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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
305/385

VS灰ヶ峰 ダブルス2 菊池・野木 対 松田・川崎 "同じ3年間、違う3年間"



 5ゲームが終わって、4-1。

 さすがは本来なら灰ヶ峰のダブルス1を任されているペアだ。強い。

 急造ペアの私たちじゃ、刃が立たない相手なのかもしれない。


 だけど、


(負けたくない!)


 長いストロークのショットに、なんとか追いつく。

 それを対角線(クロス)に返すが―――私の打球じゃ、パワーが足りない。


「ッ!」


 敵の前衛に跳ね返されて、私と真緒の間を抜けていく。


「30-30」


 このままじゃ、まずい。

 何とか立て直さないと・・・。


 敵のサーブを処理する間にも、そんな事を考えてしまう。


 ―――もし、組むペアが真緒ではなく、藍原だったら


(あいつなら!)


 藍原の強い威力のショットを中心に組み立てて、正面突破。

 違う選手と組んで、改めて思う。

 あいつのショットの強さとサービスゲームでの有利さは、大きな・・・大きすぎる武器だ。

 あれが常にあったことの意味を、私はこの試合でひしひしと感じていた。


「真緒!」

「オーケイ」


 それでも。


「30-40」


 こうやってネットの前で軽やかなステップを踏み、飛ぶようにして点を取れるのは、真緒の天性の才能とセンスの良さによるものなのだろう。


「ナイスショット、真緒」

「私だってやれるんだぞってところを、ちょっとは見せないとね」

「真緒は十分凄いですよ」


 そう。

 私からしたら、真緒はいつも背中が見えているほど前を走っている選手だ。


 1年生の頃、最初の秋の大会で、レギュラーに選ばれた真緒。

 その後も1軍に居続け、先輩達とレギュラー争いを戦ってきた。

 レギュラー・ベンチ入りメンバーを落ちかけた時だって、選手の準備運動(ウォーミングアップ)の相手を率先して請け負ったり、常にチームに対して出来ることをやり続けてきた。


 監督が、3試合あるうちの1試合、コートに入る役目を真緒に預けているのだって相当の理由があるからだ。


 その彼女とダブルスペアを組んで、こうして試合に出ている・・・ちょっと、信じられないくらい。


(私は、万年2軍、少し1軍に上がれればいいくらいの選手だったッ!)


 そんな私と、1軍で戦い続けてきた真緒―――不思議な縁があるものだ。


(だって、もう私たち3年生でまだコート内でプレーが出来てるの・・・たったの5人なんですよ)


 チャンスボールが浮かび、上を見上げる。


 もう、5人。

 他のメンバーは"引退"してしまっている。

 自分がその5人の中に居るなんて、未だに実感がない。


 ―――そう、いつもそうだった


 私はこうやって、今ボールを見上げているように・・・"見上げてる"だけだった。

 テニスの名門、白桜。そこに居たすごい先輩達と、才能溢れる同級生たちを。

 時によっては、後輩に実力が抜かれていると実感したこともあったのだ。


 その私が、この試合を真緒と一緒に任されている。


(負けられない―――)


 ボールに合わせるように、ジャンプ。

 そして上からの弾道で、打球を叩き落とす!


「ゲーム」


 跳ねた、そのボールが、敵プレイヤーの間を抜けていく。


「菊池・野木ペア。4-2!」


 敵が強かろうと、そんなものは関係ない。

 今、私の中にある3年間全てをぶつけて、一緒に勝つんだ。


「このみ、ナイススマッシュ!」


 手のひらをこちらに向け、ハイタッチの構えを見せる真緒。

 それに―――


「ここからです。頑張りましょう!」


 思いっきり、パチンと。手のひらを合わせる。

 私たちは急造ペアでも、この胸の中にある3年間は、変わらない。

 真緒となら勝てるって―――そう思ったことは嘘じゃない。


 尊敬できる同級生。

 私の前を、ずっと"一緒に"走ってきた仲間。

 その1人と、こうしてダブルスを組んで試合に出られる喜びが、私の中には確かにあるんだ。




 試合に出たい。

 ずっとそう思ってきた。試合に出られたら、そこで精一杯のプレーをして、チームに貢献したいと。


 あたしに用意された舞台は、ダブルス。

 経験はあまりない。勿論、このみとペアを組むのも初めてのことだ。

 練習ではちょっとくらいやったこともあったかもしれないが、試合に出るのは勿論初めて。


 試合前、緊張して足が竦んだ。


(はは、情けないな・・・)


