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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第9部 全国大会編
324/385

初瀬田 vs 鴻巣 シングルス1 鏡藤 対 立花 2 "愛"

 試合は両者、一歩も譲らないまま6-6・・・タイブレークを迎えた。


 風花は『鏡』による敵の気迫をそのまま受け流すよう利用したプレースタイルと、時折見せる『乱反射』が冴え渡り、攻め一辺倒の立花さんの気勢を削ぐ、本来のテニスがここまで出来ている。

 しかし、それを押し切るような勢いとパワーでゴリ押してくる立花さんの、自らの全てをぶつけてくるようなプレーとその気迫は試合終盤も衰えを知らず、風花の『鏡』でもそれを受けきれないまさかの展開。


 このタイブレーク―――

 何か『キッカケ』がないと、立花さんのぶつけてくる"感情"に風花が耐えきれなくなってしまう・・・。


「響希ちゃん」


 タイブレーク開始前、ベンチに座る風花をパタパタと団扇で扇いでいると、彼女は何かを絞りきるような重々しい声色で話し始める。


「私、間違ってたのかな・・・」

「風花?」

「転校したのは私のわがまま。だけど、その結果で誰かを深く傷つけてしまうなんて、当時の私には分からなかった。考えもしなかったのかもしれない。私は初瀬田で響希ちゃんにも会えて、こうして全国にも来られたけど・・・。私のしたことって、私のしてきたことって・・・」


 風花の表情は曇っていた。


「私、響希ちゃんとの関係は誰にも恥じないものだって、誇れるものだってずっと思ってきた。今だってそうだよ」


 分かりやすく淀んだその表情は暗く、本当に辛そうで。


「でも、こうやって私たちの間柄を真正面から、まっすぐに否定されるのって、」


 どこか弱弱しいその言葉に―――


「こんなに辛くて怖いんだね゛・・・っ」


 まだ試合は終わっていないのに、彼女の気持ちが切れかけている。

 あたしはこの時、そう確信した。


「風花・・・」

「初瀬田のみんなは優しくて・・・温かいから、忘れちゃってたのかもしれない。立花さんが言うように、私、変わって弱くなっちゃったのかなぁ」


 ただでさえこの暑さの中、6-6(ここ)まで戦い抜いてきた。

 身体的な疲労は相当なものだろう。

 それに加えて更に、今は精神面でも不安定。

 立花さんの強く、まっすぐで、曲がらない・・・でも、風花とは全く違うその『気持ち』に。負けかけている。


 ―――あたしより付き合いの長い友達に、あたし達の間柄を否定されたんだ


 ショックは余程大きなものだったのだろう。

 風花は今、ギリギリのところで戦っている。


(このままじゃ・・・、風花が"負けちゃう")


 イヤだ。

 それは絶対にダメだ。


 あたしは部長で、風花はエース。

 チームを任されている立場にある。

 全員の思いを背負って、ここに立っているんだ。このまま風花を、タイブレークのコートに立たせちゃダメだ―――


 何より、恋人として・・・。

 今の風花の表情、あたし、見てられないよ。


 ―――こんなに辛そうな風花を、独りで戦わせていいのか?


 その想いが、あたしの中の何かに決意をさせたんだと思う。


「風花」


 あたしは、風花の肩を掴んで、ぐっと力を入れる。

 真正面から。

 彼女の顔を見た。


「風花は間違ってなんかない」


 その視線を捕まえて、引き上げるように。


「前の学校で起きたこととか、風花が転校した時に考えてたこととか・・・、あたしには全部は分からないのかもしれない」


 風花の目を見る。


「だけど、」


 ―――愛しい恋人(ひと)


