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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
314/385

変化

 関東大会も終わり、練習内容がいつものものへと戻っていった、そんなある日。

 今日は試合形式の練習で、3ゲーム先取のハーフマッチを行っている。


 相手を務めてくれるのは、燐―――このところ、彼女と練習を共にすることがすごく多くなっている。積極的に会話なども増え、この2年間で1番彼女と接している時間が長いんじゃ無いかと思うほど。


「手加減なしでいきますよ」

「君はこの部でも数少ない、私が本気を出しても大丈夫な相手だからね。かかってこい」


 彼女の実力は部内の誰もが認めるところである。

 だけど、そんな彼女が入部以来初めて、弱さを見せたのがこの関東大会だった。

 精神的な面からコンディションを崩し、自分の思うようなテニスが出来なくなっていた。

 かなり心配したし、未だにその不安は拭えていない―――


 でも。


(もうプレー内容だけ見たら、確実に戻ってきている!)


 彼女のショットを受けていて、プレーを直接見てみて強く思う。

 調子を崩しているような選手のそれではないと。

 これが実戦で出来るなら、もう彼女の調子の悪さというのは既に解消された問題では無いか・・・と。


「ゲーム、久我部長。3-2」


 実戦形式練習―――なんとか逃げ切ることが出来た。

 私のサービスゲームからだったからなんとも言えないけれど、もしかしたら負けていたかもしれない・・・それくらい内容の充実した練習だった。


「オッケー。1回休憩入れよう!」


 燐にそう言って、2人で同じペットボトルのスポーツドリンクを分け合う。

 それぞれ紙コップにそれを注ぐと。


「乾杯」


 そう言って、ちょこんと紙コップ同士を合わせる。


「私、嬉しいんだ」


 飲みながら、私は燐に向かってしみじみとそんな話をしていた。


「今まで君とこうして深く接することって、なかなか無かったから・・・。今、すごく先輩してるって感じがして」

「・・・やっぱり」


 すると、燐が照れる・・・とも少し違う。


「おかしいですかね」


 下を俯いて言う。


「全国大会を目前にして・・・。今頃になって、私、先輩達と全然仲良くなれてなかったことをすごく後悔したんです。どうして、もっとこの人達と触れてこなかったんだろうって」

「そんなことは」

「だから今、こうして部長と過ごせてること・・・。すごく嬉しいです。他の先輩方とももっとお話がしたい。先輩達が居る間に聞いておきたいこと、やっておきたいことがまだまだあるんです」


 今までの燐なら、こんな気持ちを素直に言ってくれることもなかっただろう。

 それを言ってくれるということは、この子の中に何か大きな変化があったということ。

 燐は、自分の中の何かを乗り越えて、自分のこと以外のこと・・・"それ"に、範囲を広げようとしているのだ。私はそう思う。


 それって・・・。


(すごく、大切なことだよ)


 1年前の私がそれに気づけていたかというと、多分そんなことは全然無くて。

 だから。


「いいよ。何でも聞いてよ。咲来たちにも言っておくから」

「はい・・・!」

「ふふ。やっぱ燐、かわいいね」


 ぽん、とその頭に手を乗せ。


「さすがだよ」


 優しく、その黒髪を撫でる。


「ありがとう、ございます・・・」


 それに赤くなる彼女の反応もかわいくて。

 今までの時間を埋めるように、この残された僅かな時間を、後輩(りん)と過ごせていることを―――幸福に思った。





「いよいよ全国大会へと進むことになる」


 その日の練習終わり、室内練習場―――

 監督は選手全員を集め、緊急のミーティングを執り行った。


「ここからは未知の領域だ。正直、どうなるかは分からない。だが、だからこそ、万全の備えをして大会に臨もう」

「「はい!!」」


 今日は一段とみんなの気合が乗っている気がした。

 返事の声が、わたしでも大きいと感じるほど。


「準決勝、負けはしたが白桜(ウチ)のテニスは出来ていたと感じた。特に試合に出場したメンバー・・・チームが万全では無い中で、自分たちに出来ることをやってくれていた」


 あの試合のことを思い出す。


(自分たちに出来ることを・・・本当にそうかな)


 特に、わたしは。

 自分で自分のことをそう思うことは出来なかった。


「一歩でも先へ踏み出すこと。スイングを強く、打球を速く。その意識がここからの戦いでは重要になってくると思っている。最後まで諦めない・・・1プレー1プレーに全てを込める。そういうプレーを各々が目指せるチームなら、全国の上位が見えてくる」