 いつも一匹狼気取ってるくせに。

 こういう時になるとこうなんだ。本番で力が出せない・・・それは今に始まったことではなかった。


 本番で、試合で力が出せないというのは、力が無いということと相違ない。

 あたしはそうやって、最初はレギュラーだった地位からも落ちていった。誰でもない、自分のせいだ。


 そんな、あたしに。


「真緒!」


 この子は。


「・・・ん」


 大きく手を広げ、にっこりと微笑んでくれた。


「愛情と信頼のハグ、やっときましょう!」


 それはいつも、このみと藍原が試合前にやっている、儀式みたいなものだった。

 あたしは何やってるんだあの2人・・・と、いつもその様子を見ていたけれど、なかなかどうして。


「・・・あたしで、いいの?」

「何言ってるんですか。今、私の前に居るのは真緒でしょう?」


 笑顔で語るこのみの表情は、あたしへの信頼に溢れていて。

 その笑顔に、柔らかい表情に―――救われた。


 ぎゅっと、このみを力いっぱい抱きしめる。


「あはは、ちょっと痛いですね」

「ご、ごめっ・・・!」

「大丈夫ですよ。いつもハグしてるのも、力任せな"きかん坊"ですから」


 笑うこのみの顔は、とてもかわいくて輝いていた。

 ああ、なんか。

 藍原がこのみに懐くの、分かるなって。改めてそう思う。


(この子・・・こんな柔らかい笑顔が出来るんだ)


 そりゃ、後輩からも慕われるよね・・・。

 ダメだダメだ。

 今は私なんて、と自虐的になる時じゃない。


 今は―――試合に、勝つ!


「気合入れていこう!」

「はい!!」


 自分に向かって言ったつもりが、このみも返事を返してくれた。

 結果的にそれが、試合前のかけ声みたいになって、気持ちが引き締まった。


 ―――試合に入ると、


 やっぱり、敵ペアは強かった。

 関東大会の中でも上位レベルの灰ヶ峰の、本来ならダブルス1を任されているペア。チームでナンバー1のペアだ。咲来と河内が試合をして、ようやくどうにかなるレベルの相手。

 急造ペアの私たちじゃ苦しいことは、やる前から分かっていた。


 それでも。


(負けてたまるか!)


 あたしに残されたゲームは、多分もうこの1試合しかない。

 全国大会で自分に出番があるかと言われれば自信は無いし、この試合すらチーム状況が苦しい中で転がり込んできた好機だと思う。

 だから、全力で―――"後悔の残らないように"、


(あたしの、3年間をぶつける!!)


 後悔なんて、してまるか。

 今まで散々後悔してきたんだ。

 だから、今日は。今日の試合だけは、最後までやり通す!


 ラスト、その打球が、あたしの方に飛んできたのは、何かの運命だったのだろうか。

 手がちぎれるんじゃないかってくらい、腕を伸ばす。ラケットを伸ばす。

 だが、その向こうを・・・その先を、打球は超えていく。


「ゲームアンドマッチ、」


 ああ、終わったのかって。


「ウォンバイ、松田・川崎ペア!6-3!」


 挨拶をして、敵ペアと握手を交わした時も、どこかココロここに在らずという感じだった。


「真緒、」


 だけど。


「これで終わりじゃないですよ」


 このみに言われたその一言が。


「私たちは全国大会へ行きます! そこできっと出番が回ってきます、だから」


 諦めかけていた私の首根っこを掴んで。


「これからも練習、頑張りましょう!!」


 コートに引き戻してくれたような気がした。


 『練習を頑張ろう』


 その言葉には、ここまでの積み上げと・・・私たちの『日常』が詰まっていた。

 そして、これからもその日々は続くんだと、このみに背中を押された気がしたのだ。


 もう3年生で残っているのは、"私たち5人だけ"。


 その数少なくなった仲間に、"まだ続きはあるんだ"と―――彼女は、そう言ってくれている。

 それを、想っただけで。


「う゛ん゛・・・っっ!」


 気づけば、涙が頬を伝っていた。

 もっと何か出来たんじゃないか。もっと上手く出来たんじゃないか。

 あたしが頑張れば、勝てたんじゃないのか―――そんな思いが、流れ出してきたようで。


「よかったわ、2人共!」

「コーチ」

「あの松田・川崎ペアに3ゲーム取れたなんて、やっぱり監督の采配は間違っていなかった。貴女たちが今、このチームで2番目に強いダブルスペアであることの証明だと思います」


 そう言われただけで、救われた気がする。


(あたしのやってきたことって、無駄じゃなかったんだ)


 少しでも、チームに貢献できたのなら。

 あたしはいつもそう思って、やってきたのだから。


 大好きな白桜というチームの役に立てて、よかった―――

 最後はそう思って終われるような。

 そんな3年間になれるよう、明日からも頑張って、"練習"したい。

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