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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
312/385

ここから、ここから、ここから

 その試合は圧倒的だった。

 黒中麻衣―――彼女がコートで表現するテニスは、相手を蹂躙するテニス。

 一切の敵を退け、敵コートに立つプレイヤーの全てを否定しねじ伏せる・・・、"潰す"という表現がまさに近いのかもしれない。


 完璧なまでの力、研ぎすまされた技術、一切ブレないプレー内容。

 同い年の選手がここまでのプレーが出来るのか。

 わたしは呆然と彼女の試合を見ていた。


 ―――だが、何故だろう


 心臓の、1番奥・・・身体の芯が、熱くならないのは。


 今まで、ここまでのすごいプレーや試合を見ていたら、自然と心の奥底から熱いものがこみ上げて、全身が震えていた。まりか部長も、燐先輩も、文香も、綾野さんも、龍崎さんも―――彼女たちのプレーを見た時、わたしはいつもそういう感覚になって、しばらくの間ドキドキと心臓の鼓動の高鳴りが止まらないくらい、自分でもどうしようもなくなっていたのに。


 ―――彼女のプレーには、感情が揺り動かされない


 確かに、強い。

 だけど・・・"それだけ"だ。


 強いだけ。

 ただ目の前の敵を倒すために、磨き上げられた技。


 上手く表現が出来ない。

 ただ強いというのはそれだけで大きなことだし、凄いことのはずなのに。

 彼女を見ていても、ドキドキしない。

 なんだろう・・・。この感覚。今までに無い感じだ。


(どうして?)


 どうしてわたしはこんな事を思うの?


 コート上に立つ彼女は、またふふっと口角を上げて。

 目の前にひれ伏す、敵コートのプレイヤーを見下ろしていた。





 負けた・・・。

 全く、手も足も出ないまま、されるがままに敗北。


 敵コート上でこちらを見下す『奴』を見上げると、そいつはニンマリとあの笑顔を浮かべて、こちらをただ何を言うでもなく、じっとりと見つめていた。

 瞬間―――


「てめぇー! 最初の1ゲーム、あれワザとだなあ!? 舐めやがって・・・馬鹿にしやがって!!」


 あたしはあいつに向かって、座ったまま・・・見下されたまま、ブチ切れていた。

 みっともない。

 そんな事分かってる。

 だけど、言わずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。


(こんな屈辱・・・っ、こんな事があるか・・・!?)


 自分のテニス人生の全てを否定された気分だった。


 最初の1ゲームを取った後、何も出来ないまま連続して6ゲームを取られたのだ。

 奴のプレーは圧倒的だった。とても勝てるようなものじゃないことが分かったのが精一杯。

 こいつの実力は間違いなく全国レベル―――1年生のガキが、そのレベルに到達していることにも腹が立ったし、そいつに良いようにやられる自分にも腹が立った。

 衆目に晒されて・・・、こんなたくさんの人たちの前で恥かかされて、あたしはどうしようもできなくなってしまっていたのだ。


「うふふ」


 そいつは、また笑う。


「これでお姉さん、私のこと忘れられなくなったでしょ?」


 頭の線が切れそうだった。

 ここまで(けな)され―――


「今日から"その地獄"でもがくといいよ♪」


 それを聞いた瞬間、全身の力がスッと抜けていった。

 怒りも全て通り越して・・・、虚しくなったのだ。


「ぐ・・・!」


 覚えてろ。


 これで終わるかよ。

 あたしはこれで終わらない。

 絶対にお前にやり返してやる・・・。その時まで―――覚えてろ・・・!!





「「ありがとうございました」」


 ネットを挟んで、両コートで整列して、一礼。

 頭を下げた選手たちの表情は、そこを境にして真っ二つに別れていた。


「終わってみれば3勝0敗で黒永の圧勝・・・」

「青稜相手に1試合も落とさないなんて、強すぎ!」

「明日の決勝、灰ヶ峰とどっちが勝つかなぁ?」

「私黒永ー!」

「あ、ずるい-」


 試合が終わった後の試合会場は閑散としていた。

 ガヤガヤと色々な声が飛び交う中、私はこの試合の内容を思い返していた。


(ダブルス2は黒永のペアの圧勝、ダブルス1もタイブレークに持ち込んだ接戦を黒永が取った。そしてシングルス3の圧勝・・・。都大会の時より、確実に強くなっている)


 もし、今もう一度白桜(ウチ)が黒永と戦うことになったら、恐らく勝つのは相当厳しくなっていることだろう。

 それくらい、チーム状況が違いすぎる。

 関東大会を1回戦から準決勝まで、全ての試合で3勝0敗。まだ1試合も落としていない。


(まさに、圧倒的な強さ・・・!)


