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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
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"必殺技"

 その日、朝のランニングをしようと寮から出ると。


「先輩はいつもこの時間に?」

「ええ。もう日課のようなものだから。それに―――」


 もう5月も半ば過ぎ。すっかり昇った朝陽が、2人を眩しく照らしていた。


「先輩! 文香!」


 わたしは大声で2人を呼び、挨拶。


「いつも、藍原さんが一緒なの」

「有紀」


 2人はわたしの方を振り返りながら言う。


(・・・なんか、仲良さそうだな)


 不意に考えてしまう。

 そりゃそうか。いつも1軍の練習で一緒に居ることが多いだろうし。


 そんな事を思った瞬間。

 じぇらっ、と。何かの炎が燃え上がった。


(え・・・)


 不思議な感覚。

 どちらに対してこれを思ったのかが分からない。わたしは、一体、誰に何を―――


「水鳥さんはしばらく貴女や菊池先輩と同じ扱いになるわ」

「えっ?」


 考えていた途中で、先輩の言葉に思考が遮られる。


「・・・」


 そして文香は、どこか遠くの方を見つめて眉を吊り上げていた。

 えーっと。


「話が見えないんですが・・・」


 全く分からない。

 わたしは頬を人差し指でかきながら、状況を問う。


「監督の判断で、1軍を降格になったの」

「え、えええ?」


 文香が?

 万理の話だと練習試合も負けなしだって・・・。


「私、先に行きます」


 当の文香は勝手に走って行っちゃったし!


「どういう事ですか、先輩?」

「詳しくは聞かないであげて欲しいの。・・・1番悔しいのは、きっと彼女本人だから」

「あっ」


 ―――このみ先輩の時と同じだ。


 落ち込んでいる人や、それを乗り越えようとしている人に対して無神経に騒ぎ立ててしまう。

 それは積極的とか言う事じゃない、ただの空気が読めない人間。

 わたしは1回、その愚を犯している。

 だから。


「・・・分かりました。それなら、何も聞きません」


 今は、文香が答えを見つけるまで待っていてあげよう。


「ありがとう。貴女、成長したわね」


 小首を傾けながら、先輩は"天使の笑顔"でわたしに語り掛けた。


「―――!」


 やばい。

 今の顔は反則レベルだ。

 思わず顔が熱くなったのを感じた。


(先輩が、褒めてくれた)


 嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい。

 わたしは気づくとその場から全速力ダッシュで駆け出していた。


(ああああああああ~! ああぁ!!)


 とにかく身体を動かさないと、どうにかなってしまいそうだったから。





「ふう」


 練習が一区切りしたところで。


「少し休憩にしましょうか」


 このみ先輩の合図で、休みを摂ることにした。


「ぷはー! 練習の合間のカポリは最高ですね!」


 いつごろからか、先輩がスポーツ飲料を持ってきてくれて、それを分けて飲むというのが日課になっていた。


『実家から次々に送られてくるんですよ。私1人じゃ到底飲みきれないんで捌けるの手伝ってください』


 最初、先輩はそんな事を言ってたっけなあ。


 2人だけの練習場。2人だけの練習。

 思えばわたしは入部してすぐに1軍からも2軍からも隔離されて、しばらく1人で練習した後はこの人と2人きりのプライベートレッスンしか経験していない。


 今のわたしにとって、テニス部の練習はイコール、このみ先輩との練習になっていた。


「・・・藍原」

「はい」

「お前は飲みこみが早い、驚くほどに」


 先輩が真剣な表情で言うものだから。


「スポーツドリンクですか?」


 と、至極真剣に切り返す。

 瞬間、先輩ががくっと体勢を崩した。


「お前バカか!? 今の超真剣ムードでよくぶっこめましたねぇ!?」

「ち、違います違いますっ。ボケてません~~~」


 胸ぐらを掴んで怒る先輩を、なんとか宥める。


 先輩はこほん、と咳払いをして。


「正直、1ヵ月足らずでここまでフォームが固まるとは思わなかったですよ。あんな変則的なフォームをこの短時間で習得できたのは、お前がそれだけ努力した証だと思います」

「そんな、フォームを固めるなんて、出来て当然のことじゃないですか」

「それが出来ない人間にとっては何より難しいことなんですよ」


 先輩はフッと苦笑しながら。


「普通では相当難しいことを、お前はやってのけた。それは誰よりも1番練習を共にしてきた私が保障します」


 そう言って、こちらに向き直り。

 両手でわたしの両肩を掴む。


「藍原、自信を持て。お前ならこのチームのエースになれる」


 ―――え


 今・・・先輩。

 わたしが、このチームのエースになれるって。


 それはわたしが何度も言ってきたこと。だけど。

 今まで、誰1人としてそれを肯定してくれる人は居なかった。

 みんながみんな、笑い飛ばしていた絵空事。


 それを、初めて―――


「・・・先輩」


 わたしは、先輩がしてくれたように。

 彼女の瞳の中を見ながら。


「一緒になりましょう。わたし達が目指すのは、最強のダブルスペアです!」


 先輩の驚いた顔が印象的だった。


「ダブルスでエースになって、そんで全国制覇! 頑張りましょうね!!」


 わたしは両手の拳をぐっと胸の前で握りしめてガッツポーズをした。


 1人じゃない。

 わたしはこの人と、エースになる。

 それが今の最終目標、そして最高目標だ。


「バカが、お前はホントにバカですよ」

「よく言われます!」


 主にルームメイトに。クラスメイトに。あとリボンつけた先輩とかに。


 このみ先輩はしゅっと、右手人差し指で目元を擦ると。

 その場から立ち上がった。


「最後の特訓メニューに入りますよ」


 こちらを見る先輩の顔に、もう迷いは一擲として残されていなかった。

 やるべきことを見つけ、それに迷わず取り組める。

 わたしは最高のペアに出会えたと思う。


「はい!」


 大声で答え、ラケットを持ってベンチから立ち上がった。


「前に、お前には1つだけ覚えてもらいたい事があると言いましたよね」

「あ、はい。必殺技じゃないですよね?」


 以前、鼻で笑われたことをもう1度言う。


「ある意味、必殺技に近い感覚かもしれませんね」

「えっ」


 思わぬ答えに、虚を突かれる。


「変則フォームから繰り出す揺れるショットが武器のパワープレイヤー。だけど、ボールが揺れるあまりコントロールがつかず、ラインを越えてアウトになってしまう事が多々見受けられる。そのコントロールのムラこそが藍原有紀最大の弱点です」


 先輩の説明に、わたしは頷く。

 細かいコントロールが出来ず、スウィートスポットでボールを捉えると力加減が利かなくなってインに入らない。何度も何度もぶつかった壁だ。


 先輩は一拍を置いて。


「ドライブボール」


 言いながら、人差し指をピンと立てた。


「これがお前の弱点を改善する、最高の"必殺技"になるはずです」

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