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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
304/385

VS 灰ヶ峰 シングルス3 龍崎麻里亜 5 "龍崎麻里亜"

 幼い頃からかわいい子だね、天使みたいだと言われてきた。

 だけど、私は物心ついてから、その言葉をあまり好意的には受け止められないでいた。


 かわいいと褒められるより、かっこいいと尊敬されたい。

 同じ羨望のまなざしを向けられるのなら、そういう風に見られたいという気持ちが大きくなっていったのだ。

 周囲や親は私が"女の子らしく"、おままごとをやったり、音楽なんかを習うと喜んでくれた。

 私を評する言葉は、いつも同じものばかり。


 ―――やがて私は、それに反発するようにスポーツを始めた


 居心地が悪い"大人達が評する私"ではなく、"自分で選んだ私"になるために。

 色々なスポーツをやって、たどり着いたのがテニスだった。

 ここでなら、私は私を表現できる。ありのままの自分でいられるのが、嬉しかった。


 私にはテニスの才能があった。

 めきめきと頭角を表していき、やがては埼玉を代表するような選手にもなれた。


「麻里亜ちゃんかっこいいー」

「さすがは代表選手、違うね」

「えー? 麻里亜ちゃんはどっちかっていうと、かわいいじゃない?」

「あ、そうかも。だって」


 ―――だが、


「「ちっちゃくて、かわいいもんね」」


 現実とは思うようにいかないものだ。

 私の身長は小学校中学年程度で止まり、それから一切伸びることがなくなってしまった。


 身長の止まった私は、他の子と比べても頭一つ小さく、また「かわいい」と呼ばれるようになっていた。

 今度は「小さい」という理由から。


(うるさいなぁ、もう)


 いつもこうだ。

 私がどう頑張っても、周囲の評価は自分が思った通りのものにはならない。


「龍崎麻里亜。中学はどこへ進学するんだろう」

「でも、あの身長じゃ中学でやるには厳しい・・・」

「才能は本物なんだけどなぁ。うちはいいかな」

「あと10cm大きければ」


 雑音。

 世間の声はいつもそうだった。

 うるさい、うるさい、うるさい。

 こんなに思い通りにならないのなら―――


「ゲーム、龍崎麻里亜。6-0・・・」


 ―――黙らせてやる!!


 私はコート上で、その敵コートに居る、"高身長が武器"の選手を見下げる。


「こんなもんか・・・」


 自然と、そんなつぶやきが零れる。


「私の敵じゃないね」


 この身長でも、やれる。

 この身長だからこそ、出来るプレーがある。


 小さな身体を目一杯使ってのネットプレー。

 飛びつくようにボールにジャンプし、全身を大きく使ってボールに食らいつくプレー。

 ボールをより高い打点で叩くために編み出したジャンピングサーブ。飛ぶようにステップを踏むことで目線を上げさせ、ジャンプした先でボールを叩くダイナミックなテニス。


 逆にこの身長だから、常識にとらわれないテニスを覚えることが出来た。


 ―――いつしか私は、全国でも指折りのシングルスプレイヤー・・・『関東三強』にまで上りつめていた


 身長のことでうだうだ言ってくる奴は、全員実力で黙らせた。

 背の高低=馬力の高さではない。

 小さな身体でも日々鍛えることで、パワーは高めることが出来るし、いくらでも馬力は身につく。


「麻里亜ちゃん、こっち向いて~」

「えへへ。ピースピース」


 いつの頃からか、


「きゃー、かわいいー」


 かわいいと言われることへの抵抗もなくなっていた。

 小さいからかわいい。安直に思われるかもしれないが、実際それが心理だ。

 人は見た目で大きく左右される―――そういう、ものだから。


 ―――逆に、このかわいい容姿で


(大好きな女の子と、いっぱい仲良くなれることもわかった)


 私の見た目は人目に付く。

 これを活かせば、人の輪の中心に入ったり、自分から輪を作って大きくすることだって可能だった。


 昔から女友達の中心に居ることが大きかったし、彼女たちと仲良くなることが大好きだった。

 たくさんの女の子たちときゃっきゃうふふと仲良く出来れば、こんなに楽しいことはない。


 中学2年生になり、部長も任されるほどの立場にもなった。

 私は今まで手にした全てで、この灰ヶ峰を全国の舞台で勝てるチームにしてみせる。

 そして私自身ももっと有名になって、もっといろんな女の子に囲まれるようになりたい。

 うふふなハーレムを、この手で作り上げたい。


 私は、欲張りだから。

 1つの目標では飽き足りないし、満足も出来ない。だから―――





「・・・くっ!」


 また打球が強くなった。

 前に出られている分、一撃で仕留められないとこういうことになる。


 ―――本来得意とするプレーでごり押しされる感触


 高めに外しても、それでも飛びついてボールに食らいついてくる龍崎選手。


「麻里亜、ビーム!」


 特に強烈なのが、あの下に振り下ろしてくる打球・・・!


