションも加味して監督は選んだ。

 それはわかっているけれど、改めて。

 燐先輩が居るオーダーで文香の方がシングルス2を任されたのは初めて。


 ―――それだけ彼女が、監督の信頼に応えているということ


「このオーダーは全国大会を勝ち進んでいくのにおいて『基本的なもの』だと思っている。大切な初戦・・・全国を"この形で戦う"という手本のテニスが出来ればそれが1番」


 監督の言葉・・・その一つ一つが、"選ばれた"わたし達に刺さる。


「お前たちの実力は全国でも通用するんだと、大観衆と他のすべての出場校に、見せつけて来い!」


 力強くそう言われると、なんだか熱いものが湧いてくる。


(わたしは・・・)


 正直、自信なんて無いし、今の自分の調子で全国に通用するかも分からない。

 自分のコンディションが最高のものじゃないくらい、誰よりわたしが1番よく知っていた。


(それでも―――)


 たとえ、最高潮のプレーが出来なくても・・・。

 それでも、勝たなきゃいけないんだ。


 チームの為に、白星をつけなきゃ。


 わたしはその為に、コートに立つんだから。





「じゃんけん」


 このみ先輩の特技、サーブ権じゃんけん。


「ぽん」


 先輩がグーを、相手はチョキを出す。


「それでは白桜のサーブ権で、試合を始めます」


 審判からボールを受け取った先輩はどこか嬉しそうで。


「とってきましたよ」


 と、わたしにボールを手渡しながら、にっこりと微笑む。


「お前のサーブ、烏丸の連中に見せつけてやれです」


 ボールを手渡された瞬間。

 ドクン―――心臓を、強い鼓動が波打った。


(この感覚・・・)


 今まで、関東大会のあの試合から・・・しばらく、忘れていたもの。

 何をどうしても、この鼓動を感じられなくて、心の炎が萎えていっていた。真っ暗な闇に向かっているような、底の知れない沼に足を踏み入れているような、不気味さがあった。


 でも、今は―――


 どくん、どくん。


『わああああぁぁ』


 お客さんの声に押されるように、どんどんドンドン、鼓動が大きくなっていく。


 ―――ひとつ、


「すぅ」


 大きく息を吸う。


 全国の空気―――これが、頂上付近の匂い。


(これが、全国大会・・・!)


 目指してきた場所。

 目標にしてきたものが、今は目の前に広がっている。


(良い。良いよ)


 右手でボールを握りしめ、左手に持つラケットをもう一度、大きく構える。


 ―――ここから、始まるんだ


 ボールを高くトスし、サーブ動作のモーションに入る。


(わたしの、全国大会!!)


 ゆっくりと落ちてきたボールを、いっぱいに伸ばした腕の、その1番速度が速くなった『瞬間』に捉える―――


「!!?」


 ―――が、


 わたしの放ったサーブはまっすぐな軌道を描き、そのままネットを超えることなく・・・。


「ぐえッ!!」


 このみ先輩の背中へ、一直線に突き進んでいった。


 先輩の背中に激突したボールはそのまま落ちてころころと転がっていき。

 わたしは、その力なく転がっていくボールの行方を見るように、視線を泳がせることしかできなくて。


 いっぱいに入ったお客さんが、一瞬水を打ったかのように静まり返ったかと思ったら。


「あははは!」


 ドッと、湧きかえるように笑いで包まれる会場。


「フォルト」


 審判は冷静に進行しようとするものの。


「~~~!!」


 わたしは恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を真っ赤にさせながら、それが見られないよう隠す様にラケットを顔の前に持ってきたものの―――360度、ぐるりとお客さんが入ったスタジアムの視線から、逃げられるわけもなくて。


