全国大会 1回戦 4日目 第3試合 『白桜女子中等部 対 烏丸中学』
―――大会4日目、
―――白桜女子、試合当日
朝、1年生たちで固まって食堂でご飯を食べている時のことだった。
「藍原」
後ろから声をかけられ、フォークをくわえたまま振り返ると。
「このみ先輩」
いつものようにアホ毛をひょこひょことさせながら、先輩が腰に手を付けてこちらを見ていた。
「調子はどうですか?」
「悪くはない・・・くらいです」
「そりゃあ良い。お前はここんとこ悪いばっかでしたからね」
「あはは・・・」
関東大会の準決勝後―――自分でも明確に分かるくらい、調子が悪くなった。
気分が乗らない。気持ちが入らない。いろんな言い方が出来ると思うけれど、短く言えばスランプに陥ったんだと思う。
サーブコントロールは悪くて安定しないし、スタミナも早く切れるようになってしまったような気がする。
全国大会を前にして、何言ってるんだと思われるかもしれないけれど・・・自分でもどうにもならないのだ。それでもなんとかしようと、もがきあがいてみたけれど、気づけばもう試合当日。
「今日の試合、いけるんですね?」
確認するようにつぶやく、先輩の言葉に。
「・・・やります」
短く、そして小さく返して、グッと顎を引く。
ここまで来たら、出来る出来ないは関係ない。要するに、自分がやるかどうかなのだ。
今日の試合、わたしと先輩はダブルス2―――チームとして、最初の試合を任された。
わたし達がだらしない試合をしてしまったら、全体の雰囲気にも水を差すことになる。チーム全体に迷惑がかかる・・・それだけは、避けなくては。
「あ、あわわ・・・、緊張してきたッス~~~! これから中に入るんですよねぇ!?」
試合直前―――
スタジアムの出入り口前で前の試合の終了を待っているところ。
万理がド緊張してしまっているのを横目に見る。
「まーまー、落ち着いて落ち着いて。長谷川ちゃんは初めての試合だから緊張するのも分かるけど」
「部長っ! 部長も初めての試合の時は緊張したんスか!?」
「私はまぁ・・・それなりに、かなぁ?」
「やっぱ超人だこの人ぉ!」
ガクガクと震える万理に。
「うるせー長谷川」
おしりキックをお見舞いする瑞稀先輩。
「アンタが騒ぐと他の人まで動揺してくるでしょ? あたし達2年も、全国大会なんて初めてなんだから!」
「それを言うなら3年生もまりか以外は初めてだけどね」
「で、でもぉ・・・」
「やること無いなら目ぇ瞑って羊でも数えてな」
「ウチ、寝たいわけじゃないんスよぉ!」
そのやり取りに、あははと自然に笑みが零れた、その時だった。
「よし、じゃあメンバーも変わったことだし、いつものアレやっとこうか」
部長の提案で。
「いいね」
「今くらいしか、やる時ないしね」
3年生の先輩たちを中心に、レギュラー10人で輪を作る。
「お、おおおぉ! とうとうウチもこの円陣の中に入れたッス! 感動ッス!!」
「よかったね、万理」
それぞれの想いを胸に、肩を組んで。
10人が中心を向き―――
「敵がどれだけ強くても関係ない。私たちが目指すのは、全国のてっぺん・・・そこだけだ!!」
まりか部長が叫ぶ。
このチームで1番になるんだと。この全国の―――『頂』を獲るのだと。
「白桜ォーーー!」
「「ファイッ!!」」
「「「おおおぉぉぉぉ~~~!!」」
大きく、声を出す。
叫ぶように強く、長く。
この叫び声が頂上まで、届くように。
(わたし達は、)
全国制覇をするために、ここに来たんだ!
