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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
313/385

夢の舞台(ステージ)へ!

 ―――関東大会、最終日

 ―――決勝戦会場


 白桜が出場しようとしまいと、ここに取材へ来ることは変わらない。

 短いようで長かった関東大会も今日で終わり。

 泣いても笑っても、この決勝戦で全ての決着が付く。


(灰ヶ峰と黒永の試合・・・)


 事前の下馬評では圧倒的に黒永の方が優勢だという見方が強い。

 私もその通りだと思う。

 今の黒永を崩すことは、並のチームでは不可能だろう。

 全国でも屈指のチーム力と選手層を誇る絶対女王―――そこに灰ヶ峰がどこまで食らいつけるか、だ。


「さぁ、良い試合を見せてくれよ」


 私としては、そこにJCのかわいい画像だとか、かっこよく凜々しい姿が付随してくれると非常に嬉しい。

 健康的に汗をかくJC、そこに加えて汗で透けるユニフォームなんかがあると、こう、なんと言いますか・・・ええ、非常に佳いというか、眼福というか。


 ええい、ダメだ今は仕事に集中だ!

 そういう要素はあくまで副産物だと考えろ!


 隣の上司から来る非常に鋭い視線を無視しつつ、私はまだ暑くなりきる前の試合会場で、誰よりも熱い気分を堪能していた。

 もうすぐ、両校の選手団が到着する。

 そうなれば、嫌が応にもボルテージは上がらざるを得ないだろう。


(関東大会、決勝戦・・・!!)


 ―――こうして、熱戦の火蓋は切って落とされた


 ・・・かに、思われた。


 私は配布された両チームのスタメン表を見て愕然とする。


「ま、」


 まさか。


「麻里亜ちゃんが居ない・・・!?」


 灰ヶ峰がエースを温存してくるとは。

 ・・・後々話を聞いてみると、これは温存でも何でも無かったらしいのだが。


 ―――それはこの日の早朝のことだった


「ごめん祥子ちゃん・・・。首ぐねった・・・」

「えぇ!?」


 麻里亜ちゃんがまさかの決勝戦当日に寝違え。

 それによりスタメンを外れ、灰ヶ峰は大幅な戦力ダウンを強いられることになったのだ。


 代わりに2年生の選手がシングルス3に名を連ねることになるが―――


(こりゃあ、他の選手の士気にも関わる問題だよ)


 絶対的エースを欠いたその事実はあまりに重い。

 試合会場を、なんとも言えないざわめきが支配し始めていた。





『今日も練習だよ~』


 手元のスマホアプリにわたしのメッセージが表示される。


『こちらも練習ですわ』


 ぽん。

 すぐに返信が来る。


『今日から新チームになって初めての練習です』

『お姉さまが引退されても、全国を目指すその意思に変わりはありません』

『ワタクシがお姉さまからエースを引き継いで、この鶴臣を日本一のチームにしてみせますわ』


 立て続けに3つ、吹き出しからメッセージが表示された。


(新チーム・・・か)


 3年生が引退して、新しいチームに・・・。

 凄いことを経験しているんだなぁ、はるはる。

 しかも新チームでは自分がエースに、なんて言いきれるところがなんともあの子らしい。よっぽどの自信がなければ言えない言葉だし、それが言える実力を持つはるはるを単純に尊敬できる。


(練習・・・しなきゃ)


 休憩時間に気分転換になるかと思ってスマホをいじってみたけれど、なかなか上手くはいってくれない。

 関東大会からずっと続く、鬱屈とした気分が・・・晴れてくれないのだ。

 目の前の練習に没頭することが出来ない。プレーに集中しようとすると―――あの日の敗北(まけ)が頭の中に蘇って。


(まるで、力が抜けていくみたいに・・・)


 わたしから『何か』をそぎ落としていく。


 ―――あの日感じた、"遠さ"

 ―――全国のトップに居る人との違い、どれだけ努力すればあそこにいけるんだという無力感


 果たしてこのまま普通に練習していて、わたしはあの人みたいになれるんだろうか・・・。

 そんな思いが頭に入ってきて、それが離れてくれない。


(こんなの、初めてだ・・・)


 テニスに没頭しようとすればするほど、余計なことを考えてしまう。

 なんなんだろう。

 わたし、どうしたらいいんだろう・・・。


 それが、分からなかった。


「黒永と灰ヶ峰の試合、ダブルスの2試合は今、互角っぽいよー」

「え、いがーい。もっと黒永の一方的な試合になると思ってた」

「やっぱり白桜(ウチ)に勝っただけあって灰ヶ峰も強いな」


 練習の合間、休憩に入るたびに決勝戦の途中経過が頭上を何度も通り過ぎていく。

 わたし自身はというと、ビックリするくらいそのことに興味が無くて。

 今日の練習はボールを使わないものが多く、何か考え事をしながらするには丁度いいのが幸いしたのか、しなかったのか。


(走ったり筋トレするだけだなら、考え事しながらでもいいし)


