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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
315/385

そのときへ向かって

「今日も練習終わったね」


 もう陽が沈んだ練習終わり。

 いつものように寮へと帰るその道すがら、確認するようにつぶやく。

 隣に居る、瑞稀に向かって。


「・・・」


 だけど。


「瑞稀?」


 今日は、少し違う。

 いつもなら"はいっ!"って気持ちよく返事してくれて、ぎゅっと抱きついてくるくらいのテンションの彼女が。


「・・・咲来、先輩」


 胸の前で手を握りしめ、こちらを凝視している。


「・・・っ」


 それに、気がついたから。


「どうしたの?」


 優しく。

 いつもより、もっと優しく。

 語りかけるように、彼女の目を見る。


「・・・あたし、チームに貢献できてるんでしょうか?」

「え?」


 何が来るんだろうと思っていたけれど。


「この間の試合見てて思ったんです。チームが負けてるのに、あたし達に出来ることなんて、黙って見ていることくらい・・・。他の試合でもそうなんだ。"あたし達が試合を決めることは出来ない"」


 それは想定していたことより大分ズレていて。


「もし次、負けることがあっても・・・、また黙って見てることしか出来ないんだろうなって・・・」


 瑞稀が感じているのはきっと、『当たり前の違和感』。

 私が当たり前に流してきてしまっていたこと。


 ダブルスが、試合終了の瞬間に立ち会うことは無いから―――『団体戦』だからこそ、感じること。


「あたし、悔しいんです・・・! あたし達で2勝も3勝も稼げるんなら、それが1番良いし!」

「瑞稀」

「連戦になってもあたし、戦えます。咲来先輩とあたしなら、誰にだって」


 表情をぐしゃりと歪め、瑞稀は続ける。


「ぜんぶの試合、あたし達が出て、あたし達が勝てればいいのに・・・!!」


 あまりにも、チームの事を思いすぎてしまっているから。

 ちょっとだけ、周りが見えなくなっている。


 私たちがやっているのは『団体戦』だ。

 全てを1人で抱え込むなんて無理な話だし、私たちだけの力で"チーム"を勝たせることも出来ない。

 そんなこと、瑞稀も分かっているはずなのに。


「大丈夫だよ」


 すっと、瑞稀の腰に手を回す。

 そして、彼女を抱き寄せた。


「いいんだよ。私たちがそこまでしなくても・・・。このチームには頼もしい仲間がたくさんいる。瑞稀は、みんなのこと、信用できない?」

「そんなこと・・・、ないですけど・・・!」


 口ではそう言うが、言葉の端々に納得できていないことが出てしまっている。

 素直になりたいけどなれない、瑞稀(かのじょ)らしい反応だと思う。


「私たちが負けた時も、みんなが勝ってくれたよね?」

「・・・!」

「今は、私たちが勝ってチームを盛り上げる番。長い間戦ってれば、そういうときって絶対あるから」


 だから。


「瑞稀が信じられないなら、私がその分、みんなを信じるよ」


 私たちは2人で1組。


「先輩、だもんね」


 2人で1つのペアだから。


「・・・信じられないって事は無いんです。先輩たちも、同級生も、後輩も。ただ、不安で・・・」

「うん、うん」


 私の胸の中で泣く彼女に、頷く。

 この子のこういうところ・・・、よく分かってるから。


「あたし達も一緒に戦えるの、あと何試合も無いかもしれないから・・・!」

「―――っ」


 そっか。

 全国に進むってことは、"勝っても負けても"。

 もう、近づいているんだ。


 『その時』が―――


 瑞稀と一緒に居られる時間はもう、本当にあと少ししかなくて。


「はは」

「せんぱい?」

「ううん。何でだろうね。私が励ましてるのに・・・、ちょっと、」


 うん。


「不安に・・・なっちゃった」


 認めよう。

 私だって瑞稀と離れたくない。

 ずっと一緒に居たい。居れられるものなら、ずっと。


「咲来先輩、ちょっといいですか?」


 瑞稀に言われ、視線を落とす。

 すると―――


「・・・っ!」


 唇を唇に押し当てられて、そのままぐいっと、下の方へ引き寄せられる。

 後頭部を抱き寄せられるように掴まれて。

 瑞稀の温かさが、ぬくもりが、ダイレクトに伝わってくる。


「ぷはっ」


 唇を離すと、お互いの間を唾が糸引いているのが見えてしまったことが、ちょっと恥ずかしくて。


「まだ不安、ですか?」


 瑞稀が下から上目遣いで見上げ、囁くように言ってくれたその表情が、


「―――!」


 あまりにも色っぽくて。


「ごめん、それとは別のことでちょっと耐えられないかも」


 口元を手の甲で押さえながら、彼女から逃げるように視線を逸らした。


「なんですかぁ? お部屋に帰ってから続きですか?」

「・・・うう」

「いいですよぉ。先輩とならあたし、なんだって出来ます!」

「瑞稀ぃ」


 そういうことをさらっと言っちゃうところとか。

 私が瑞稀をかわいいと思う点。

 好きって、思う場所。


 ―――練習後だから、シャワー浴びなきゃ絶対に汗とか匂っちゃうのに


(それを考えさせない、この子の魅力)