―――チームとして気持ちを新たにした、その時だった
「白桜女子さん、出番です!」
大会委員のお姉さんの声が聞こえてきて。
「よし、行くよ! みんな!!」
部長の人声で、わたし達選手に緊張の空気が流れる。
「「はいっ!」」
声を合わせて、一斉に返事。
(とうとう、来たんだ)
『全国』の舞台で、試合をする日が―――その時が。
(今日まで、ここを目指して練習してきた)
どんなに辛い練習も、それを目標にすれば耐えられた。
どんなに強い相手が敵でも、それでもここに来ることを目標にすれば怖くなかった。
―――その舞台に、
『わあああぁぁ!!』
観衆の大声援が、頭を突き抜ける。
ふと上を見れば、たくさんの人たちがこちらを見ていて―――その光景はまさに、夢舞台。
―――わたし達は今、立っている
全国の選手たちが、ここに立ちたくて。
ここを夢見て、死ぬ気になって努力をし続けている場所。
たった一握りの勝者だけが、立つことを許された地。
『ただ今より、白桜女子中等部VS烏丸中学の試合を開始します』
監督と部長の指示で、試合に出場する7人が整列の為にまずはじめてにコートに立つ。
わたしもその7人の中の1人―――そして、
「礼!」
審判の、その一言で。
「「よろしくお願いします!」」
計14人の選手たちが、一斉に頭を下げる。
―――試合開始だ
◆
整列を終え、選手たちがコートから引き揚げていく。
その中で、わたしとこのみ先輩だけがベンチに戻り、試合開始までの短い時間、2人きりで作戦会議をするように、こそこそと話をしていた。
「どうですか? 緊張はしてますか?」
「・・・してないって言うと、嘘になります」
そう言って、ぐるりとわたし達を見下げるスタジアムの観衆に目を遣る。
(ほんと、すごい人)
関東大会までとは、文字通り桁が違う。
今までは金網フェンスの向こう側から見ているだけだったギャラリーが、今は観客になって360度、わたし達を包んでいる。まさにどこにも逃げ場なんてない、衆目にさらされている状態。
「ふふ」
先輩は、少しだけ笑うと。
「私もです」
と言って、わたしの左手を両手で取り、包むようにぎゅっと握りしめる。
―――そして、彼女と触れてみて、改めてわかった
「先輩、手・・・」
震えてる。
小さく、小刻みに。
隠そうとしても隠せない、その震えがこのみ先輩の精神状態を表していた。
「こっちだってド緊張ですよ、ええ。本当に私が全国の舞台に立てるなんて、ちょっと前まで夢にも思わなかった。脚だって、ちょっと気を抜いたら崩れ落ちそうなくらいです」
なんだ・・・。
「一緒なんですね」
私だけじゃない。
同じなんだ。
同じように緊張して、同じように怖いと思って、そして同じように―――勝負に臨もうとしている。
「でも、こういう時こそいつも通りに・・・ですよ」
先輩の目が、そこで少しだけ変わった。
「愛情と信頼のハグ、やっときましょう」
言って、彼女はばっと両手を広げる。
来いよ・・・まるでそう言うように。
「・・・、はい!」
だから私は、その言葉に甘えることにした。
先輩の腰に手をまわし、ぎゅっとわたしより小さな先輩を抱きしめる。
(このみ先輩・・・)
やっぱり、震えてる。
小さな先輩の身体が、もっと小さく感じられた。
それでも。
先輩はわたしを抱き返してくれる。力強く、その震えから、恐怖から立ち上がるように。
数十秒くらい、お互いの温度を確かめるように抱きしめ合った後、名残惜しいが身体を開放しあって、手を放した。
「菊池、藍原。少しいいか」
そこで、監督がタイミングを見計らったように声をかけてくる。
「全国での初戦だ。お前たちの試合はチーム全体の士気に関わってくる」
「・・・!」
「なぜ熊原と仁科ではなく、お前たちをこの1回戦の初戦に起用したのか・・・わかってるな」
監督の言わんとしていることは、この試合を任された時から分かっていた。
「チームに勢いがつくような、そんな試合をするため・・・」
自分の口から、それが自然と零れる。
監督はわたしの言葉に大きく頷いた。
「そうだ。こちらに流れを呼び込む、威勢の良い試合・・・。お前たち2人なら、その役目を果たしてくれると信じている」
「はい!!」
「いいか、遠慮はいらない。全国の舞台で暴れて来い!」
力強い言葉に背中を押され、わたし達2人は足を踏み入れる。
全国の頂―――そこを目指すための、最初の一歩目。果てしなく上へと続くその山道へと。
「おう、藍原」
―――そこで、わたし達を待ち構えるのは
「開会式ぶりじゃのう」
「御影さん―――」
開会式前、ひと悶着あった因縁の相手。
1年生にして名門烏丸のレギュラーを掴んだ、御影椿選手―――
「『女王サマ』に試合をまわすまでもない」
彼女は自信満々にその右腕の力こぶ・・・そこへ左手を添えて、ぐっと力を込める。
「全国の厳しさ、わしが教えちゃるけぇ!」




