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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
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託すもの 後編

 ―――これはレギュラー発表から数日前のこと


 他の3年生としていた会話を切り上げ、自室に帰ろうとしていた時。

 たまたま食堂の前を通りかかると、そこに灯かりがついていたことに目がいく。


(誰かいるのか・・・?)


 そう思い、入口からひょいと顔を出してみる。


(・・・!!)


 そこに居たのは―――


(長谷川・・・)


 一心不乱に備え付けのテレビで試合映像を見ている、長谷川万理の姿だった。


「アンタ・・・」


 私が思わず、声を漏らすと。


「あ、野木先輩」


 視線は映像に向けたまま、言葉だけが返ってくる。


「それ、この間の黒永と青稜の試合の」

「はいッス。どちらとも全国で当たる可能性のあるチーム・・・。少しでも多く、情報を頭に入れておきたくて」


 長谷川は映像を止め、何かを確認するようにつぶやくと。

 もう一度映像を再生させ、今度は少し早送りさせる。


「黒中麻衣選手・・・、とんでもない化け物ッスね。これが同級生だと思うとゾッとするッス」


 その勉強熱心さというか、テニスに対する貪欲さは、私からしても感服するものだった。


(この子は・・・)


 すべてのチームのデータを頭の中に入れるつもりなのだろうか。

 もし、そんな事ができたとしたら―――


(うん)


 自分の中で、何か納得がいくところがあった。

 彼女は・・・長谷川は。


「長谷川、アンタさ」


 これを言葉にしてもいいのか・・・という戸惑いこそあるが。


「アンタになら、レギュラー獲られても・・・いいかなって、今、ちょっと思っちゃった」


 気づいたら、私はそう彼女に告げていた。


「野木先輩・・・?」

「あたし、要領悪くてさ・・・。結局、レギュラーで居られたのは短い間だけだった。ここ1年くらいは登録メンバーには選ばれても、試合には出ないみたいなことが多くて」


 勿論、譲る気はない。

 だけど、気持ちの問題として。


「だから、アンタみたいな、これからが楽しみな後輩に"道を託せるんなら"・・・それはもしかして、幸せなことなんじゃないかって・・・そう思うんだ」

「先輩・・・」


 あれ、なんだろう。

 ちょっと・・・目頭が熱い。

 ずずっと鼻をすすって。


「ごめん、邪魔したね」


 ひらひらと手を振り、その場から立ち去ろうとする。

 その時―――


「野木先輩!」


 後ろから、呼び止められる。


「ウチ、負けませんよ」

「・・・」

「だから、先輩も最後まで頑張りましょうよ!」

「・・・。ああ」


 その言葉が―――嬉しくて。

 後輩にこんなに想われてるんだって、そう実感できたことが、何より・・・。


 流れ出てくる雫を必死に両手で拭い・・・、誰も居ない、暗くなった廊下を1人で歩いて行った。





「呼ばれた者は大きく返事をするように」


 ―――とうとう、この瞬間が訪れた。

 全国大会へのメンバー発表―――泣いても笑っても、これが最後の登録メンバーになる。

 監督は手元の資料に目を落とし、そしてすっと息を吸い込んでから。


 『彼女たち』の名前を、呼び始めた。


「久我まりか!」

「はい!!」


 まず、最初に部長の名前が呼ばれる。

 大きな声で堂々と返事をする彼女の声には、覚悟の二文字が滲んでいた。


「山雲咲来」

「河内瑞稀」

「「はいっ」」


 白桜のダブルスを支える2人の名前が、続いて呼ばれた。

 ここも順当、当然といったところだろう。相変わらず、2人の声がぴったり揃っていたのはさすがだ。


「新倉燐」

「・・・はい!」


 そして、燐先輩。

 関東大会で大きく調子を崩してスランプに陥ったが、それでも監督からの信頼は変わらないようだった。


「水鳥文香」

「はい!」


 ここで文香の名前が呼ばれる。

 この順番で呼ばれたことが、彼女に対する信頼の証なのだろう。


(文香―――)


 わたしの居たかった場所に居る、彼女。

 わたしもいつか・・・いつの日か必ず、そこに行きたい。監督に信頼されて、そこを任されるようになりたい。


 だって・・・!!


 その、瞬間―――


「菊池このみ」

「藍原有紀」


 わたし達の名前が呼ばれる。


「はい!!」


 だから、わたしは出来る限りの大きな声で。


「はい」


 このみ先輩はそこから一拍置いて、落ち着いた様子で返事をする。


 ―――呼ばれた。

 名前が、呼ばれた。改めてそのことを噛み締める。

 少しだけ、不安もあった。迷いもあった。


 だけど・・・監督は、わたしをレギュラーに選んでくれた。


(報いたい)


 いっぱい悩んで、考えた結果に出した答え。


(この想いに、応えたい)


 選ばれた以上、半端なプレーはできない。

 今わたしにできること・・・"迷い"は、自分の中では振り切ったつもりだ。


 チームの勝利に貢献することで―――勝つことで。

 わたしはわたしの役割を、全うしたい・・・!!