 やっぱり私にとってのいちばんは、瑞稀だけだよ。





 その日は特別だった。

 朝、当然のように起きて、当然のように早朝練習へと向かう。

 その流れの中で、有紀と会うのはいつもどれくらいの時間だったろう。

 目が覚めた瞬間に彼女も起きていたような気がしていたし、私から起こしていた日もあっただろう。


「有紀、練習は?」


 だから、その日もベッドに寝込む彼女に、当然のようにそう声をかけた。


 ―――だが、


「今日は、いい・・・」


 彼女がそんな事を言ったのは、初めてのことだ。

 だから最初は冗談だと思ったし、寝ぼけているのだとも思った。


「いいの?」


 だから、私は一言、それだけ問い返す。

 しばらく間があったあと、


「いい・・・」


 元気なく聞こえた彼女の声が―――確固たる意思で、それを言っているのが分かって。


「そう。じゃあ、私行くから。新倉先輩にも言っておくね」

「うん・・・」


 部屋をいつも通り出る。背中に誰かがいるのを感じながら・・・。


「藍原さんは?」


 新倉先輩にも開口一番、それを聞かれた。


「今日は、いいそうです」


 そう言うと、先輩も驚いた様子で。


「珍しい日もあるものね」


 と、一言。


「・・・はい」


 私が早朝練習に加わるようになってから、こんな事は一度としてなかった。

 だから、こんな先輩の対応を見るのも初めてで。


「行きましょうか」


 少し気まずい雰囲気だったから、先輩の方から言ってくれた。

 私は軽く返事をして、走り出す。


(有紀・・・)


 貴女が何を考えているのかは今の私には分からない。

 だから、貴女が言ってくれるまで、私は待つね。

 私たち2人の関係性って、ライバルと言っていいのかルームメイトと言っていいのか、それともただの同級生なのか。分かりづらいところがあるから、他の人じゃ分かってくれない。

 私たちだけの関係だから、これでいいのかも分からない。

 だけど、今まで貴女から何かを言ってくれたから。今はそれを待つことにする。


「水鳥さんは今のチームについて、どう思う?」

「え・・・」


 新倉先輩にそんな事を言われたのは、ランニングから帰ってきた直後のこと。


「貴女に今の白桜はどう見える?」

「・・・」


 これはどういう質問なのだろう。

 何をどう返せば正解なのか、分からなかった。

 新倉先輩の意図が分からない。


 だから―――


「私は・・・このチームで1番になりたいです」


 今の自分の最も強い気持ちを、そのまま曝け出す。


「全国のエース達と戦うには、まずチームで1番にならないとって・・・、そう思うから」


 私が目指すのは・・・ナンバー1。

 誰よりも上。誰よりも先。誰よりもの高み。


「だから新倉先輩よりも、久我部長よりも強くなりたい」


 この人に直接こんな事言えるの・・・きっと、なかなか無いことだから。


「それが私の想いです」


 この言葉をそのまま、彼女にぶつける。


「そっか―――」


 燐先輩は小さくそう呟くと。


「私も、貴女に負けるつもりはない」


 彼女も私に、そのままの気持ちをぶつけてくれた。

 エースを目指す者同士。

 きっと私の行く先には、この人の背中がある。

 だからそんな新倉先輩が、直接こう言ってくれることが、私にとってはすごく嬉しかった。


 "その言葉"は何よりも強くて―――


「蹴落とすつもりなら、容赦はしないよ」


 凜と、していた。





「全国大会出場チームが全チーム、決定しましたね」


 予選最後の戦いとなっていた北海道・東北ブロックの予選が丁度今日、終わった。


「順当に強豪校が勝ち残ってきたか・・・」


 監督がふむと口元に手を添えて、出場校のメンツを見る。


(確かに大きな番狂わせもなく、春の出場校を中心に名門強豪が残ってきたイメージ)


 私の中にもそういう認識がある。


「8校だな」


 そこで、彼女が強く、頷く。


「久我と同レベル、もしくはそれ以上のエースを持っている学校は、白桜(ウチ)を加えて8校」


 視線を鋭く、手元に落として―――


「これらのエース達を倒さずして、上位進出(ベストエイト)は無い・・・。全国を進む以上、必ず倒さなくてはならない敵」


 全国でも上位の実力を持つ者たち。

 これらの学校を倒して、私たちは険しい全国大会の頂へと続く山道を登ることになる。

 その『強敵たち』とは―――

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