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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
317/385

託すもの 前編

「上を・・・見過ぎてる?」


 わたしの心を、ざわめきに似た何かが通り過ぎていく。


「お前に今、出来ることは何ですか? "誰よりも強くなること"ですか?」

「それは・・・」

「高い目標を掲げることは結構ですが、お前はまだそんなレベルに到達しちゃいない。たったこの数日間で、急に、全国でも通用するようなレベルのプレイヤーになるなんて、無理なんですよ」

「・・・!」


 ズバリ、

 核心を突かれる。


「今のお前の役割は、私とのダブルスに集中すること」


 先輩は言い切る。


「シングルスの事もある。どっちも手に入れようと思うのは当然のことです。だけど、言っておきますよ」


 そして、切り捨てる。


「チームに必要とされる選手になれ!」


 わたしを―――


「この間の監督の話、聞きましたよね? 今のチームは、シングルスをまりか、新倉、水鳥の3人でまわそうと考えている。それに対してダブルスは都大会の時の・・・3組で戦うことを理想としてるんですよ」


 分かってる。

 それは、分かってるつもりだった。


(そうだよ・・・!)


 今のチームは、わたしをシングルス起用することを考えていない―――

 わたしはダブルスに徹するべきなんだ。

 そんなこと、分かってるつもりだった。


(でも・・・!!)


 全国という大舞台で、戦えるんだ。

 シングルスとして試合に出たい・・・!

 そう考えてしまうことは、いけないことだろうか。


 だが、それでも―――


「このままじゃお前、シングルスとしてもダブルスとしても、使ってもらえなくなりますよ!」

「・・・!」

「藍原! 私はこの最後の夏、お前と心中する覚悟はとっくに出来てます!!」

「先輩・・・」


 受け止める。

 先輩の想いを。

 先輩の言葉を。


 わたしが今、"必要とされている"こと―――


「・・・分かり、ました」


 それを、考えなきゃ。


「もう一度、考えてみます」


 わたし自身で。


「わたしが、どうしなきゃいけないのかを」


 わたし自身のことを。


「よし、良い返事だ。です」


 先輩は腰に手を当て、ぐっと親指を立てる。


「時には考えることも、必要ですよ」


 ―――『ひたすら練習すりゃあ上手くなるとは限りませんよ』


(あ・・・)


 そっか。

 先輩があの時言ってたことって―――


(まだ、分からないことだらけだし、不安は拭いきれない)


 だけど。

 自分の進むべき方向くらいは、少しだけ見えてきたような。

 そんな気がする。





 ―――数日前、


 あれは、白桜が灰ヶ峰に負けた日の、帰りのバスから降りた直後の出来事だった。


(きょう)!」


 強い声に呼び止められ、(わたくし)は後ろを振り向く。


 そこに居たのは―――


「先輩」


 熊原先輩。

 私がペアを組む、パートナーの姿だった。


「・・・」


 あの日から、この間の負けた日から、私たちの間には何とも言えない空気が漂っていた。

 原因は、私の方。


「ごめん!!」


 そこで―――先輩ががばっと頭を下げる。


「この間の試合、私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって・・・杏に、辛いこと・・・ひどいこと言っちゃって、それで怒ってるんだよね・・・」


 違う、そうじゃない。

 悪いのは絶対的に私の方だ。あの時ああなったのは、私のせい。


(私はいつもこの人が謝るたびに、怒ってきた)


 だけど、今日の『ごめん』は違う。

 いつもの『ごめん』ではないのだ。

 今日の先輩の『ごめん』は―――


(私を、想って・・・)


 きっとこの人の中で、いっぱい考えたんだと思う。

 どうしたらいいのかって。

 私の方から言いづらいのも、全部わかって。

 それで、自分の方から頭を下げた。


 ―――私のことを(おもんばか)って、そうしてくれている


「頭を上げてください、先輩」


 先輩の頬に、そっと手を添えた。


「私の方こそ、ごめんなさい」


 囁くように、こぼす様に自然と。


「先輩にこんな事言わせてしまったことを、謝りたいんです」


 "その言葉"が出ていた。


「杏・・・」

「私たちの関係って、きっとこの白桜の中でも複雑な方で・・・」


 後輩の私が、引っ張る。

 そういうのってきっと、私たちだけだと思う。

 3年生の先輩方はすごくしっかりしているから・・・。


「他の人からどう思われるのか、分からないですけれど」


 今は、笑おう。

 この人の前で、それが私の出来る精一杯。


「しっかりしてない貴女は、私が引っ張らなくちゃ・・・ですものね」


 私が、この頼りないこの人の肩を、担いであげよう。


「うん・・・。ありがとう、杏」

「ふふ。熊原・仁科ペア、ここに復活ですわね」


 その言葉に先輩は嬉しそうに笑って、ふんふんと首を縦に振ってくれた。


(本当に、頼りない人なんですから)


