新たな地平 / 『全国王者』
「部員全員が入れる大きな食堂ロビー!」
ばん。
「足をうんと伸ばせる大浴場!!」
ばばん。
「2人1部屋の綺麗な個室~~~!!!」
ばばばーん。
「かーっ、白桜の選手寮と何も変わらねー」
うわーん、と両手に顔を埋めて泣く演技をする万理。
「長谷川ー、うるせーぞ!」
「だって河内先輩、全国大会の宿泊ホテルですよ!? 選ばれし者だけが泊まれる館! もっとこう・・・ねえ!?」
「設備の充実した寮で毎日生活出来てることを噛み締めな」
「どうせならセレブが宿泊するような超一流ホテルに泊まりたかったッス・・・」
お前はそこで一体何をするつもりなんだ、と突っ込みが入る。
そう。
わたし達がここに来たのは、あくまで全国大会に出場するため。
(同じ東京だし、そんなに移動してないから感慨も薄いけど・・・)
こうやって毎日生活する拠点が変わることで、"特別感"は出た。
「まさか、宿泊先でも同じ部屋割だなんて。変わり映えしないわね」
文香はそう小言を言いながら部屋に荷物を置いていたけれど。
「・・・わたしは、文香が良いな」
そこの意見は、ちょっと違うね。
「気兼ねなく寝られるし」
「有紀は誰が同じ部屋でも眠れるでしょ」
「そんなことないよー」
ふと、ベッドに座って息を吐く。
いつもは二段ベッドの上と下の文香とわたしが、今日からはシングルベッド2つ、それぞれ違うところで寝るんだ。それが何かちょっと、不思議で。
そのとき。
こんこん、と、何かを叩く音が聞こえた。
「藍原、居ますか?」
部屋の出入り口あたりに居たのは、もう既に開いている扉の前で腕を組んでいるこのみ先輩。
「なんですか。先輩」
「移動してきたばかりで大変でしょうけど、夕飯前に少し動いておきましょう。素振り、できますか? ホテルの駐車場の脇によさげなスペースがあるんですよ」
「あ、はい」
ぴょんとベッドから降り、先輩の下へ駆けていく。
「走り込みじゃないんですか?」
「走ってもいいんですけど、ホテルの周りの地理がよく分かりませんし・・・。走って良い場所なのかも確認しなきゃいけないので、今日は素振りで」
「分かりました」
うん・・・。
少しでも練習できるうちに、練習はしときたいし。
(部長と咲来先輩、今頃は―――)
目まぐるしく日程は進んでいく。
今日はもう、1回戦の抽選会が執り行われている頃だ。
部を代表して部長と咲来先輩、2人が会場に行っているはず。
(始まるんだ)
明後日には開会式、そしてその直後から1回戦が始まる。
わたし達は一体、いつが1回戦なのか。
それが今日、決まるのだ―――
◆
寮から宿泊先のホテルへの移動と同時に、小椋コーチと久我、山雲は1回戦の抽選会場へと向かった。
私は部員達とそのままホテルへ行き、先方への挨拶と部員達のホテル入りがつつがなく完了するよう、指導をしていたのだが・・・。
(ダメだな)
どうしても、抽選会場の方が気になってしまう。
ことあるごとに携帯の画面を確認するほどには、身が入らない状態になってしまっていた。
これほどまでに気になるか。
どこと当たっても関係ない、自分たちは自分たちに出来ることを。
部員達にはそう言ってはいるが、監督という立場からしてみれば次の対戦相手のことがどうしても頭の大部分を支配していて、離れない。
もう日も傾き駆け、夕陽に変わろうとしていたそのとき。
スマホのアラームが鳴る。
焦らないように気をつけ、極めていつも通りに装って、その着信に出る。
「・・・もしもし」
『監督ですか? 山雲です。1回戦の相手が決まりました』
「どこになった?」
逸る気持ちを抑え、声のトーンを低くして聞く。
彼女から出てきた答えは―――
『烏丸です。初戦の相手は広島・烏丸中学』
「"八極"、紅坂妙の烏丸か」
『はい・・・』
それを聞いた後だからか、彼女の声に元気が無いことが伝わってくる。
「久我のやつ、またとんでもないところを引いてきて」
『すみません・・・』
「お前の謝ることじゃないさ。気をつけて帰ってこい。コーチにもよろしくと伝えておいてくれ」
『はい』
最後、電話を切ろうとしたその間際。
『監督』
彼女から、
『勝ちましょう』
そんな言葉が飛んできたのを。
「ああ。もちろんだ!」
私は全力で打ち返し、山雲の胸に突き立てた。
対戦相手は広島・・・そして中国四国ブロックの王者・烏丸中学。
相手にとって不足は無い。
―――もともと、"そのつもり"だったのだ
当初の目標・意思は何も変わらない。
相手がどこだろうと―――
