全国の強敵たち!
―――全国大会、大会初日
―――第1試合
初日の初戦にもかかわらず、全国大会のスタジアム観客席は満員の観衆で埋まっていた。
理由は至って簡単だ。
"彼女たち"の試合を見たい―――シンプルな、それだけの理由。
「さぁ、見せてくれよ"王者"の戦いを」
観客席より手前、マスメディア関係者のみが陣取れるその場所で、私はカメラを構えていた。
そのファインダー越しに見る景色は―――
『ただいまより、第1試合、赤桐中学VS常翔中学の試合を行います』
場内に響き渡るアナウンス。
絶対女王・赤桐・・・。スタジアムに駆けつけた観衆が見たいのは、彼女たちのテニス。
「全国でもトップと言って良い実力、そして選手層を兼ね備えたその戦力に、死角はあるのか・・・楽しみね」
いつものように、隣には上司の彼女の姿が。
商売道具であるメモ帳代わりのスマホを片手に、目を輝かせている。
「対するは、」
ふと、視線を赤桐とネットを挟んで向こう側のコートで整列する学校へと向ける。
常翔。
激戦の関東ブロックを勝ち上がってきた、強豪校。
チームの勢いと選手達の士気の高さが売りの学校だ。全国でも最もレベルの高い関東を勝ち上がってきた学校―――決して弱いチームではない・・・が。
「行くよみんな!」
「「ハァーーー! 常翔!!」」
整列の後、ベンチ前で選手達が円陣を組む常翔、その姿を見て。
「・・・元気良いですねー」
思わず感心してしまう。
あのテンションの高さというか、ノリの良さみたいなものは見習いたいところがある。
チームが一丸となって勝ち上がってきた学校。
抽選会の時を思い出す。初戦の相手が赤桐に決まった時も、彼女たちは意気消沈することなく元気だった。
「さぁ、その勢いでどこまで赤桐に食らいついていけるか」
見せてもらおうじゃないか、君たちの戦いぶりを―――
しかし。
観客は見せつけられることになる。
「ゲームアンドマッチ、ウォンバイ新田・工藤ペア。6-0!」
今年の赤桐中学の実力を。
仮にも全国の大舞台で、そして開会式後の初戦ということをものともしない、彼女たちのテニスを。
「うわー、赤桐やば・・・」
「ダブルスの2試合、あっという間に終わっちゃった」
結果だけではない。
内容も完璧な、完勝。
ダブルス2、1の2試合を通して常翔にほとんど得点を与えない圧倒的な試合。
「出てきましたね」
そして、迎えるは―――シングルス3。
「赤桐の怪物1年生、真田飛鳥」
大会前から近畿にとんでもない選手が現れたと全国的にも話題になった、スーパールーキー。
普段は顔の1/3くらいを覆い尽くしている眼帯を、試合の時だけは外している。
改めてみるとその面持ちは精悍。鋭い視線で相手選手を睨みつける姿は威圧感たっぷりで、まさか1年生とは思えないほど。
「私も生で見るのは初めて・・・。さて、どんな選手なのかな」
データは頭に入っているけれど、実際見てみないことには分からない。
さぁ、試合開始だ。
サーブ権は常翔から。
常翔の選手のサーブをレシーブし、その打球が再び戻ってくると―――早速、真田選手が仕掛ける。
「ッ!!」
彼女の放った打球が、高い軌道で飛んでいく。
普通なら確実にアウト・・・誰もがそう思うような、そんな角度で上がっていった打球が。
ぎゅかっ!