 先輩とあとどれくらいとか、そんなことは今はいい。

 今はこの人と一緒に、今しかないこの時間を過ごしていきたい。


「杏、これから動ける?」

「早速ですか?」

「ダメ・・・かな?」


 もう。

 そこでシュンとなっちゃうところも。


(もうちょっと粘ってくれたらいいのに)


 なんて、心の中では思っちゃうけれど。


「いいですわよ」

「・・・っ!」


 そうやって言うと、ちゃんと花が咲くみたいな笑顔を見せてくれる。

 これが先輩とペアを組んでて、いいところだと思う。


「じゃあ外周3周!」

「それでは陽が沈んでしまうのでは?」

「え・・・2周?」

「3周いきましょうか」


 他の人に理解されなくても、私はちゃんと貴女のことを思っています。

 貴女もきっと、そうなのでしょう?

 だから・・・私たちはこれでいいんです。


 いいんだから、まずは結果を出しましょう。

 勝ちましょう。





 最近、変わったことがある。


「山雲先輩、ちょっといいですか」

「何かしら?」


 あまり話さなかった後輩が、


「―――新倉さん」


 すごくグイグイ来てくれることだ。


 彼女はいつも孤高の存在で、先輩の私たちからしても近寄りがたいところがあった。

 その彼女が。


「私たちって、どう見えますか・・・!?」

「私たちって、2年生?」

「はい」

「うーん。個性的だなっていつも思っているけれど」


 3年生と積極的に交流を持つように、頑張っている。


「個性的・・・」

「テニスの実力はすごい。試合とかでは頼りになるし」


 私の中でも、2年生の存在というのを再確認する機会が来たんだと思う。


「あとはもうちょっと、素直になってくれると助かるかな」


 だから私も、彼女に負けずグイグイいってしまう。


「せ、先輩たちに粗相を・・・!?」

「あ、うーん。そうじゃないの。私たちにっていうか、同級生同士とか、後輩にとか?」


 もうちょっとコミュニケーションを密にしていった方が、いいんじゃないかな。


「同級生・・・」

「ちょっと新倉! アンタいつまで咲来先輩と話してる気!?」


 すると、ずっと後ろの方から睨んでいた瑞稀が、まるで『待て』をまちきれない犬のように新倉さんに噛みつく。


「山雲先輩はみんなのものだよ?」

「違う! あたしのもの!!」


 2人でやいのやいの言っているのを見て、


(うん―――)


 微笑ましくて・・・。

 少しだけ、いじわるしてみたくなってしまうのだ―――





 最近、3年生(せんぱい)とも1年生(こうはい)とも、接する機会が増えた。

 食事の後、食堂に残った人たちと話をするのもその一環という感じで、慣れてきて。


「瑞稀もだよ」

「あたしも!?」

「同級生と、仲良くね」

「ぐぬぬ・・・」


 反論できない、と河内さんは黙り込んでしまう。


(すごい)


 この人、河内さんを完璧にコントロールしてる・・・。

 きっとそんなこと出来るの、山雲先輩だけだ。


「ありがとうございます、先輩」


 だから。


「もうちょっと・・・頑張ってみます」


 自然と、笑みがこぼれた。


「アンタそれ誰に向かっての笑いよ!?」

「河内さんに、じゃないよ?」

「嘘つけーーーっ!!」

「ほーら、瑞稀。どうどう」

「お、なんだなんだ?」

「新倉ちゃんが河内さんと小競ってる」


 そうやってガヤガヤやっているうちに、他の先輩たちも集まってきて。


「えへへ」


 楽しくなってきてしまう。

 こうやってみんなでワイワイやるの・・・、すごくいい。


(どうして今まで、こうやって素直になれなかったんだろう)


 さっきの咲来先輩の言葉をそのまま反復してしまう。

 もうちょっと素直になれてたら・・・きっとここまでの道のりも、違うものになったんだろうに。


(あと少し・・・、あとちょっとだけ)


 この人たちと、もっとこうやっていたい。

 自分を受け入れてもらいたいし、私も先輩たちをもっと知りたい。


(時間が足りない・・・)


 全然、足りない―――





「全員、揃ってるな」


 翌日・・・、室内練習場。


「今から最後の大会登録メンバーを発表する」


 私は監督の横で、選手たちの表情が見える場所でそれを見守る。


(2人でギリギリになるまで考えたメンバー・・・)


 監督に、言いたいことはすべて言った。

 だから。


「このメンバーなら、全国を戦える―――そう思って選んだメンバーだ」


 『私の言いたいことは、すべてあの人が言ってくれる』


「選ばれた者も選ばれなかった者も、これで最後まで戦うんだという強い気持ちをもって受け取ってほしい」


 それを、私はここで見守る。


(それで良いんですよね・・・!!)


 決して目を逸らさない。

 彼女たちが"私たちの想い"をきっと、受け取ってくれる。

 そう信じて。

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