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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
310/385

この負けを忘れない / 運命に導かれ二人は出逢った

 その時、何が起こったのか分からなかった。

 わたしは試合後のクールダウンも終わって、休憩を挟んだ後、他の先輩たちや応援団の少し後ろから、文香の試合を観戦していた。

 応援もしたし、声も出した。


 だけど―――文香は力尽きた。


 彼女が倒れた瞬間、悲鳴にも似た声が上がったのをよく覚えている。

 なのに、わたしが出来ることは何もない。

 ただ、コートの外からそれを観戦して、みんなと同じように見ているだけ。

 またこの感覚だ。

 結局、わたしは"自分が出場する試合"以外は、コート外で見守ることしかできない。傍観者でいることしかできない。

 それがテニスの、団体戦というものなのだ。


 それを・・・痛いほど、味わった。


「みんな、整列だ」


 ぽつり。

 気づくと、まりか部長がそう呟く。


「行こう。まだ試合は終わってない。最後まで私たちの役割を果たそう」


 ふと、その声につられるように目を遣ると、目を伏せている咲来先輩の背中を気丈に押す、彼女の姿があって・・・。

 逆に、他の選手たちは皆、放心している様子だった。まだ何が起きたのかも、理解できていないよう。わたしだって出来ちゃいない。

 だけど。


 そんな中、ただ一人―――


 顎を引いて、キッと視線を上げ前を見ている人が居た。


(燐先輩・・・)


 そう、ただ1人だけ―――部長と同じように―――周りの選手が下を向く中、彼女の視線だけは違っていた。長い前髪の間から、意思の強い視線を・・・確かに見ることができたのだ。


 私には・・・それがちょっとだけ、意外に映った。





 灰ヶ峰側、7人。

 白桜側―――6人。


 それぞれ整列している選手を見ると―――まあ勝敗が付いたのだからそれが当然なのだが―――両者の表情は180度違うものだった。

 泣いている選手は居ないものの、一様に暗く、下を俯いている選手の多い白桜側。

 対して、ほとんどの選手が上を向いて、明るい表情が目立つ灰ヶ峰側。


 勝敗が分かつ両者の表情はとても鮮明で。

 今しか味わうことのできない大きな大きな感情を抱えて。


「「ありがとうございました」」


 総勢13人の選手たちは、頭を下げた。


 試合終了だ―――


 白桜にとって、夏、初めての敗北。

 関東大会準決勝、第1試合。

 都大会優勝で名門復活を遂げ、そのままの勢いでなだれ込んできた白桜にとって、この敗北がどのようなものをもたらすのか・・・。


 私は試合終了後、ちょっといっぱいいっぱいになっちゃって、動けなくて。

 その場で聴衆の声に、耳を傾けていた。


「灰ヶ峰の作戦勝ちじゃない? 今日の試合」

「龍崎と久我の試合、見てみたかったけどな~」

「にしても白桜、都大会獲った時に比べて別チームみたいになっちゃってるよね。燃え尽きた?」

「あの黒永に勝ったチームとは思えないね」

「県予選優勝チームが全国では通用しないなんて珍しい事じゃないし」

「こんな調子で全国行って戦えるの!?」

「勝てるの!?」


 ―――負けた方への意見が厳しくなるのは当然のこと。

 私も関東大会での白桜が、果たして全国で通用するかと言われれば疑問符を付けたくなる気持ちもある。


 そんな悶々とした気持ちを抱えたまま、白桜への監督インタビューを迎えることになる。


「関東大会準決勝敗退という結果になりましたが、如何ですか」


 篠岡さんに今、この言葉をかけるのは忍びない。

 だがこちらも仕事だ。これを聞かないと、会社に帰れない。


「今日の負けをチームとしてしっかり受け止めたいと思います。その上で―――」


 だが、彼女の言葉の1つ1つに。


「我々には全国大会という与えられた舞台があります。そこに向けて戦えるよう、また明日・・・いえ、今日からチーム一丸となってやり直していければと」


 一切の迷いがなかったことが、印象的で。


(負けたというのに、それを引きずる素振りも見せない・・・)


 確かに、これで終わりではない。

 既に全国大会が決まった状況での敗北ということもあるのだろうが、この人は今日の結果1つより、全国でどう戦うかの方へ考えがシフトしてるように見える。


 まだ終わりではない。

 何も終わっていない。

 そんな監督自身の気持ちが、強くにじみ出たインタビューだったと。


「ありがとうございました」


 手帳を閉じ、これから記事にするその大本となる文章の構想を頭の中で練り上げながら、私は指揮官としてどこまでも正しくあろうという彼女の姿勢に、感心していた。





白桜(ウチ)は全員このままこのコート場で次の黒永対青稜の試合を観戦する」


 監督の指示に、この場にいる全員(みんな)が息を呑んだのが分かった。


「折角の機会だ―――関東でもトップクラスのチーム同士のぶつかり合いをその目に焼き付けて、大いに刺激を受けて欲しい」

「「はい!」」


 返事をすると、不思議と部員たちの声が重なったことを覚えている。


「あれ? 長谷川どこ行った?」

「万里なら灰ヶ峰の選手に挨拶したいって言って、向こう行っちゃいましたよ、野木先輩」

「ちっ。今のうちに荷物運び手伝わせてこき使ってやろうと思ったのに・・・」


 ぶつぶつ言いながら、野木先輩は2人分の荷物を持ってバスの方へと歩いていく。


(お疲れ様です、先輩・・・)


