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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第1部 入学~2軍編
31/385

来訪者

「身体全体を使って、ボールを引き付け・・・最後の最後で・・・」


 1回1回、身体にフォームが馴染むように素振りを続ける。


「打つ!!」


 うん、今のはいい感じで出来たかも。

 この感触を忘れないうちにもう1回・・・。


 その時。

 目の前が真っ白になった。


「うわっ」


 眩しさから逃れようと腕で目元を隠すと、パシャ、というカメラのシャッター音が聞こえた。

 これは、まさか・・・!?


「現役JCの生写真! ああ、イイわねこの真剣な表情に滴る汗!」


 まぎれもなく!


「変態だー!!」


 学校の敷地内に変質者が居る! 110番110番!


「あっ、ちょ、し、しーっ! 違う、違うって。不審者じゃない不審者じゃない!」

「どっからどう見ても不審者じゃないですか! ナンデスカその一眼レフ!!」


 それであんなことやこんなことを撮影して、それで純情な中学生をユスルつもりなんでしょ!?


「わ、ワタクシこういうものです!」


 スーツを着た怪しい変質者のお姉さんは1枚の紙っぺらを手渡す。

 よく見るとそれは、名刺だった。


「あ、この雑誌知ってる・・・そこの、編集者さん?」

「兼専属カメラマンよ」


 ぼさぼさの長い黒髪に縁の太い眼鏡。

 確かに、なんか絶妙に一眼レフのカメラが似合う感じの雰囲気だけは半端無い人だ。


「この名刺、偽者じゃないですよね?」

「どんだけ信用されてないの!?」


 自称編集者さんはこほん、と咳払いをして。


「今日はここでダブルヘッダーの練習試合が行われると聞いてきたの」

「ダブルヘッダー・・・1日に2試合やるって事ですよね」


 1軍はバンバン他校との練習試合を組んでいる。

 夏の大会が近くなるにつれ、その頻度は上がっているような気がしていた。


「まだ時間があるから2軍へ来てみたのだけれど・・・」


 彼女は再びカメラを構え。


「貴女、かわいいわねえ」


 パシャ。再びシャッターを切る。


「え。そうですか?」

「うん、すっごいタイプ。活発そうで元気がある。子供の特権よ、元気があるって」

「いやあ、そうですかあ」


 褒められて、悪い気はしない。

 それに何かシャッター音が段々気持ちよくなってきてしまっていた。


「まだ成長しきってない身体、あどけない表情・・・まったく、中学生は最k」

「やっぱ変態じゃないですかー!!」


 そこで我に返り、変質者をひっぱたく。


「次は"1枚脱いでみよっか"って言い出すんでしょ!? 変態! 帰れ!!」

「いたた・・・美少女に叩かれてののしられるっていうのもご褒美っちゃーご褒美かな・・・」


 ダメだこの人、やばい。

 芸術の天才ってやっぱりどこかおかしいんだ。頭のネジが飛んじゃってるっていうか。


「しょうがない、そろそろ行こうかな。また会いましょうね、えと・・・名前は」

「変態に名乗る名前はありません!」

「貴女みたいな可愛い顔して反抗的な娘、やっぱり好きだわ~」


 変態を追い返したところで、ランニングに出ていたこのみ先輩が返ってくる。


「・・・どうしたんですか? 疲れた顔して」

「先輩。何事もやりすぎってよくないですよね」

「はあ?」


 何が何だか分からない、と言った表情をする先輩。


(変態は大人になっても治らない・・・)


 この世の闇、その氷山の一角を見た気分になった。





「えと。第1試合目は東海地方の強豪、東峰との試合か」


 メモ帳に書き殴ってあるタイムスケジュールを確認する。

 ギャラリーはほとんどが白桜、東峰の選手たちによる応援だけれど、ぽつぽつと部外者の姿も見て取れる。


(同業他社も居るし、そうじゃない人も居るな・・・)


 学校の敷地内には許可がなければ入れない。当たり前だけどね。

 ここに居るということは、正規のルートで許可をもらった人ということになる。

 つまり、何かしらの目的がある、何かしらの職に就いている人、ということ。


「ま。私は私の仕事をするだけ、と」


 コートに入る"彼女"の写真を1枚、撮る。


(水鳥文香。1年生ながら既に白桜のシングルス3を任されているスーパールーキー)