 そう、強く、想う。


「熊原智景」

「仁科杏」


 その名前が呼ばれた時、少しだけ場の空気が引き締まった気がする。


「はい」

「ここに」


 先輩たちの返事にも万感の思いが乗っていたような。


 そして、そんな空気を切り裂くように。


「長谷川万理!」


 最後に、彼女の名前が・・・呼ばれた―――


「はいッス!!」


 少しくい気味に、監督の言葉に被さるように万理の声が聞こえた。

 呼ばれた瞬間、嬉しくて嬉しくて仕方がないのが、こっちまで伝わってくるように。

 彼女の表情はいま、見られないけれど。


(きっと、すごく充実した表情をしてるんだろうな・・・!)


 って、容易に想像することができた。

 万理―――おめでとう。


「以上10人で、全国大会を戦い抜く! 呼ばれた者はこれからミーティングを行うのでここに残るように。それ以外は解散とする」


 監督の言葉と共に緊張から解放されたわたしは、


「万理・・・!!」


 すぐに彼女の元に駆け寄って。


「・・・っ!」


 万理の手を―――ぎゅっと握る。


 まるで、自分のことのように嬉しい。

 彼女が努力してきたのを、レギュラーに入るために頑張ってきたのを、ずっと知っていたから。


「・・・姉御」


 手を取るわたくしに、万理が囁く。


「ようやく、追いついたッスよ」


 それは、宣言。


「これからは一緒に歩いていけますね!」


 立場は並んだ。

 もう、背中を見て追いつきたいとあがくだけじゃない。


 一緒に―――


「うん・・・」


 わたしも、そうやっていけたらって思う。

 チームメイトとしても、1人の友達としても。


「アンタ、やるじゃん」

「ッス! レギュラーとして色々学ばせていただきますッス! ついでに先輩のデータもとらせていただきますッス!」

「こんな時もいつも通りなのね・・・」


 一緒に居る時間が長かったからか、河内先輩とは仲良さげに話せてるみたい。


 その後、ミーティングが行われた。

 内容はこれからの起用方針やざっくりとした全国出場チームに対して。

 特に、対戦相手に対しては。


「全国大会は1試合ずつ、準決勝まで、前の試合直後にクジを引いていってその場で対戦相手と試合の順番を決める方式だ。よって1回の抽選で『死のブロック』のような、不利な配置になる心配はない」


 それって・・・。


「逆に言えば、ずっと強い相手と当たり続けることもあるってことですよね?」


 思わずこぼした言葉に、その場の空気がピシャっと締まる。


「それ言う? 藍原ぁ~?」

「え゛!? ダメでしたか・・・!?」

「そうだな。久我のクジ運ならそれもあるかもしれない」

「監督まで!?」


 ふふふ、と少し和んだところで。


「トーナメント方式による次の試合の予測や読みが出来ないのは辛いが、これは『全チーム同じ条件』ということだ。全国大会ならでは・・・、シードや優先権も一切ない、全てのチームが一線に並んだ状態ということ」


 監督の言葉がわたしたちの間を突き抜ける。


「つまり、どのチームに当たろうが関係ない! 全ての出場校を倒すくらいの気概を見せてみろ!!」

「「おおおぉぉ~~~!!」」


 彼女の言葉に合わせて、選手たちの感情が高ぶった。

 声が重なり、大きな1つの声になっていく。


(いこう・・・!)


 わたし達は、ここまで来たんだ。


(勝とう、全国大会!!)


 全てのチームが夢見る、その舞台で―――





「ぐずっ」


 う・・・、


「ぶううぇえええええぇぇん!!」


 うわあああ・・・。

 何もできず、隠れることもできず、その場にしゃがみこんで泣いてしまう。


(名前が呼ばれる気配も、しなかったの・・・!)


 野木先輩。

 長谷川さん。

 どっちも、呼ばれる可能性があったと思う。

 どっちが選ばれても、おかしくなかったと思う。


 それなのに―――私は。


 かすりもしなかった。

 選ばれる気もしなかった。あの2人に・・・勝てる気が、しなかった。


「ふええええぇぇ・・・!!」


 それはここ数日の練習で特に顕著だった。

 あの2人は勢いもあって、調子も良くて、すごくて・・・。


 私なんか―――全然、相手にならなくて。


 悔しい

 悔しい悔しい

 悔しい悔しい悔しい・・・!


 こんなに悔しい思いをするなんて、


「ぐずっ・・・うええええぇん!!」


 自分でも、思わなかった。

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