「真っ赤!」

「あの子顔真っ赤だよ~」

「かわいい~」


 ダメだ、こうなったら逃げる場所なんてどこにもない。

 意を決したように、その場に立ち尽くす。笑いたければ笑え、と。頭の中で思う。


「藍原お前、とうとうやりやがりましたね!?」


 このみ先輩は背中を抑えながら、こちらにずいずいと向かってくると。


「いつかこういう時が来るんじゃないかと思ってましたが、全国に来て一発目でやられるとは思いませんでしたよ!」

「す、すみませんっ! 背中、大丈夫ですか!?」

「おかげ様でね、打ちどころはよかったみたいです」


 審判からまわされたボールを先輩がまたぎゅっと、わたしの左手に手渡してくれる。


「いいですか、今のことはさっさと忘れろです。誰にでも失敗はある。引きずるなよ、です」

「は、はい・・・!!」


 忘れようとして忘れられるもんでもないと思うけれど・・・頑張ろう。


「あっはっはっー! 藍原、お前見せてくれるのう! 腹痛いわぁ!」


 向こうのコートでお腹を押さえて笑っている、椿ちゃん。

 前衛のもう1人の2年生選手も、口元に手を持ってきてクスクスと笑っていた。


(うう、恥ずかしー)


 やっちゃった。

 やっちゃったなんてもんじゃない。

 文字通りの笑われ者だ。・・・でも。


「ふぅ」


 ―――ネガティブな気持ちは、とりあえずどこかにいったと思う


 笑い飛ばせたんじゃないかと自分の心の中で思えるくらいには、頭の中は真っ新なものになっていた。

 今なら・・・。この状況なら。


(―――っ)


 打てるんじゃないか。

 自分の・・・わたしの、サーブを。


 右手でトス。

 しゃがみ込むように膝を屈めて、左手を大きく後ろに振り上げ―――弓矢を引くように、左手にすべての運動エネルギーを乗せて、思い切りラケットでボールを叩く!

 最高打点で叩かれたフラットサーブは、今度こそこのみ先輩の横を通り過ぎ、相手コート上で思い切り跳ねる。


 ―――その瞬間には、


 敵後衛・・・椿ちゃんも思わず反応できず、それを見送っていた。


「15-0」


 審判が、そうコールした瞬間。


「「サービスエース!!」」


 スタジアム中が、驚きに包まれる。


「今のフラットサーブ?」

「そんなに速くはなかったよね」

「烏丸の選手、なんで反応できなかったの?」

「タイミングが合わなかった?」


 そして、その観衆のほとんどが首を捻っていることが―――わたしには、面白くて仕方がなかった。


(これでいいんだ)


 わたしの場合は、これでいい。

 先輩と磨いてきたフラットサーブ。コートに立つ相手が嫌がる、相手にだけ伝わる威力のサーブ。


 ―――これこそが、わたしのサーブ!


 もう一度、フラットサーブを左腕から放ち、それが敵コートに着弾する。

 レシーバーは変わって、敵2年生。


「30-0」


 それを、返せない。

 初見の相手には、わたしのサーブは見づらいから。


 特に、今回は全国大会―――敵は映像でもわたしを見たことがない。そういう相手には、このサーブは真の威力を発揮するんだ。


「チッ。全国に来るプレイヤーじゃ。ただのイロモノ選手じゃないとは思うとったが」


 椿ちゃんが舌打ちをする。


「わしが止めたる! 来い!!」


 大きく言葉を吐き出し、レシーブの構えを見せる彼女。


(いいよ)


 止めれるもんなら、止めてみるといい。


 今度は"他人から見たら"普通のタイミングで―――わたしからしたら、ちょっと速めにボールを打ち出す、『揺れるサーブ』を。

 左腕から放たれたそれは、ネットを超えたあたりで。


(揺れてる!)


 わたしの目からも、そう確認できるほど大きく揺れていた。

 このボールが、わたしの調子のバロメーターにもなってくる。


「ッ!」


 上手くボールを視線で捕まえることが出来なかったのか、椿ちゃんは再びそのサーブを見送る。


「なんじゃあ、今のは!?」


 敵コートで彼女が多く叫ぶ。


「先輩、今の見たか! ボールが揺れちょったッ」


 前衛を守る先輩に、両手を広げてオーバーなリアクションを取って、それを表現。


「分かったから、次、あたしだから」

「気を付けてくださいよ。揺れるボールなんか全国でしか見れん!」

「大丈夫だから」


 ふふ。


(嬉しいな)


 そんなに喜んでくれると―――


(もっと、見せたくなる!)


 わたしのサーブを、もっと色んなプレイヤーに。全国の強敵たちに。

 もっと、いっぱい。


 そうだ。

 全国のエースたちが集まっているこの大会で、下を俯いているなんて勿体ない。

 もっとぶつけたい。


 この気持ちと、このわたしが学んできたテニスを―――『彼女たち』に!

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