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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
311/385

関東大会 準決勝 第2試合 『黒永学院 対 青稜大学附属中学』

「黒中麻衣選手」


 私は仕事用のメモ帳を開き、そこに表記されている彼女の名前を読み上げた。


「黒永学院1年生。名前の通り黒永学院創始者一族で、黒中監督の姪。読んで字のごとく彼女の"秘蔵っ子"。小学校の頃は目立った活躍はしていないものの、その実力は確かなもので、部内でも『即レギュラー級』だと密かに話題にはなっていた」


 だが、その実力が表ざたになることは最近までなかったのだという。


「実力が隠れていた理由の1つに、黒中監督があまり彼女を実戦で起用してこなかったという点が挙げられるんですよね。理由は分からないですけど・・・」

「だけど」


 そこで、会話のバトンを上司の方へ渡す。


「関東大会で突如大会登録メンバー入りし、即起用された柏大海浜との1回戦で同校のシングルス3、高橋選手に6-0でストレート勝ち・・・。関東大会でも屈指のシングルス陣を持つ柏大海浜を叩きのめしたことは、大きな話題となった」

「2回戦はシングルス2で待機したまま出番は回ってこなかったですけど、この黒中選手・・・間違いなく、とんでもない実力の持ち主ですよね」


 そして今日の試合―――麻衣ちゃんは再びシングルス3に起用されている。

 相手は青稜のシングルス3、上村(うえむら)千夏(ちなつ)選手。


(生易しい相手じゃない)


 この選手に勝てたらいよいよ本物だ。


「さらに、黒中選手をシングルス起用したことで従来シングルス3を任されていた、三ノ宮選手をダブルス2で吉岡選手と組ませられる。黒永唯一の弱点だったダブルス2が補強されたのは大きいわね」

「いや正直、未希ちゃんをダブルス2で起用とか贅沢すぎっしょ。他のチームならエース任されててもおかしくないほどの実力者ですよ」

「全国屈指の選手層を誇る黒永だからこそできること・・・強さの証明ね」


 今日も未希ちゃんは志摩子ちゃんとダブルス2に出場している。

 このペア・・・、いくら強固な青稜のダブルス2といえど、そう簡単には崩すことが出来ないのは間違いない。

 そしてダブルス1に座るのは全国優勝経験のある那木・微風ペア。


(名前で相手を威圧するだけのスタメンを組める・・・。多分、こんなチームは全国を探してもそう何校もあるものじゃない)


 この絶対の強さを誇る黒永相手に、青稜はどう戦うのか―――


「青稜の鍵はシングルスですね。美南くん、汐莉ちゃんに回せばワンチャンある。相手が美憂ちゃん、五十鈴ちゃんだから厳しいのは間違いないですけど・・・」

「そうなってくると、このシングルス3も注目ね」


 黒中麻衣ちゃん。

 彼女が千夏ちゃん相手にどこまでの試合が出来るのか。

 いちテニスファンとしても、楽しみな試合だ。


 私はそんなことを思いながら、麻衣ちゃんの方へ視線を遣った。

 彼女は何やら、黒中監督と話をしている最中のようで・・・。





「麻衣さん」


 改めて彼女の方を見て、その名前を呼ぶ。


「はい。ゆかりさ・・・監督」


 やはり長年染みついた名前の呼び方は、なかなか抜けないようだった。


「良いのよ。試合前だから力を抜きなさい」

「そうですか・・・、ふぅ~~~」


 すると彼女は肩を少しなで下ろし、オーバーに大きく息を吐くようにリアクションを見せる。


「えへへ♪ ゆかりさんとこうやって外でお話しすることってなかなか無いから、疲れちゃった」


 くるりと目の前で一回転して、口元にちょこんと開いた手の指先を当てる仕草は、とても愛らしくてかわいらしい。

 この子が、黒中という家で生きていくために培った術の1つ・・・などと受け取るのは、ちょっと意地が悪いだろうか。


(当初は3年生が引退するまで、麻衣さんを試合で使うつもりはなかった)


 これは私個人の意見を一切排した、黒永学院テニス部総監督としての判断だ。

 この子の実力はあまりに特筆しすぎていて、今の3年生たちが完成させた部の雰囲気やチーム・・・『全』としての黒永に穴を空ける危険性があった。


(でも、そうも言っていられなくなった)


 あそこで白桜に負けたことは、私としてもいくらか計算違いの出来事だった。

 経験不足から来る2年生の伸び悩み―――そして何より、あの時点のチームでは"白桜相手でも"綾野さんにエースをぶつけられ一点突破された場合、負ける危険がある。その可能性を潰せていなかったことに、誰より私自身が驚いた。


