VS 灰ヶ峰 シングルス3 龍崎麻里亜 5 "龍崎麻里亜"
幼い頃からかわいい子だね、天使みたいだと言われてきた。
だけど、私は物心ついてから、その言葉をあまり好意的には受け止められないでいた。
かわいいと褒められるより、かっこいいと尊敬されたい。
同じ羨望のまなざしを向けられるのなら、そういう風に見られたいという気持ちが大きくなっていったのだ。
周囲や親は私が"女の子らしく"、おままごとをやったり、音楽なんかを習うと喜んでくれた。
私を評する言葉は、いつも同じものばかり。
―――やがて私は、それに反発するようにスポーツを始めた
居心地が悪い"大人達が評する私"ではなく、"自分で選んだ私"になるために。
色々なスポーツをやって、たどり着いたのがテニスだった。
ここでなら、私は私を表現できる。ありのままの自分でいられるのが、嬉しかった。
私にはテニスの才能があった。
めきめきと頭角を表していき、やがては埼玉を代表するような選手にもなれた。
「麻里亜ちゃんかっこいいー」
「さすがは代表選手、違うね」
「えー? 麻里亜ちゃんはどっちかっていうと、かわいいじゃない?」
「あ、そうかも。だって」
―――だが、
「「ちっちゃくて、かわいいもんね」」
現実とは思うようにいかないものだ。
私の身長は小学校中学年程度で止まり、それから一切伸びることがなくなってしまった。
身長の止まった私は、他の子と比べても頭一つ小さく、また「かわいい」と呼ばれるようになっていた。
今度は「小さい」という理由から。
(うるさいなぁ、もう)
いつもこうだ。
私がどう頑張っても、周囲の評価は自分が思った通りのものにはならない。
「龍崎麻里亜。中学はどこへ進学するんだろう」
「でも、あの身長じゃ中学でやるには厳しい・・・」
「才能は本物なんだけどなぁ。うちはいいかな」
「あと10cm大きければ」
雑音。
世間の声はいつもそうだった。
うるさい、うるさい、うるさい。
こんなに思い通りにならないのなら―――
「ゲーム、龍崎麻里亜。6-0・・・」
―――黙らせてやる!!
私はコート上で、その敵コートに居る、"高身長が武器"の選手を見下げる。
「こんなもんか・・・」
自然と、そんなつぶやきが零れる。
「私の敵じゃないね」
この身長でも、やれる。
この身長だからこそ、出来るプレーがある。
小さな身体を目一杯使ってのネットプレー。
飛びつくようにボールにジャンプし、全身を大きく使ってボールに食らいつくプレー。
ボールをより高い打点で叩くために編み出したジャンピングサーブ。飛ぶようにステップを踏むことで目線を上げさせ、ジャンプした先でボールを叩くダイナミックなテニス。
逆にこの身長だから、常識にとらわれないテニスを覚えることが出来た。
―――いつしか私は、全国でも指折りのシングルスプレイヤー・・・『関東三強』にまで上りつめていた
身長のことでうだうだ言ってくる奴は、全員実力で黙らせた。
背の高低=馬力の高さではない。
小さな身体でも日々鍛えることで、パワーは高めることが出来るし、いくらでも馬力は身につく。
「麻里亜ちゃん、こっち向いて~」
「えへへ。ピースピース」
いつの頃からか、
「きゃー、かわいいー」
かわいいと言われることへの抵抗もなくなっていた。
小さいからかわいい。安直に思われるかもしれないが、実際それが心理だ。
人は見た目で大きく左右される―――そういう、ものだから。
―――逆に、このかわいい容姿で
(大好きな女の子と、いっぱい仲良くなれることもわかった)
私の見た目は人目に付く。
これを活かせば、人の輪の中心に入ったり、自分から輪を作って大きくすることだって可能だった。
昔から女友達の中心に居ることが大きかったし、彼女たちと仲良くなることが大好きだった。
たくさんの女の子たちときゃっきゃうふふと仲良く出来れば、こんなに楽しいことはない。
中学2年生になり、部長も任されるほどの立場にもなった。
私は今まで手にした全てで、この灰ヶ峰を全国の舞台で勝てるチームにしてみせる。
そして私自身ももっと有名になって、もっといろんな女の子に囲まれるようになりたい。
うふふなハーレムを、この手で作り上げたい。
私は、欲張りだから。
1つの目標では飽き足りないし、満足も出来ない。だから―――
◆
「・・・くっ!」
また打球が強くなった。
前に出られている分、一撃で仕留められないとこういうことになる。
―――本来得意とするプレーでごり押しされる感触
高めに外しても、それでも飛びついてボールに食らいついてくる龍崎選手。
「麻里亜、ビーム!」
特に強烈なのが、あの下に振り下ろしてくる打球・・・!