 他のコートに行けば新倉燐や久我まりかの写真も撮れるのだけれど、今日のこの試合は水鳥文香に集中したい。

 何せ、上からの命令で水鳥の写真を撮ってこいと言われているのだ。

 夏に向けての1年生特集号・・・。それに載る1枚を撮らなければならないのだから。


 それにしても―――


「可愛いわあ。水鳥文香・・・。正統派の美少女で、綺麗な銀色の髪。まさにお姫様タイプ!」


 全国選抜の時から目をつけてはいたけれど、良い感じに育ってきている。

 テニスプレイヤーとしても、女の子としても。


 水鳥のボレーが決まる。そして彼女は、長い銀髪を手で梳いた。


「そのポーズいただき! 燐ちゃんもだけど、そのポーズほんと好きよ~」


 相手に隙を与えない絶対的な威圧の象徴。

 燐ちゃんの黒髪も良いけど、銀は光って見えて画が映える。最高!


 その後も水鳥文香の写真を撮っていくが。

 相手の3年生もなかなか強い。東峰のレギュラーを張っているだけの事はある。

 試合はもつれにもつれ、5-4でわずかに水鳥文香リード。


 この場面で相手のサービスゲーム。


(相手は相当疲れてる。なら、ここは落としても良いからじっくり走らせて消耗させ、次のサービスを確実にとってその次でブレイクして勝ち・・・のパターンかな)


 それが無難ではある。

 相手は経験で勝る3年生。ならばここは王道に乗って試合をすべきだろう。


 しかし。


「・・・!」


 水鳥文香のとった戦法は意外なものだった。

 一気に前陣に出て、とにかく攻めて攻めて攻めまくる。

 彼女の普段のプレースタイルとは、多少毛色の違うものだ。


(ここに来て慣れてないスタイルで戦うの・・・!?)


 思わずカメラを構える手が止まる。

 だが―――


「ゲーム工藤。 5-5」


 慣れない戦い方をしたせいか、このゲームを落としてしまった。


(崩れるっ)


 この取られ方は良くない取られ方だ。記者の勘がそう告げている。

 ・・・が。


「ゲームアンドマッチ、水鳥。7-5」


「すごい・・・」


 あそこから捲ってしまった。

 これはやはり並大抵の1年生じゃない。地力の差で勝るはずの3年生が、1年生に圧倒されたのだ。


 結果的に、あのゲームで水鳥文香自身も消耗しなかったことが勝因となったようだ。

 ゲームメイクをミスした上でそれを結果オーライにさせる実力。これはやはり侮れな―――


「水鳥! なんだ今の試合は!!」


 その瞬間。

 耳を思わず塞いでしまいそうなほどの怒号が劈いた。


「どうしてあの場面でやり慣れてない事をやろうとした! 自分のプレーを貫いて戦わなかった!」


 ざわ、ざわ・・・。

 周囲はざわついている。

 私自信も久しぶりに見たけれど。


(怖いなあ、筱岡さんのカミナリ)


 怒られてるのが自分じゃないと分かっているのに、身震いがしてくる。


「ああやれば6-4で試合を終わらせられるとでも思ったか! テニスはそんなに甘くないぞ!」

「・・・」


 水鳥文香は呆然とした表情をしていた。

 恐らく・・・図星。


「1年の時から手を抜くことを考えるな! 1年の技術なぞたかが知れている、そんなものが通用するか! 試合がやりたくないならお前の代わりに試合に出たい選手はいくらでもいるんだからな!!」


(うひゃ~、こっわ・・・)


 白桜の1年生は初めてこのカミナリを見るのか、みんな固まってしまっている。

 2,3年生も顔を俯けている選手が多い。


「私が良いと言うまで2軍で体力を作り直せ!」

「・・・」

「返事はどうした!」

「はい・・・!!」


 水鳥文香はしっかりと返事をすると、荷物をまとめてこの練習試合コート場から姿を消した。


 コートを出る瞬間。

 その時の彼女の表情―――シャッターは切れなかったけど―――そこから、目の輝きが失われていなかったのには、驚いた。

 普通、あれだけ強烈に怒られたら多少なりとも弱気になったりするものだ。

 特に中学生なんてまだ子供・・・泣いてしまってもおかしくはない。


(それを、歯を食いしばって・・・でも、目は前を向いていた)


 あの子は・・・強い。

 身体や技術だけじゃなく、あの精神力。メンタルの強さ―――


 私はこの時、白桜の次世代エースの姿を見た気がした。

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