その思いに振り切れる分、全国という場所のレベルを直に体感できる分。
この方が良かったのかも・・・と。今はそうとさえ思える。
◆
―――翌日、
―――都内某所
「東京の名門白桜女子中等部。関東大会こそいまいち調子が乗らなかったものの、ハマった時の爆発力は脅威。それであの黒永を一度負かしています。怖いチームですね」
地方予選の試合映像を、ホテルにある備え付けのテレビでチェックしている最中のことだった。
「経験不足からか、チームの調子の波にムラがある。エンジンがかかる前に叩いておきたいチーム」
監督が興味を示したチームは、これが初めてだ。
赤桐中学テニス部監督―――幸村瞳子。
若干30代で全国最強とも言われるチームを率いる女性。
別名『赤鬼の幸村』の異名と共に他校から恐れられる名将だ。
その監督の言葉を・・・聞き流す様に、テレビとは別方向を見ている女の子が居た。
私の目の前に座る彼女は、つまらなさそうに明後日の方向に目を遣っては、ため息にもならないため息を漏らす様に、顔を俯ける。
まるで、目の前で起きているすべてのことに、興味がないように―――
彼女の左目を覆う眼帯が、どこかその憂いた表情の上半分の更に半分を隠している。
そのことも、あの子の表情から感情を読み取ることを少しだけ難しくしていた。
「飛鳥、もうちょっと他校のことに興味もとうよ・・・」
彼女の名前は飛鳥。真田飛鳥。
私たちがこそこそとそんなやり取りをしていた、そのとき。
「愛美。食事前にレギュラー全員でミーティングを開く。準備は任せたぞ」
監督から部長に直接指令が下る。
そして、
「飛鳥」
それに呼応するように、飛鳥へ―――
「明日の試合、お前をシングルス3で使う。ダブルス2からウォーミングアップして、いつでも試合に出られるようにしとけ」
飛鳥はそれを聞いても何も反応しない。
珍しい事では無い。
監督の言うことを決して無視しているわけではないが、彼女から返事が来ないことなど、そう取り立てて目くじらを立てる事項でもないのだ。
―――私たちは、赤桐中学
「開会式後の大事な初戦・・・、"全力を挙げて"獲るぞ」
全国で『最強』の名前を冠される、全国大会の優勝候補。
「亜弥!」
「は、はいっ」
自分の名前が呼ばれて、ビクンと背筋が伸びた。
「命は?」
「部屋で寝てるんじゃないかと・・・」
「寝かしてる場合か。素振りの一つでもさせておけ」
「わかりました」
近畿大会からようやくレギュラーになれたけど、楽じゃないな。
部屋で寝ている彼女を起こすために階段を上がり、部屋の前でコンコンとノック。
「命せんぱーい」
大きな声で問いかけてみるものの・・・。
「反応なし・・・と」
どうしようっかな。
ふと考えたが、結論は一つしかない。
こういう時、あの人が自分から起きてきた試しがない。だから監督も、私に起こしてくるように言ったのだ。
「失礼しまーす」
部屋の中に直撃。
そして、ベッドの布団をめくりあげる。
「きゃっ」
かわいらしい声と共に、露わとなる姿。
「まぶしーい・・・」
先輩は光を遮るように右手を目の前にかざし、私の視線から逃げようともぞもぞ動く。
「先輩、起きてください!」
「なぁにぃ? あいみん先輩?」
「違います! 亜弥です!!」
「なんだー、亜弥かー。もうひと眠り・・・」
「ダメです!」
目の前で半分寝ている、ロングの金髪が眩しい女の子・・・、この人こそ。
『西日本最高のプレイヤー』と名高い、赤桐中学エース・榎並命先輩だ。2年生。
「監督に呼ばれてるんですよ! ご飯の前に身体動かしとけって」
「もう~、何よ~? 十分な睡眠は体力回復に必要なことでしょ~?」
「寝すぎです! 午後練終わってからずっと寝てるじゃないですか!」
「しょうがないわねー」
うんと伸びをした先輩は、キリっとその眉を吊り上げ。
「亜弥、練習付き合ってくれるかしら?」
「それは勿論」
「正直、試合映像とか見てても暇なのよね。生のプレーを見ないと興奮しないわ」
「ははは・・・」
ほんと、この人のモノの見方というものは他人からしてみると非常に難しいし、理解できるものでもないのだろう。
「ま、少し動いておこうかしら」
なんにせよ、やる気になってくれてよかった。
飛鳥とか命先輩とか、全然私たちじゃ制御不能な選手を監督は動かしてみせるんだから、すごいよね。
「全国の舞台に来て、少しだけ匂いが変わったのよね」
「匂い?」
「おもしろい娘たちの匂いだわ!!」
ほら、もう全然分かんない。