 五十鈴。


「これが君の求めたチームなのか」


 だとしたら、君はやっぱりとんでもない―――


「そうだよ」


 後ろを振り向くと。


「都大会ぶりだね、まりちゃん」


 五十鈴が―――黒永のレギュラー面々を引き連れた彼女が、人垣を分かってそこに立っていた。

 対する私の後ろにも、


「まりかっ・・・」


 私を心配する声を上げてくれた咲来をはじめとして、白桜の3年生・・・、その奥には試合を観戦していた部員(こうはい)達が居る。

 これは・・・部長と敵エースの話し合いだ。私と五十鈴ではない。


「やあ五十鈴。やっぱり強いね、君たち」

「そりゃあそうだよ。私たちは全国で1番強くなきゃいけないんだ」


 五十鈴はフッと、何を当たり前のことをと言わんばかりに私の言葉を笑う。


「全国大会には『あのチーム』が居る。私たちの覇道を遮る唯一の敵・・・、春の大会では後れを取ったんだ。この夏の全国で、『彼女たち』と決着を付ける」


 それを語る五十鈴の表情には、少しだけ陰があって。


「そのために、私たちは最強にならなくちゃならない」

「でも、まずは明日の試合だろう?」

「勝つよ。私たちは相手が誰だろうと、どこだろうと負ける気は全くない・・・。それより、」


 キッと、五十鈴の表情がより険しくなる。


「他人の心配より、まずは自分たちの心配をすべきだよ。まりちゃん」

「・・・!」

「曲がりなりにも一度私たちに勝ったんだ。これ以上みっともない姿を見せることは、私が許さないよ」

「分かってる・・・」


 そんなこと、


「分かってるさ・・・!」


 君に言われなくても。


「ふぅん。ならいいけど」


 五十鈴はいつものように顎を上げ、こちらを見下すような視線で私の方を見ると。


「全国のてっぺんで、まりちゃんともう1回戦えること・・・楽しみにしてるよ。今度は怪我とか、そういうのなしでね」

「ああ・・・」


 五十鈴たちも、"これ"を・・・この敗北という荒道を、超えてきたんだよな。


(このままじゃ、ダメだ)


 今のままの白桜では、全国は勿論―――黒永ともう一度戦うことなど夢のまた夢。

 乗り越えなきゃならない。

 この苦境を、この苦しい状況を、乗り越えて。

 全国で勝てるチームを、作らなきゃならない・・・!


(そのためには―――)


 『まずは、私が』―――そう思った、その時。


「・・・まりか部長」


 後ろから声をかけられる。

 振り向くと、そこに居たのは。


「燐・・・?」


 燐だ。

 普段、練習や試合以外のところではあまり話さない彼女。その彼女が、私の後ろに・・・今は前に、立っていた。


「私、勝ちたいです」


 彼女は、意を決したような視線を私に向け、語り出す。

 その姿は、どこか―――


「私だけじゃない。このチームのみんなが、そう思ってます」

「燐」

「部長もそうですよね・・・?」


 何故、彼女なのか。

 咲来ではなく、智景や真緒でもなく。

 『燐がそこに立っているのか』


(ああ、そうか)


 このときの私には、少しだけ・・・分かった気がした。


「みんな、聞いて!」


 だから、大きな声で私は伝える。


「私たちは今日、負けた! 完敗だ!!」


 自分の今、思った事を。


「だけど、私たちにはまだ帰るべき戦場が残されている!」


 形にする。


「全国だ! 全国という戦場で、今日の分・・・」


 私の出来ることを。


「やり返してやろうじゃないか!!」


 ここに―――残せるものを。


「「はい!!」」


 部員達の声が、わあっと全身にかかるように返ってきた。

 気持ちは同じ―――みんな、一緒なんだ。

 全国の舞台でテニスがしたい。勝ちたい。その気持ちに、ブレがないことを・・・確認できた。


「私たちの実力はこんなもんじゃない。絶対にもっと上を、もっと先を目指せる。その先には全国大会の優勝だって見えてるはずだ!」


 私たちは、敗者じゃない。


「もう1回、みんなで目指そう!」


 ―――挑戦者だ





 まりか部長の大きな声が聞こえる。

 それに呼応する部員たちの声も。


 ―――だけど、どうしてだろう

 今日は分からないことだらけだ。


 わたしはこの言葉を、真正面から受け止められずにいた。

 刺さらなかった・・・と言い換えることも出来る。

 今のわたしにある感情は、悔しさと、やるせなさと、どこに向けたらいいのか分からない怒り―――"黒い気持ち"ばかりだったのだ。

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