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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
301/385

VS 灰ヶ峰 シングルス3 龍崎麻里亜 2 "その頂はまだ遠く"

「ゲーム、龍崎麻里亜。1-0」


 デュースを3回繰り返した結果、最初の1ゲームを落としてしまった。


「ちかれた~。1ゲーム目からこれじゃあ先が思いやられるよ~」


 龍崎選手は少しお道化(どけ)ながら。


「まぁ」


 しかし、声色を変え、顔の近くで小さく片手ピースを作ると。


「次のゲームからはもっとスムーズにいけるだろうけどねぇ」


 くしゃっとした笑顔を浮かべながら、ベンチへと下がっていく。


「・・・」


 わたしはと言えば、何かココロここに在らずという感じだった。


 頭の中がぼうっとする。

 それでもベンチへと一歩一歩・・・歩いて行く。


「どうした」


 そこに居たのは。


「納得できていない、という顔をしているな」

「監督」


 いつも通り、腕を組んでたたずんでいる、この人で。


「龍崎相手に、サービスゲームをブレイクされたとはいえ、押し負けていなかった。接戦まで持ち込めたのは正直に誇って良い」

「誇って・・・」


 落としたのに?

 だけど、確かに―――"関東三強"と呼ばれるプレイヤーに、一方的に負けている感じはしなかった。


「相手がいくら強敵とは言え、(すく)むな。怯えるな。同等レベルの相手だと思って、食らいついていけ」


 食らいつく・・・。

 監督の言った言葉を、頭で反復させる。


「諦めなければこの試合、必ず反撃のチャンスは訪れる。楽をしようとするな! 泥臭く、粘り強いテニスをしてこい!」

「・・・、はい!」


 泥臭く、粘り強く―――

 そうだ。白桜に入ってから、そういう先輩達の姿をたくさん見てきたじゃないか。

 あの人達は何があっても諦めず、どんなにキツい場面でもそうやって切り抜けてきた。


(楽をしようとするな・・・!)


 楽をしたら、勝利なんて掴めるはずがない。

 ましてや、対戦相手はあの人―――

 諦めず食らいついていった、その先だけに・・・勝利の二文字がある。


(気合を入れ直せ、わたし!)


 バチン、と両頬を思い切り叩く。


「・・・よし!」


 気合、入った。

 サービスゲームを1つくらい落としただけでなんだ。

 簡単にサービスエース連発で勝てるような相手じゃないのは、とっくに分かっていたはずだ。

 1つ1つのプレーに魂を入れて、反撃の時を待つ・・・!


(それが出来る練習を、やってきた)


 関東三強相手でも、その練習の成果を出す。

 それだけのことじゃないか。


 コートに入って、レシーブ位置に立つ。

 敵コートでは、龍崎さんがラケットを手のひらでくるくると回しながら、こちらが戻ってくるのを待っていた。


「はじめようか」


 彼女は、こちらに向かってそう言って口角を上げる。


「言っておくけど、私・・・サーブは得意、なんだよねぇ」


 次の瞬間―――


「あれはっ・・・!」


 龍崎選手が、空中に大きく舞う。


「ジャンピングサーブ!!」


 その小さな身体を全身目いっぱい使ってのサーブ―――わたしから見たらそれほど高い位置でインパクトされたわけではないが、今までの打点よりは断然高く、目線が上がる。


 そのサーブが、サービスコートの隅で跳ねた。


「15-0」


 あっという間に、1点。


『わあああぁぁぁ』


 大きな声援に応えるように、手を挙げる龍崎選手。


「麻里亜さまー!」

「もう1本いきましょう、部長ーっ!」


 敵応援団にも、勢いが出始めている。


(・・・まずい)


 このままじゃ、呑まれてしまう。

 敵の応援に。このムードに。何より、龍崎麻里亜という選手のオーラに。


(大丈夫、手も足も出ないようなサーブじゃない)


 まりか部長のジャンピングサーブを思えば・・・。

 あの人のサーブは上から振り下ろすような、角度のついたサーブだった。

 対して龍崎選手のサーブは、ボールに勢いをつけるためのサーブ。

 なぜならあの人は身長が低い。その低い打点より、普通のプレイヤーの打点に近づける意味でジャンピングサーブを選択したんだろうけど、それならマイナスがゼロになったのと同じこと。


(しっかり見定めて、インパクトすれば・・・!)