「30-40」


 あれには手が出ない。

 追いつくとか追いつけないとかじゃなく、決められた瞬間に「もうダメだ」と分かるショット。


(ほとんどスマッシュに近い・・・っ)


 あんな強さのショットが放てるんだ。

 一体どれだけの練習を重ねたら、あそこまで辿り着けるのだろう。

 どれだけの試合を勝ち抜いたら、あれほどまでの力が手に入る・・・。


(強い・・・!)


 掛け値なしでそう言える圧倒感。

 今までの敵とは明らかに違う雰囲気、凄味。


「マッチポイントだー!」


 どこからとなく、状況を知らせる声援が飛んでくる。

 そう。こんなギリギリまで、追い込められているのに。


(熱い)


 身体の奥底が、煮えかえるように熱い。


(試合の途中から、この感覚が戻ってきた)


 血が沸騰する。

 高揚感で頭が突き抜ける。

 この一瞬に、全てを注ぎ込めるとさえ思う、この感覚―――


「えへへ」


 自然と、笑みがこぼれた。


 楽しい。

 こうやっていられることに、幸せを感じる。


 ―――右手でトスをして、そのボールを


「行きます!!」


 叩く(インパクト)


「ッ!」


 上手くいった。

 今日イチの鋭いサーブ。

 ここに来て、これを繰り出せる調子の良さは、確かにあるのだ。


「くっ!」


 しかしそれも、簡単に返されてしまう。

 飛んできたのは鋭いサーブに負けないような、威力のあるレシーブ。


(ダメだ)


 打球が浮く。


 その浮いたボールを、ただ下から見上げることしか出来ない。

 落ちてくるその一瞬、時間が止まったように思えた。

 打球がゆっくりと、影が重なりながら落ちてくる。わたしはそれを、あっけにとられたように見て―――


「麻里亜、」


 次の瞬間。


「ビーム!!」


 打球が大きく弾むその様子を。

 見送ることしか、出来なかった。


「ゲームアンドマッチ」


 審判の声が、一瞬訪れた静寂に、鳴り響く。


「ウォンバイ、龍崎麻里亜。6-1!」


 ああ、


(なんだ)


 嘘みたいだ。

 嘘みたいに、呆気ない。

 負けた。

 わたしは、負けたんだ。


 完敗―――


 ほとんど何も出来なかった。

 何も出来ないまま、終わってしまった。

 『関東三強』に対して、わたしレベルじゃ、手も足も出なかった。


 そう、思った瞬間に。


「~~~」


 気持ちが混み上がってきて。

 それを食い止めるように、ずずっと鼻をすする。


(我慢だっ・・・!!)


 ここは、我慢。

 何も出来なかったからこそ、上を向け。前を見るんだ。


 そう思いながら、わたしはなんとか、その込み上げてくるもの御することが出来た。

 何かに呑まれそうになる感覚から、少しの間だけでも、逃れられたのだ。


「・・・キミは、」


 試合の最後。

 互いに握手をかわす時、


「私によく似ているね」


 龍崎さんに、そう囁かれた。


「独特の見にくいフォームから繰り出されるデタラメな『揺れ球』・・・、自分でも理論とか原理とか、よく分かってないんだろ?」

「は、はい。そうです・・・けど」


 わたしは、ただその言葉に、頷いて。


「勝てればなんでもいい。強くなれれば、方法論や過程にはこだわらない―――私も同じだよ。身長がなくても勝てるテニス・・・『形』にこだわってたら、ここまでは来られなかったと思う」

「・・・!」

「"何でもいいから強くなりたい"。根底にあるその気持ちは、大事にしな」


 握ったその手が、少し熱かったのを覚えている。


「そうやって勝っていきゃあ、そのうちもっと楽しくなるよ」


 最後に見せたその笑顔が、大輪に咲く花のように綺麗で。

 やっぱりこの人、


(かわいい)


 素直にそう思えた。

 可愛らしいし、こう言うところにみんなが好きになるんだろうなって。


「・・・、はい!」


 そう、分かったから。


 わたしは握られた手に、もう片方の手を重ねて。

 強く、大きく。何かに応えるように―――この人の言葉に、返事をしていた。

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