「それでもあたしは、風花の味方だよ!」


 ―――綺麗な顔を


「誰がなんて言ったって。どういう言葉で風花を責めたって、あたしだけは最後まで風花の味方」


 この言葉が、風花の心の奥底に届くまで、言い続けてやる。


「だから風花も、風花のことを信じて。自分のこと、愛してあげて・・・。『間違ってた』なんて、そんな悲しいこと・・・言わないでよ」

「響希ちゃ・・・」

「やっと、こっち、向いてくれたね」


 顔を上げてあたしの方を見る風花の瞳の中に、ちゃんとあたしを見つけることが出来た。


「ありがとう」


 だから、躊躇いなくこう出来るんだよ。


「ちゅっ」


 風花を抱き寄せ、顔を近づけて。

 その唇に、あたしの唇をほんの数秒の間だけ、触れさせる。


「・・・っ」

「キス、しちゃった・・・」

「~~~~~!!」


 突然の事で驚きすぎたのか、風花は言葉が出てこない様子で。

 両手で口元を覆うように抑えて、それでも泣きそうなその目線はあたしの事をずっと捉えたままで。


「試合に勝ったら・・・、この続きも、しよう」


 半べそかいている風花に、追い打ちをかけるようなことを言っちゃったけど。


「はいっ・・・!!」


 こくん、こくん。

 何度も頷く彼女が、今は本当に愛おしくて。


「えへへ・・・」


 少しだけ、にやけてしまったのも・・・しょうがない、よね。





「鏡藤さん、2人でこそこそ何やってたんですか・・・?」


 コートに戻ると、開口一番、ネット際に居る立花さんにそんな事を聞かれた。


 ―――私は、


「秘密♪」


 今、出来る限りありったけの力を使って、笑う。

 まだ試合は続いているのに。勝ったわけじゃ無いのに。こんな風に笑ったら、いけないだろうか。

 でも、しょうがない、よね。

 だって私、今、こんなに幸せなんだもん。

 嬉しくて、楽しくて、仕方ないんだもん。世界がこんなに、輝いて見えるんだもん。


「・・・そう、ですか」


 立花さんはそう言うと、くるりと反転し。

 手元を震わせて。


「さようなら、私の初恋ッ・・・」


 小さく、漏らす。

 その言葉を、私は聞き逃さなかった。

 これは私が引き受けなきゃ・・・背負わなきゃいけない言葉だ。


「私は貴女をここで終わらせることで、自分の気持ちも一緒に終わらせます・・・!!」

「うん。かかっておいで。私はもう、逃げも隠れもしないわ」


 包み隠さない、私の本当の気持ち。

 今思う、私の本音。

 すべて。


「バカッ・・・!」


 最後にチラッと聞こえた、その言葉が。

 きっと、立花さんの―――彼女の"包み隠さない本音"なんだろうと、なんとなくだけど理解できた。


0-0(ラブオール)


 勝ってみせる。

 私の全てを賭して、この試合に勝つ。その腹が決まった。


 立花さんの全力のサーブを受け止め、返す。

 『鏡』を使用するために、踊るようにステップを踏む。

 私は、響希ちゃんの為に―――貴女には負けない。


 立花さんのパワーショットを『鏡』で返せたときには、自分で自分が乗っている事に気がついた。

 だが、彼女のショットにも次第に力が増していく・・・ここまで全力の試合をやってきたのに、彼女の力には衰えを感じなかった。


(ジリジリ、ジリジリ・・・!)


 削られていく。

 そして多分、私の『鏡』も、立花さんに残された最後の力を削っていく。


 勝負だ。

 どっちが先に尽きるか―――その勝負。

 それまでは、全力で相手に向かう。


「くっ!」


 返し損ない、ボールが浮く。

 その甘いショットを立花さんは逃さない。


「いけえ!!」


 ネットに近い場所に力あるショットをたたき込まれて、ボールは大きく弾み、後ろに抜けていく。


「4-3、立花」


 全身から吹き出す汗。

 もうこれ以上は走れないと震え出す膝。

 疲れて何も考えられない・・・思考がストップしかける。


「こんなものですか、鏡藤さん」


 立花さんが、私の方を見て呟く。


「私の想いを踏みにじった貴女の想いが、こんなものだなんて・・・認めませんよ」


 苦々しく、眉をひそめて。

 私の方をくしゃっと歪んだ表情で、見ながら。


 ―――だから、私は


「ふふ」


 笑おう。


「いいえ、まだまだよ」


 この土壇場だからこそ―――もう一度、響希ちゃんの事を思い出してみる。

 しちゃったんだ・・・私たち。

 さっきの光景が脳裏によみがえって。


 自然と、笑えてくる。


(いこう、響希ちゃん)


 私達は、負けない。

 私と貴女の想いは、誰にも屈したりしない。


 きっと一緒に、どこまでもいける。


貴女と(ふたり)だから!!)


 立花さんの長い距離へのボールを、全力で追いかけ。

 ボールを視る。視線で捉える。狙いを定める。


 まるで一瞬、全てが静止したかのような感覚に包まれた。

 観衆の声は止み、何も聞こえない。ボールが空中で、ピタリと止まっているように見えた。


(この感覚―――)


 間違いない。

 ここで勝負が決まる。

 私は本能的に、そう感じ取った。


 決めるなら―――(ここ)


「ッ!!」


 ラケットでボールを切るように捉える。

 (ガット)に衝突したボールは、力の全てを吸い取られたかのようにふわりと浮かんでいった。

 コート内に吹き流れた一陣の風だけが、そのボールの行方を決める。

 ゆっくりと、そして力なく・・・。


 ―――打球は、ネット際にぽとりと落ちた


「乱反射」


 私が、そう呟いた瞬間。


「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ鏡藤風花! 7-6!!」


 審判のコールと共に、試合は終わりを告げ―――試合の行方を固唾をのんで見守っていた大観衆が声を上げて、黄色い声援と悲鳴のような声が入り乱れる。


 全てが終わった。

 全てを出し尽くした。


 気づくと私は、その場に倒れるように膝から崩れ落ちていた。


「風花っ!」


 一目散にベンチを駆け出してくれたのは勿論、響希ちゃん。


「大丈夫!?」

「ごめんなさい、大丈夫じゃないかも・・・動けない」

「肩、貸すよ!」


 左腕を持ち上げて手を回し、肩で身体を担いでくれる彼女の献身的な姿を見ていると、ホッとすると同時に。


「ふふ・・・」


 安心とはまた違う種類の笑みが、溢れてきて仕方が無かった。


「ありがとう、響希ちゃん」

「当たり前だよ。あたしの風花だもん」


 密着する身体と身体。

 この大観衆の中で、私たちにしか聞こえない距離。


「風花なら誰にも負けないって、勝てるって信じてた」

「ふふ。これからも、ずっと私のそばで、こうやって私を支えてね」

「わかってる」

「約束だよ?」

「うん」


 何度も大きく頷く響希ちゃんのその頬を、一筋の雫が流れ落ちていく。


「風花、愛してる―――」


 小さく囁く彼女のその泣き顔は、他の何にも代えがたく、愛らしかった。

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