 都大会での敗北はいい。

 だが、全国の大舞台では1度の負けも許されない。

 例えマグレだろうが何だろうが、負けたらそこで終わりのあの大会で今回のようなことがあれば・・・3年間作ってきた『最強』のチームが意味を成さなくなる。


(それは綾野さん自身も望むところではないでしょう)


 だからこそ私は、目の前でるんるんと躍る少女・・・麻衣さんを実戦投入することを躊躇わなかった。

 例えチームの和を乱す可能性があったとしても、この子を加えて戦力を再活性化する必要があると判断したのだ。


 ―――その役割を、この子が果たしたのかどうか


「麻衣さん」


 この試合が、良い判断材料になる。

 全国でも屈指のチーム力を誇る青稜大附属相手に、どの程度の試合が出来るのか。


「遠慮はいりません。徹底的に相手を潰してきなさい」


 見せてもらいましょうか。


「はあい」


 ニンマリ。

 麻衣さんの口角が上がる。


 私がこの子を可愛いと思う理由の1つが、彼女のこのニコッとした笑顔。

 Uの字を描くようにしてやんわりと上がる口角。


「向こうのお姉さんはご愁傷様だね・・・!」


 彼女が後ろを振り向き、青稜の方へと目を向ける。

 私の正面には青稜の監督―――"彼女"の姿があった。


(先輩には悪いけど、正直・・・)


 私の作ったチームの方が、強い。


「それを今から証明して見せますよ」




 この日、既に関東中に広がっていた黒中麻衣の名前は、全国へ轟くことになる―――





「1年生かあ。キャハ★ あたしは穂高さんか綾野さんとやりたかったけど」

「上村さん・・・! 油断は大敵だと言っているでしょう。貴女はそれで春の大会も・・・!」

「いーいー、小言はいーよー。分かった分かった、真面目にやるからー★」


 もう、オバちゃんになるとみんなうるさくなるのかな。

 ウチの監督は他のチームの監督より、その割合がずっと高い気がする。


 自由なチームだから、まとめ役の監督がそーゆー人じゃないとチームが締まらなくなるんだろうけど・・・。


(うえー、大人ってイヤでもそういう事しなきゃいけないの? 大人なりたくなーい!)


 まあいいや。

 とりあえず、今はあのクソ生意気そうな1年を倒すことを考えよう。


「千夏ー、落ち着いて落ち着いて。冷静に周りを見なきゃだよー」

「わっはっは。敵との勝負にのめり込むこともいいが、まずは自分のプレーをだぞ!」


 先輩達は今、ダブルス1のコートの中。

 だけどきっと、この試合を見ていたらこんな事を言ってくるのだろう。居もしない人たちの声援が聞こえてくるその頭を―――


「こんにちはー。青稜のお姉さん♪」


 目の前の敵へと、切り替える。


「なぁに?」


 そいつを見下げるみたいに、顎を上げて視線を高いところから、低いところへ。


「あたしアンタにそんな興味ないんだけど★」


 辛辣な言葉で切り返す。

 その瞬間だった。

 ピリッと、何か火花のようなものがあたし達の間で、散ったような気がした。

 一瞬、この女の目が光ったのだ。


「大丈夫。すぐに興味出るようになるから」

「キャハ★ 楽しみ★」


 だけど年下らしく、返してくる言葉も大したものではない。

 さっきのは気のせいか・・・?

 こっちに怖じ気づいてくれたなら、それに越したことはない。


 そんな、少しの征服感を持って始まった試合。


 ―――1ゲーム目、


 あはは、何この1年生。


「全然弱いんですけど!!」


 彼女の遙か向こうをあたしのショットが通過していく。

 こっちのサーブに全く対応できないような弱さはなものの、ショットに食らいついてくるような力強さも、執念もない。

 あたしの思うようなゲームが目の前で展開されて、つい気持ちよくなってしまった。

 あっという間に、それこそ1ポイントも取られず・・・1ゲームを先取する。


「キャハ★」


 本当にこの1年生が柏大の高橋さんを倒したの?

 あたし練習試合で戦ったことあるけど、あの人の方が全然強い!


「・・・うん」


 エンドチェンジの際、敵の1年生とすれ違った―――その時。

 それは起きた。


「"もういいかな"」


 ぞわっと、全身が総毛立ったような感覚に襲われる。

 ゾクゾクと身体の芯が冷たくなって、あたしは一瞬、あいつの方を振り返ったが。


「・・・ッ!!」


 彼女の姿は既に遠く、向こうのコートに入っていて、駆け足でサーブ位置へと走っていく途中だった。


(なんだ、今の感覚・・・!)


 その敵コートで、彼女は。


「えへへっ・・・」


 にへらっと笑う。


 その笑顔から感じ取れるのはかわいらしさや愛くるしさではなく―――不気味さ。

 何かあたしは取り返しのつかないことをしたんじゃないか・・・そんな反響だけが、心のなかをざわめいて仕方がなかった。

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