 ―――!?


 手にずしり、と思いものが乗っかったようだった。

 自分のスイングができず、ボールが軽く浮く。

 それを龍崎選手はしっかりと隅に決めて、着実に点を取ってきた。


「30-0」


 今の・・・。


「言ったでしょ?」


 わたしが呆然としているところに、龍崎選手はにやりとしながら、ラケットを担ぐようにして肩にかけ。


「サーブは得意だって」


 自信満々に、そう言ってくる。


(これが、『全国』のサーブ・・・!)


 本人が"得意"と言っているだけのことはある。

 まるで、龍崎選手の全体重が乗っているような、重いサーブ。

 スピードと弾道だけじゃない、ボールそのものにもしっかり力のある打球。


 ―――嘘だ


 こんなに遠いはずがない。

 確かに、全国というのはわたしには不釣り合いな大きな舞台だ。

 そこでやっている一線級の選手が凄いことなんて、分かり切っていた。


 それでも。


(遠すぎる、こんなの・・・!)


 あまりに遠いじゃないか。

 こんなにも高く、険しいものなのか。

 全国レベルは―――


「40-0」


 ここまで遠いはずがない。

 遠いはずないんだ。こんなにも、何も見えないわけがない。

 わたしだって、名門白桜でレギュラーを張れる選手になったはずだ。

 ここまで、強い敵をたくさん倒してここに居る。ここに立っているのに。


 まだ、こんなにも足りないものか。

 こんなにも、わたしはちっぽけで何も持っていないのか。


 ―――レシーブを見事に狙い打たれ、わたしは打球を見送ることしかできない


「ゲーム、龍崎麻里亜。2-0」


 ・・・強すぎる。

 わたしが今、戦うには―――あまりに堅牢すぎる壁。


「良い表情(かお)だね」


 龍崎選手の言葉が、抵抗するものの無くなった心に突き刺さる。


「ハッキリ言おうか」


 わたしはその瞬間、少しだけ顔を上げ、彼女の方へ首を傾ける。


「君は弱い」


 ゾッとした。

 絶望のあまり、顔から血の気が引いていくのが分かった。

 身体中が冷たくなったような感覚。

 "熱"が、消えていく―――


「せいぜいあがいて見せな。まだ若く、弱い選手(プレイヤー)


 ・・・。


「・・・がう」


 違う。


(わたしは、)


 ここまでやってきたことが、否定される怖さ。

 何も保障のない場所で、たった1人にされる恐怖。


「わたしは、弱くなんてない!」


 ここまでの実力差を見せつけられて尚、その気持ちだけは曲げられなかった。


「この試合、ぜったいに勝って見せますっ」


 精一杯、その強がりを吐き出す。

 分かってる。自分が正しくなんてないことくらい、とっくに分かっている。

 これが何の根拠もない言葉だってことくらい、頭で理解しているつもりだ。


 ―――それでも、


(勝負は捨てられない!)


 サービスゲーム。

 ここで良いサーブを続けられれば、まだ可能性はある。


(わたしの、サーブで!)


 敵を黙らせて見せる。

 その気持ちで思い切りサーブを打ち込む。


 しかし。


「ッ!」


 簡単に返され、難しい打球が中央に飛んで行った。

 それを何とかバックハンドで広い、敵コートに返すが―――


「0-15」


 長いストロークのショットをベースラインぎりぎりに決められ、手を思い切り伸ばして当てに行くも、届かない。


(サーブも、通用しないっ・・・!)


 どうしよう。

 どうすればいい。

 こんな時、今までどうやって切り抜けてきた? どうやってこういう相手に勝ってきた?


 ―――胸をぎゅっと掴んで、自分の心に問うてみるも


 そこには、


「え・・・」


 何もなかった。


 この問いの答えを、わたしは持ち合わせていない。

 "今まで"―――そうは言っても、わたしの(つちか)ってきた経験など短く、浅い。こんな強力な相手の前で自信を持てる、その自信がないのだ。


(これが、"黒い感情"の正体・・・)


 そっか、わたし、この試合ずっと―――

 『不安』だったんだ。

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