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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
306/385

VS灰ヶ峰 ダブルス1 山雲・河内 対 泉・斎藤 "大好きなのに"

 私と泉は、中学に上がるまで本当に仲が良かった。

 何をするにも2人一緒。よく気が合い、同じものを同じように好きになり、1つのお菓子を2人で分け合って、笑いながら一緒に食べるような間柄だった。


「私、薫ちゃんのことが世界で1番好きー」

「あたしも、樹ちゃんが大好きだよ」

「一緒だね」

「うん!」


 まだ当時は互いのことを下の名前で呼んでいた。

 親同士も仲が良く、私たちのことを本当に気が合う仲の良い子たちと認識して―――

 絵に描いたような、『親友』。

 私たちはそのことを当たり前に思い、同じ時間を大好きな友達と2人で過ごしていた。


 それが、変わったのが―――


「今日から中学生だねー」

「なんか変わるのかなぁ」


 中学の入学式、それが終わった後、2人で何の気なしに会話をしていたときのこと。


「そういえばうち、テニス部が強いって」


 私がそう言おうとした、その瞬間。


「―――っ」


 見てしまった―――出会ってしまった。


「今日の練習、どうする?」

1年生(しんにゅうせい)はとりあえず監督に挨拶だって~」

「ああ、そういえば去年は私たちもやったなぁ」

「新入生が来るなんて、ゆんゆんするねえっ」

「ゆんさぁ、それ言ってて恥ずかしくない?」

「ひどい!!」


 先輩達の中に居る、一際目を引く―――頭一つ、背の低い。

 灰色の髪の色をした、美少女。


「今日から私らも先輩なんだなぁ」


 会話をするその仕草の一つ一つが、なんだかとてもつややかで、美しい。


「あ・・・」


 気がつくと、ため息を吐くように感嘆の声が漏れていた。

 そして。


「あの人・・・」


 ぼそり、隣の彼女"も"そうつぶやいたのを。


「なんて、言うのかなぁ」


 私は、聞き逃さなかった。


 そこにあったのは、ぽーっとし目つきで顔を赤くさせながら、のぼせ上がったように口を半開きにしている泉の姿。


 ―――思えば、この時が最初だった

 ―――"彼女"の事が、分からなくなったのは


 そう、泉が何をどういうつもりでそれを言っているのか、私には分からなかったのだ。

 今まで、互いが何を考えているかなんて、当たり前のように分かったし、分かり合えていたのに。


 この時から、私と泉の関係性は変わっていった。


「ちょっと泉! 打球は引きつけて! フォームの開きが早いんだよアンタは!」

「はぁ~? 斎藤に言われたくないんですけどぉ~? ちょっと自分が上手くいってるからって」

「アンタがこっちに合わせないからでしょ!」

「そっちが勝手なプレーばっかりするから!」


 むかつく。

 ムキになって、泉のほっぺをぎゅうと引っ張っる。

 すると向こうも同じ事をしてきて、あいつとは反対側のほっぺたが引っ張られる。


「アンタなんか、」

「斎藤なんか、」


 互いに相手を見つめて、私の場合はあいつを見上げるように視線を下から上へ、向けて。


『大っ嫌い!』


 いつも喧嘩の終わりはそんな言葉で相手を突き飛ばして終わるのだ。


「ありゃりゃ、今日は上手くいくと思ったのにぃ~」

「困ったな。ダブルスペアとしての相性は間違いないのに、この好不調の並というか、呼吸の合わなさは本当に・・・」


 ダブルスペアの先輩である、松田先輩と川崎先輩にも頭を抱えられてしまう。


「まあまあ」


 そこに。


「っ!」


 彼女が、


「2人とも筋は良いんだから、もうちょっとのびのびやればいいと思うよ」


 麻里亜先輩がやってきて、色が変わる。


 ―――まるで自分の世界に舞い降りた天使。

 この人が来るだけで、全てが覆ってしまうような感覚に陥る。


「「麻里亜先輩!」」


 不意に、声が重なった。


「・・・おい、」

「私の真似しないでくれるかしら?」

「あたしが先に麻里亜先輩に声かけたんだけど」


 じろり、と互いに相手の方を睨む。


「薫は樹に自分を合わせようとしすぎて変になっちゃってる。樹は薫と同じようにしようとして自分のプレーを見失ってる。悪いときに出るくせだよ」


 ああ、麻里亜先輩のありがたいお言葉が胸に刺さる。

 ありがたいし、嬉しい・・・。

 この人に気にかけてもらっているというその事実が。


「は、はい!」

「気をつけますっ」


 麻里亜先輩の方を真っ直ぐに見て、返事をする。


「そうそう、その息の合わせ方だよ」

「息・・・」

「合ってますか?」

「すごくね」


 先輩にそう言われるのは嬉しいけど、泉と息が合っているという実感はない。

 これはいつもなんだけど、別にこいつと無理に合わせようとは思わないのだ。合わないなら合わないで、それでいいと思っている。

 でも、先輩達や監督から言われるのは、調子の良いときはすごく合うからそのイメージを忘れるな・・・みたいなことで。


 意図せず、そういう風になっているんだとしたら。

 合わない原因は、一体何なんだろう・・・?





