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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
307/385

挑戦者たち

 ―――初めての敗北(まけ)

 ―――それは驚くほど呆気ないもので


 龍崎選手と会話をした後、誰からも声をかけられることなくコートを引き上げていく。

 とはいえ、シングルスの試合はいつもこんなもののはずだったと言われればそんなもので。


 そうやって、なんともなしにこの試合場を後にしようとした、その時。


 ズキン。


 ぎゅっと、胸の辺りを掴んでみると


 ―――心臓が痛む


 それは確かな感触。


「あ・・・」


 わたし、負けたんだ。

 試合をして、真剣勝負をして、その末に負けた。

 チームに、土をつけてしまった。


「・・・ッ!」


 罪悪感にも似た残響が、胸の中で騒ぐ。


 それを思った瞬間、自分の中で何かが崩れていく感覚がした。


「わたしは・・・」


 がっくり、肩を落とす。

 何も出来なかった。

 例え相手が、『関東三強』。とてつもない格上の相手だったとしても―――もう少し出来たんじゃないか。もうちょっとやれたんじゃないか。

 そんな気持ちだけが自分の中でぶり返されていく。


 わたしが負けた責任は、一体誰が取ってくれるんだろう?


 そんな事を、少し、考えたところで。


(文香―――)


 彼女が、わたしと入れ替わるようにコートの中へ入っていく。


「有紀」


 気づくと、すれ違う瞬間、


「ナイスゲーム」


 ただ一言。囁くように、文香に声をかけられていた。


「私も、逃げないから」


 わたしの肩にちょろっと手をかけた彼女は。


「貴女がそうしたように、真正面から敵に向かっていって、そして久我部長に勝負をつなげてみせる・・・!」


 そのまま、ゆっくりと手を放し別れていく。


「いってくるね」


 刹那。


「待ってッ・・・!」


 文香の方を振り返る。

 すると。


「文香・・・っ」


 彼女の姿は遙か遠く。

 どうすることも出来ずに、コートから引き上げていくわたし。


「お疲れー、藍原ちゃーん」

「頑張った頑張った」

「姉御、やっぱ最高ッスよーーー!!」


 応援団から、みんなからかけられるその言葉が優しくて―――いつもは頼もしい、それが。


(なんだろう)


 今日は少し、


(・・・悔しいな)


 痛かった。


(文香は、これから試合なんだ)


 そんな事を思いながら見るコートの中は、とてもまぶしくて。熱くて。


(・・・わたし、あの中に居たんだ)


 それを信じられなくなるくらいには、今の自分との温度差を感じた。


 『あの中に、わたしはまた戻れるのだろうか?』


 勝てない・・・結果を残せない、わたしに。また戻る権利があるのだろうか―――





「白桜の1勝2敗か・・・」


 呟くようにして、現在の状況をおさらいしてみる。

 ちらちらと、隣の上司に目を遣りながら。


 最初は気づいていなかったものの、私の視線を察知した彼女は、小さくため息をついて。


「試合としてはイーブンね」


 この試合をそう分析した。


「試合当初、白桜、灰ヶ峰両者とも、想定とは違う相手に驚いたんじゃないかしら。そしてその驚きが消えないまま試合に突入して、想定外の展開になった」

「想定外の展開?」

「相手が思うように動いてくれなかったというべきかしら・・・。ほら、この試合、3つとも点差が開いているでしょう?」

「確かに。全然接戦ではないですね」

「それが『想定外』の証拠よ」


 想定外か・・・。

 力量の同じような選手同士がぶつかれば、高い確率で接戦になる。

 それがこの試合、そのような様子は見られない。両社に大きな力量の差はないはずなのに。

 ということは、組み合わせがうまくいっていない。チーム内での実力が1番上と1番下に位置する選手同士がマッチングされているってこと・・・?