「30-40」
あれには手が出ない。
追いつくとか追いつけないとかじゃなく、決められた瞬間に「もうダメだ」と分かるショット。
(ほとんどスマッシュに近い・・・っ)
あんな強さのショットが放てるんだ。
一体どれだけの練習を重ねたら、あそこまで辿り着けるのだろう。
どれだけの試合を勝ち抜いたら、あれほどまでの力が手に入る・・・。
(強い・・・!)
掛け値なしでそう言える圧倒感。
今までの敵とは明らかに違う雰囲気、凄味。
「マッチポイントだー!」
どこからとなく、状況を知らせる声援が飛んでくる。
そう。こんなギリギリまで、追い込められているのに。
(熱い)
身体の奥底が、煮えかえるように熱い。
(試合の途中から、この感覚が戻ってきた)
血が沸騰する。
高揚感で頭が突き抜ける。
この一瞬に、全てを注ぎ込めるとさえ思う、この感覚―――
「えへへ」
自然と、笑みがこぼれた。
楽しい。
こうやっていられることに、幸せを感じる。
―――右手でトスをして、そのボールを
「行きます!!」
叩く。
「ッ!」
上手くいった。
今日イチの鋭いサーブ。
ここに来て、これを繰り出せる調子の良さは、確かにあるのだ。
「くっ!」
しかしそれも、簡単に返されてしまう。
飛んできたのは鋭いサーブに負けないような、威力のあるレシーブ。
(ダメだ)
打球が浮く。
その浮いたボールを、ただ下から見上げることしか出来ない。
落ちてくるその一瞬、時間が止まったように思えた。
打球がゆっくりと、影が重なりながら落ちてくる。わたしはそれを、あっけにとられたように見て―――
「麻里亜、」
次の瞬間。
「ビーム!!」
打球が大きく弾むその様子を。
見送ることしか、出来なかった。
「ゲームアンドマッチ」
審判の声が、一瞬訪れた静寂に、鳴り響く。
「ウォンバイ、龍崎麻里亜。6-1!」
ああ、
(なんだ)
嘘みたいだ。
嘘みたいに、呆気ない。
負けた。
わたしは、負けたんだ。
完敗―――
ほとんど何も出来なかった。
何も出来ないまま、終わってしまった。
『関東三強』に対して、わたしレベルじゃ、手も足も出なかった。
そう、思った瞬間に。
「~~~」
気持ちが混み上がってきて。
それを食い止めるように、ずずっと鼻をすする。
(我慢だっ・・・!!)
ここは、我慢。
何も出来なかったからこそ、上を向け。前を見るんだ。
そう思いながら、わたしはなんとか、その込み上げてくるもの御することが出来た。
何かに呑まれそうになる感覚から、少しの間だけでも、逃れられたのだ。
「・・・キミは、」
試合の最後。
互いに握手をかわす時、
「私によく似ているね」
龍崎さんに、そう囁かれた。
「独特の見にくいフォームから繰り出されるデタラメな『揺れ球』・・・、自分でも理論とか原理とか、よく分かってないんだろ?」
「は、はい。そうです・・・けど」
わたしは、ただその言葉に、頷いて。
「勝てればなんでもいい。強くなれれば、方法論や過程にはこだわらない―――私も同じだよ。身長がなくても勝てるテニス・・・『形』にこだわってたら、ここまでは来られなかったと思う」
「・・・!」
「"何でもいいから強くなりたい"。根底にあるその気持ちは、大事にしな」
握ったその手が、少し熱かったのを覚えている。
「そうやって勝っていきゃあ、そのうちもっと楽しくなるよ」
最後に見せたその笑顔が、大輪に咲く花のように綺麗で。
やっぱりこの人、
(かわいい)
素直にそう思えた。
可愛らしいし、こう言うところにみんなが好きになるんだろうなって。
「・・・、はい!」
そう、分かったから。
わたしは握られた手に、もう片方の手を重ねて。
強く、大きく。何かに応えるように―――この人の言葉に、返事をしていた。