 先輩も試合終わりで疲れてるはずなのに。

 3年生の方が後輩より動いているの、本当にすごいと思う。

 わたしも手伝おうかと思ったが、


「これは私たちの仕事ですから。お前は休んどけです」


 と、このみ先輩に諭されて、ぽつんと立ち尽くしてしまった。


(今日の試合・・・。全然動いてないから、体力有り余ってるのに)


 ぎゅっと、左手の拳を握りしめる。


「藍原さん?」


 様子のおかしさに気づいたのか、海老名先輩が顔を覗き込んでくれる。


「ここは先輩たちのお言葉に甘えよう? ね?」

「そうじゃないんです・・・」

「え」

「身体を動かしてないと、自分が本当にどうしようもないように思えて・・・うずうずするんです」


 自分自身、きっと今日の負けをまだ消化できていない。

 この気持ちをどうしたらいいか、どこにぶつけたらいいか、全然分からない。


「わたし、何の役にも立ってないからッ・・・!!」


 この悔しさは、虚しさは、一体何をどうしたら晴れるのだろうか―――


「藍原さん」


 海老名先輩の甘い声と共に。


 ぼふっ。


 その大きな大きなお胸の中に、顔を迎え入れられる。


「!?」


 柔らかい・・・。

 柔らかすぎる。

 しかも、頭をホールドされ、腕で抑えられているので弾力に跳ね返されそうにも跳ね返されない。


(大きい・・・)


 でも、なんだろう。

 何か少し、安心するような・・・。


「よしよし」


 甘い声に囁かれ、頭を撫でられる。


「いいの。藍原さんは、十分よくやってるの」

「そ、そうでしょうか・・・」

「そうなの。藍原さんがダメなら、私なんてもうダメダメのダメなの。藍原さんはまだ、1年生なんだから・・・全部やろうとしなくて、いいんだよ」


 なんだろう。

 洗脳って、こうやってされていくのかなって。


 心地よくて、全てをゆだねたくなってしまうような柔らかさの中で、ゆっくりと目を瞑る。

 そして一瞬の静寂の後、再び目を開けて。


「海老名先輩・・・ありがとうございました」


 すっと、自分から離れていく。


「元気、出た?」

「はい。たっぷり元気いただきました!」

「それはよかったの~」


 この人の笑顔を見ていると、救われる。

 それだけで、こっちも気持ちよくなってくる。先輩のこれはきっと、この人の才能の1つなのだろう。


 手を合わせて笑う先輩は、まるで1枚の絵のように完成されていて、綺麗で。


(お姉ちゃんっていうより、お母さん?)


 こんなことを言ったら先輩には、怒られてしまうだろうか。


「来たッ!!」


 ―――そして、そんな甘い時間は


「黒永だーっ!」


 唐突に、終わりを告げる。


 視界の端の遠くから現れてきたのは、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる黒の軍団。

 黒永学院のレギュラー一同だった。


「五十鈴ちゃーん!」

「今日も頼んだぞ穂高ーっ」

「三ノ宮・吉岡ペアがんばれー!!」


 観衆(ギャラリー)からかけられる声援にも、貫禄のようなものを感じる。


(私たち・・・)


 こんな事、言っていいのか分からないけれど。


(本当にあの人たちに勝った・・・んだよね?)


 それがちょっとだけ、信じられないくらいには―――今の彼女たちは眩しく、別世界に居るような輝きを放っていた。


 そして・・・。

 やがて、『彼女』の名前が呼ばれる。


「黒中ぁーっ!」


 その娘は。


「怪物ちゃんだっ!」

「わ、本物かわいいー」

「関東大会で最も名を上げた選手」


 黒永学院の中で一際目立つ位置・・・スーパーエース・綾野五十鈴選手の、真後ろを歩いていた。

 濃いピンクの長髪、サラサラと流れるその髪が―――少しだけ文香を思わせられるのは、気のせいだろうか。


「やあやあ。どうも、えへへ」


 観衆の声に手を振る彼女は、口角を上げ、ぺろりと舌なめずりをするように唇を舐める。


 その、瞬間だった。


「・・・!?」


 一瞬―――

 わたしの視線と、彼女の視線が、


(目が、合った・・・ッ!?)


 ぶつかったような気がして―――


 その時、ほんの刹那の間だけ。あの娘が、

 ―――獲物を視線で殺すような、そんな鋭い目つきをしていた


 これは多分、わたしとあの娘・・・2人しか知らないし、知りようのないこと。

 何故かそう直感してしまう。

 理由なんて分からない。

 嫌な感覚だけが、脳裏にこびりつく。


「試合、楽しみだなー」


 コート内に入っていく彼女の表情からは、もうその『一瞬』を(うかが)い知ることは出来ない。

 だが。


(気のせい、じゃない・・・!)


 確かに"あった"のだ。


 わたしと彼女の間に流れたその時間だけが、やたら鮮明に。

 頭の中をぐるぐると回って、止まらなかった。

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