「ですけど、そういう風に仕向けたのは灰ヶ峰側ですよね? オーダー崩してきたんですし」

「そうね。だから灰ヶ峰にとっては、まぁ2敗してる白桜にとってもだけど・・・このシングルス2にかかる比重がすごく大きいんじゃないかしら」

「この試合に・・・」


 ふと、コート内に居る文香ちゃんに視線を向ける。

 サラサラの白銀の髪、それが風になびいて広がっている。


(手入れとか大変だろうなぁ)


 寮生活してるだろうに、オシャレにまで気を使って・・・。

 JCってホント大変・・・って、そうじゃないそうじゃない。

 彼女のプライベートには確かにすごく興味があるけれど、今はそういうことを言っているんじゃないんだ。


「水鳥選手、香椎選手の実力はイーブン。ここまで勝ち上がってきた実績もね」

「2人とも、チームの柱として機能してる選手ですもんね・・・」

「ただ調子という面では水鳥選手、プレイヤーとしての相性としては香椎選手に分があるってところかしら」


 文香ちゃんのこの関東大会での活躍には目を見張るものがある。

 試合結果だけではなく、試合内容にそれは強く出ているのだ。

 間違いなく、地方予選から今までで1番調子がいい。

 いくら選手としての相性が良いと言っても、今の文香ちゃんを止めるには並大抵のことでは、足りないだろう。


「この2人は好対照ね」

「好対照?」

「入学した時から、天才と周囲から期待されて期待通りに伸びてきた水鳥選手。それに対して香椎選手は、小学校の時はほとんど無名。灰ヶ峰という学校に入って、揉まれた中から出てきた、いわば有望株」


 それって・・・。


「どっちかっていうと、有紀ちゃんにタイプが近い選手ですね?」


 選手としてのイメージは全然違うけど。


「私はこの試合、藍原選手と香椎選手がぶつかっても面白いと思っていた。水鳥選手と龍崎選手がぶつかってもね。だから灰ヶ峰が組み合わせを崩してきた時、すごく驚いたの」

「結果的に有紀ちゃんと麻里亜ちゃんが、文香ちゃんと若葉ちゃんがぶつかることになった」

「2敗している白桜は後がない。何としても取りたいゲーム。でも逆に灰ヶ峰も、ここで負けたら龍崎さんの居ないシングルス1で逆王手をかけられる。是が非でも死守したいでしょう」


 だけど、これは運命のいたずらかもしれない。

 互いに同じタイプの選手がぶつかっても面白いけど、正反対の2人がぶつかるというのも、なかなか乙なものだ。

 現に、シングルス3は点差こそ開いたもののそれなりに面白い試合だった。

 麻里亜ちゃんの『本気』をちょっとだけだけど引き出した有紀ちゃんは、やはり有望な選手だと思ったし、私は試合前、こういうことになる予想をしていなかった。


(有紀ちゃんは、いつも予想を"裏切ってくれる")


 どんなに強い相手でも、不利な状況でも・・・。

 そう思わせてくれる『何か』があの子にはある。

 そして、そういう何かを持ってる有紀ちゃんを抑えて、白桜の1年生トップに座する文香ちゃん。

 彼女の実力は、もはや誰もが認めるところだ。


「さぁ、この試合の勝負の天王山(わかれどころ)よ」


 君の歩むエリートロードの、その次の一歩を、私たちに見せてくれ。





「気持ちの準備はできたか」


 試合前。

 監督を目の前にして、すーっと息を吸い込み、そして吐く。


「大丈夫です」


 目をしっかり見開き、この人の表情を見て頷いた。

 そう、大丈夫だ。

 精神は落ち着いているし、身体の調子も悪くない。あとは実際にコートに入ってみて、ボールを触ってみてどうかというところ。


「あえて言うが、2敗していることは考えなくていい。お前がそこまで背負うことはない。自分にできるプレーを思うようにしてこい」

「背負わなくていい・・・」

「余計なことは考えるなということだ」


 余計なこと、か。

 チームの置かれている状況が余計なことかどうかはわからないけれど、監督がやらなくていいっていうなら、考えないことにする。

 まずは目の前の状況をクリアして・・・、全てはそこからだ。


「相手の分析は出来ているな」

「はい。こちらとは真逆のタイプの選手だと」

「対オールラウンダーに特化したような選手だ。気を付けろ」


 こくり。

 黙って頷いて、周りの声に耳を傾ける。


 いけー、がんばれー、ファイト、まけるな。


(今日はうるさくない)


 たまに、応援でプレーに集中できないことがあるけれど、心配ないみたいだ。


「いいか、焦るな。お前の調子なら普通にぶつかれば勝てる」


 監督が少し背を屈め、私の背中に手を添えて。


「冷静に。だが熱く。お前の試合をしてこい」

「・・・はい!」


 その言葉と同時に、背中の手に力を込めて、ぐっと押してくれる。


(絶対に、勝つ―――)


 勝って、部長の試合への道筋を切り拓く。

 その強い思いとともに、私は一歩、足を踏み出した。

 決戦のコートの中へと。

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