「泉!」

「斎藤!」


 互いの声が被る。


「「ぎゃっー」」


 そして互いに交錯して、その場に尻餅。


「40-15」


 簡単に、次のポイントを取られて。


「~~~っ!!」


 あたしは無性に腹が立ち、


「何やってんだよ!」


 その場で斎藤に向かって、叫び声を上げてしまった。


「えっ?」

「なに・・・?」


 応援する客席からも、さすがに困惑の声が漏れてきた。

 すぐに立ち上がってその場は繕ったものの、ざわざわとしたどよめきが少し残る。


 そりゃそうだろう。

 互いに協力すべきダブルスペアが、試合中に仲違いしているんだから。


「ナイスボレーです、先輩☆」

「うん。ラスト1ポイント、気持ちを引き締めていこう」

「はい~~~っ」


 なに、向こうのペアのあの感じ。

 後輩の方・・・って言っても、あたし達と同じ2年生だけど、先輩の方に尻尾振っちゃって・・・、まるで耳も尻尾も本当に生えているように見える。

 忠犬。

 あんなのただの犬だ。


(ムカつくんだよ)


 自分の恋が、上手くいって。

 きっと世界が七色に光って見えてるんだろうな。


 両想いで、相手の方もこっちを向いてくれて・・・。


「おい!」


 その時。


「しっかりしろ、泉!」


 斎藤に胸ぐらを掴まれて、そのままぐいっと、顔を近づけられる。


「アンタがやんなきゃ、誰が私に合わせるんだよっ」


 そのときの彼女の表情が、視界いっぱいに広がる。


「斎藤・・・?」


 きっとあたしの表情も、こいつの視界に映っているのだろう。

 だって、斎藤の目の奥に、あたしが居て。

 "こっち"を覗いているのだから。


「私たち、ここまで2人でやってきたじゃんか・・・!」

「・・・!」


 その瞬間。

 今まで食い違っていたものが、合致した感覚がした。


 本当に調子が良いときに訪れる・・・斎藤が何を考えているのか、ちょっとだけ分かるあの感覚。

 あれが大きくなったようなイメージ。


 ―――こいつが考えているのはきっと、あたしのことで


「・・・分かってるし」


 あたしが感じている、この感覚が正しいのなら。


「ぎゃーぎゃー騒ぐな。うるさいんだよ」


 『今、2人で出来ること』がなんなのか。

 ようやく分かった。


「次、レシーブ返したら同時に前に出る」


 斎藤とのすれ違いざまに、ぼそっと。

 あたし達にしか聞こえない声で作戦を伝える。


「これは賭け(ギャンブル)だよ。攻勢に出て、一気に巻き返す・・・!」

「アンタの作戦にしちゃあ、おもしろいじゃん」

「ばか。一言余計」


 いつもそうだ。

 こいつはうるさくて、がさつで。こっちの事なんかちっとも考えて無くて。


 だけど。


(あたしらは、それでやってきたんだ!)


 前衛のあたしから、後衛の斎藤へ。

 敵側に見えないよう、背中の後ろでサインを出す。


 ・・・アンタはそのまま前に上がればいい。あたしが斜め後ろに下がるから。


(2年間・・・すれ違ってばっかで、何も分かんなくて)


 白桜のペアみたいに、以心伝心、お互いに何も言わなくても分かりあえるなんて―――自分たちがそんな関係だとは、もう思わない。


(それでも、2人でやってきたんだよ!!)


 あたしらはあたしらのやり方で勝つ。

 その『ゴール』だけは、変わらない。


「ッ!」


 斎藤のレシーブと同時に。


「灰ヶ峰、前に出てきた!」


 2人同時に、前へ。

 敵後衛の対応が、追いつかない。

 中途半端な当たりがあたしの後ろへ飛んでくる。


「あたしが!」

「任せた!!」


 同時に、その言葉が出た。

 ああ、なんだろう。

 今だけは、ちょっとだけこいつとペアを組んでてよかったと思った。


「「いけーっ!」」


 2人の声が重なる。

 同じ事を思っていただろう。そして、その思いが―――


「40-30」


 あの白桜の敵ペアが、全く手も出ないような対角線をえぐるショットが、決まった。


 ―――このショットに、現れたのだ


「ゲームアンドマッチ、山雲・河内ペア。6-2」


 結局、ぼろ負け。

 今日は『調子が悪いとき』のあたしらだった。ただ、それだけのこと。


「泉、」


 ―――そう、思っていたのに


「私、気づいたよ」


 彼女のその言葉で。


「こんなに近くにあるものを、見落としてたんだね」

「斎藤・・・?」


 すべてが、狂ってしまった。


「遠くにある星を見続けてて・・・大切なものに気づいてなかった」

「ちょ、待って。なに言って」


 いつも通り、ダメだった。

 それでいいじゃないか。


 どうして―――


「だからさ」


 そんなあたしを搔き乱すようなこと、言うんだよ。


「アンタも私に気づいてよ」


 ずっと知らないふりを続けていれば、少なくともあたしたち2人は、このままの関係でいられたのに。


 この時の『あいつ』は。

 どこか、小学生の頃の『あの子』に似ていた。

 いつもの帰り道、夕陽の丘で手を振って、別れを惜しむように手を放した、あの彼女に―――

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