まるで意思を持ったかのように、弧を描いて鋭くベースライン際に落ちる。
常翔側は、それをただ呆然と見送ることしか出来なかった。
「「「おおー!」」」
「きたー」
「やっぱ、えげつない!!」
この試合を見守る大観衆からも、思わず感嘆の声が漏れる。
「出たわね・・・! あれが噂に名高き伝家の宝刀・『エッグボール』」
「本人はナインドライブと呼んでいるそうですが」
エッグボール。
卵を半分に切った断面のように、斜め上に伸びたところからベースライン上で急激に沈む・・・そんな軌道を描くことから名付けられたショット。
恐らく自身で呼んでいる"ナインドライブ"も、「9」の字の線とエッグボールの軌道が似ているところから名前を付けたのだろう。
「あれは初見じゃ攻略が難しいですよね・・・。完全にアウトになる軌道から、ぐんと打球が落ちてくるんですから」
「実際コートの中で見ていたら、上に向いていた視界を一気に下に下げらる気分・・・タイミングを乱されて"手が出ない"のも納得のショットね」
なんて話をしていたら、またしてもナインドライブが相手コート、しかもライン上に落ちる。
「ゲーム、真田。1-0」
あっという間に敵のサービスゲームをブレイク・・・そして彼女は、顔色を一切変えることなく、少し無愛想にも見える表情を携えて、ベンチへと戻っていく。
(赤桐・・・全国を制した春から、新1年生を迎えて確実に戦力アップしてきている)
ダブルス2の竹宮選手、そしてシングルス3の真田選手。
全国王者のレギュラーに2人も1年生が居るのは、他チームからしたら脅威だろう。
(秋からの連覇を狙った五十鈴ちゃんの前に立ちはだかった"最後の壁"・・・)
最強の女帝。
どうやら彼女たちがこの全国大会の中心となり大会をまわしていくのは、確実のようだった。
◆
大会も1日目が過ぎ、2日目が終わろうとしていた。
私も連日取材で大忙し。今大会は注目選手が揃い、1試合1試合の密度がとてつもなく高い。
そう―――
「すごい・・・」
会場内がざわつき始める。
1人の選手に視線を釘付けにされる、満員のスタジアム。
「向かい風まったく関係なし、あれだけ強い打球を敵コートにたたき込んでいる」
「自力の強さが半端ないんだよ!」
強力な向かい風が吹き荒れる中、まさに"どこ吹く風"とお構いなしのテニスを見せつける少女。
「なぁに? もう終わり?」
彼女はコートの中でにんまりと笑って、口元を隠すように手をかざす。
「全国って言うからどんなにすごい選手が集まってるのかと思ってたけど、大したことないねー」
―――黒永学院、黒中麻衣
関東大会でその名を全国まで轟かせた彼女の初戦の相手は、3年生。
ダブルスで2勝していた黒永は、シングルス3を彼女で確実に取り、2回戦進出を決めた。
「もっと手応えのある子を用意してくれなきゃ、つまんないよ」
その実力は全国レベルであることを、まざまざと見せつける形になった。
―――2日目、第3試合
「また決まった、サービスエースだ!」
「速っ! なにあの高速サーブ!?」
えげつない速度のスピードサーブが敵コートで跳ね、相手選手は手出しも出来ない。
今大会最速のサーブを放つ、プロテニスプレイヤーを両親に持つサラブレッド。
「・・・ふむ。この程度ですか」
黄瀬中学、相羽和歌。
「勝ったよ真帆~!」
「よっしゃ、じゃああたしが決めてくるね、夏帆!」
妹、夏帆がシングルス3。
姉、真帆がシングルス2。
2人でチームのシングルスの屋台骨を支える、燕山中学・森岡姉妹。
「すごい、力で押し切った!」
「あのちっちゃい身体のどこにあんな馬力が詰まってるの!?」
小さな身体にパワーは百万力。
まさに『小さな巨人』と言うべきプレイヤー。
「沖縄、八重山第一の古波蔵誠!」
全国大会で頭角を現し始めた、『次世代』の原石たち―――
この全国で名を上げようと、1つでも上へいこうと全力を尽くす彼女たち。
2日目が終わったばかりだが、彼女たちの存在が今大会をより一層盛り上げていた。
そして大会は、3日目を迎える―――
1回戦屈指の好カードと予想される、"あの学校"と"あの学校"のぶつかり合いが行われる、その日を。
◆
―――時間は遡り、開会式当日
「鏡藤さん?」
たくさんの人だかりの中から、その声がやたら頭の中に響いてきて、思わず振り返る。
「鏡藤さん・・・だよね・・・?」
その声は弱々しく、何かを確認するかのように私の方に向けられていた。
私には、その声の主に覚えがあった。
忘れられない、忘れられるはずが無い。
―――私が鴻巣を転校する前、最も注視して聞いていたのが、その声だったから
「立花さん・・・」
表情を変えず、私も彼女を確認するようにそちらに目を向ける。
「やっぱり、鏡藤さんだぁ」
ホッとしたように息を吐く彼女。
そこに居たのは、立花晶だった。かつて鴻巣学園で、一緒にテニスをしていた子―――
転校前、私と彼女は比べられる立場にあった。
将来の部長候補・・・私と彼女とで勢力を二分して、テニス部は分裂していたといってもいい。
だが、それは周りが言っていたこと。
彼女自身とは対立していたという事は無いし、お互いに仲が悪いわけでもなかった。
それだけに―――
「ねぇ、鏡藤さん」
言葉に出来ないものがある。
「どうして、転校して行っちゃったの―――」
彼女との時間は、『あの時』で止まったまま。
何も話していない。
何も・・・1つたりとも、一切の説明すらなく、"今日に至ってしまった"からだ。