 基本的なこと。

 だけど、何より重要なことだ。


「シングルス陣では、やはり新倉。お前が持ち直してくれなくては、チームが困る。全国では期待しているぞ」

「・・・はい!」


 燐先輩の澄んだ声が、室内練習場に響く。


(やっぱり燐先輩、調子良いんだ)


 表情が違う。

 そう、関東大会の時とは。


「水鳥、藍原。全国は初めてのことだらけだろうが、関東大会のプレーを続けて欲しい」

「はい!」


 とりあえず、大きな声で返事。

 まずはそういうところから、やっていかなきゃ。


「特に水鳥。関東大会での調子の良さは自分でも分かっていると思う。それを維持することが大切だぞ」

「はい・・・!」


 文香も。

 最後まで調子良く終われたわけじゃ無かった。最後の試合・・・悔いはあったと思う。


(負けられない)


 文香がここまで信頼されているんだ。

 わたしだって・・・!


「久我」

「はい」

「全国区のエースが相手でも、お前なら勝てると信じている。全国でもシングルス1はお前に任せるからな」

「はい、勿論です」


 まりか部長・・・。

 すごい。さすがだ。自信に溢れている。1点の曇り無く。


「そしてダブルス陣!」


 ここで、監督の声色が変わる。


「シングルスより先に試合をするお前たちの成績が全国では勝敗に直結してくる。関東大会準決勝では本来のペアではないペアを試合に出したが、基本的に私がやりたいテニスは"都大会のテニス"だ!」

「・・・!」


 それを聞いて。


(そっか―――)


 背筋をビシッと、ただされた気分だった。


「山雲・河内ペア。菊池・藍原ペア。熊原・仁科ペア。全国でもこのペアで勝っていきたいと思っている。だが現状のままなら控えとの入れ替えもある! お前達の力を私に見せてみろ」


 関東大会ではシングルスで試合に出たイメージが強かった。

 でも、チームとしては、私はダブルスとしても期待されている―――このみ先輩とのペアを。


(チームに貢献できるなら、どっちでもいい)


 その気持ちは変わらない。


「そして野木」

「!」

「自分が1番分かっていると思うが、お前は今、レギュラーと控えの当落線上だ。お前のチームに対する姿勢をもう1回、確認させてくれ」

「はい!!」


 当落線上・・・。

 きっと下から野木先輩を突き上げているのは。


(万里・・・!)


 名前こそ出ないものの、それはここに居る全員が分かっていることだと思う。


「この事を踏まえ、今のレギュラーメンバーを中心に、大会前、最後のレギュラー選抜を行う!」


 わたしだって、レギュラーが万全というわけではない。

 関東大会ではダブルスで1勝、シングルスで1勝1敗。

 シングルスにもダブルスにも、両方出場できる今の状態だからこそ、どっちつかずは淘汰される可能性がある。そんな事は十分、分かっているんだ。


「藍原、ちょっといいですか」


 そこでこのみ先輩に、声をかけられる。


「今日のこのみ塾ですけど・・・、お前と2人きりの練習に切り替えたいです。この後、動けますか?」

「わたしは大丈夫ですよ。でも、この後ですか?」

「ええ」


 このみ先輩は、深く頷く。


「このどこにぶつけたら良いか分からない昂ぶりを、今はお前とボールにぶつけたいんです・・・!」


 そうだ。

 この人だって、そう。

 レギュラーに対する危機感はきっと、わたしなんかよりずっと―――


「分かります!」


 だから、わたしも。

 全力でそれを受け止めたい。


「監督の言葉を聞いて、わたし・・・。なんかモヤモヤしてた気分が少し晴れたって言うか、やらなきゃダメなんだって思ったんです」


 その気持ちは、嘘じゃない。


「やりましょう。練習!」

「ええ・・・!」


 今は全国大会の前―――うだうだ悩んでるより、身体を動かしてやれることやる!

 そっちの方が、わたしらしいじゃないか。


(そうだ、今だからこそ、練習を・・・!)


 ミーティング後、人が居なくなった室内練習場のコートで、打ち合いをすることになった。

 わたしのサーブから。

 このみ先輩はレシーブの練習・・・。


 そんな中、景気よくまずはサーブを―――


「!?」


 スカッ。


(え・・・!?)


 サーブを・・・空振った。

 空振ってしまった。


 ボールが地面で跳ねて、ポーンと飛んでいく。


「おい藍原、何やってんですか」


 このみ先輩がおいおいちゃんとしてくれよ、という風にラフに話しかけてくれるが―――


「・・・ッ!」


 今の、感覚。

 どす黒い、真っ暗な感覚。


「・・・、藍原?」


 ―――わたしは、反応することが出来なかった

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