 だけど、いや、だから。


「ダブルス2は黒永の勝ち!」

「ダブルス1は?」

「5-5のまま進んでる」


 先輩達の声が、その試合の途中経過が・・・嫌が応にも頭に入ってきてしまう。


「7-5で黒永の勝ちだって」

「へー、あとはシングルス3だけかー」

「勝ったな黒永」


 キャッキャとその事を話し合って笑い合う声が、今日ばかりはちょっとだけ羨ましかった。

 いや別に、わたしも文香や万里とこういうことを出来ないわけでもないけれど・・・。


(文香は準決勝(このまえ)の負けで部屋でもちょっと話しかけづらいし、万里は―――)


 そう。

 今彼女は、他の人に構っていられるような状況じゃない。


(目の前に、レギュラーの座が見えてるんだもんな・・・)


 わたしなんかがこんな中途半端な気持ちで、話しかけられない。

 灰ヶ峰との試合後、誰より目の色を変えて練習していたのは他でもない、万里だった。

 小学校時代の幼馴染みと直接話して、色々影響を受けたらしい。良い刺激になったのだろう。


(レギュラー・・・か)


 わたしも勿論、その一員のはずなのに。

 どうしてだろう。

 そのことが遠く、違う世界のことのように思える。

 この倦怠感・・・だるい感じは、一体何なのだろう―――





「夏季関東大会、優勝―――」


 一瞬の静寂の後。


「黒永学院!!」


 わあああ、と弾けるような声援が会場を満たした。


「さすが、と言わざるを得ないですね」

「圧勝だったわね」


 隣で腕を組む上司に、ぼそっと話しかける。


「1回戦から決勝戦まで、全ての試合で3勝0敗。1試合も落とさず関東を制した。まさに完勝といっていいでしょうね」

「今日のシングルス3も、麻衣ちゃん凄かったですよね! 6-0で相手に一切の隙を見せない勝利!」

「彼女は全国で確実にマークされる存在になったでしょう」


 私たちがぼそぼそと会話をしている間にも、授賞式は粛々と執り行われる。

 黒永学院部長―――美憂ちゃんが優勝旗を受け取り、それを選手団に向かって高々と掲げる。

 隣には、副部長でエースの五十鈴ちゃんの姿。


(ウェディング感あるなぁ)


 五十鈴ちゃんがこのまま優勝カップをブーケトスしそうな。


「準優勝、灰ヶ峰中学校!」


 準優勝カップを受け取りに行く麻里亜ちゃんは、左手で少しだけ首元を押さえていた。

 隣の副部長・松田ちゃんが補助をするようにそれを受け取り、選手達の輪の中へ帰って行く。


「たった2校だけの閉会式・・・」


 そう。

 ここに居られるのは決勝戦に出場した黒永と灰ヶ峰の選手たちのみ。


「閉会式には出られなかったものの、全国大会への出場権を手にしたのはこの2校に加えて、白桜、青稜のベスト4進出組と・・・」


 手元の資料に目を遣り、


「初瀬田中学」

「常翔中学」


 その2校の名前を口にする。


全国枠決定戦(サドンデス)を勝ち抜いた、この2校ですね」


 全国枠決定戦(サドンデス)とは、惜しくも2回戦で敗れた4チームによる最後の戦いのこと。

 それぞれくじで対戦相手を決め、1度きりの敗者復活戦を行うのだ。


 その結果、藤愛大甲府との試合に勝った初瀬田。

 および、鶴臣を破った常翔が、全国大会への出場権を得た―――


「風花ちゃんと中田さんのシングルス1! 勝てば全国、負ければそこで終わりの一発勝負! 良い試合だったな~! 私的には関東大会のベストマッチにしたい1試合でしたよ!」

「エース同士のぶつかり合いは、いつ見ても良いものね」


 常翔も、個々の力では負けていた鶴臣相手に、チーム力と結束力の強さで勝利した。


(まああの試合、春前妹ちゃんが緊張でガチガチになって、本来のテニスを出来なかったっていうのも大きかったんだろうけど・・・)


 そこも含めての一発勝負だ。

 春前妹ちゃんはこの経験を糧にして、1ランク上の選手になって欲しい。栃木県を代表するような、立派なエースに。


 閑話休題。


「これら6校が、関東代表として全国大会に出場する・・・!」


 そう。

 関東大会は終わった。

 黒永の優勝という形で、幕を下ろしたのだ。


 ここからは・・・。


「いよいよですね!!」

「みんなが目指した、夢のステージ―――」


 『全国』へ。

 戦いの舞台を移すことになる―――

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