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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
300/385

VS 灰ヶ峰 シングルス3 龍崎麻里亜 1 "全国区"

 全体ミーティングの時、監督から次の試合への作戦を聞いた。


「麻里亜。貴女にはシングルス3か2でトドメの役を担ってもらいたい」

「ん~」


 対戦相手は白桜女子。

 私は白桜のスコア表を見ながら、1つのことを思案していた。


「祥子ちゃん、ちょい待って」

「だから、監督と呼べと何度言えば・・・」

「この藍原って選手・・・、今まで公式戦で負けたことないよね?」


 その言葉を聞き、監督はふと手を止め、スコアに再び目を通し始める。


「本当だ。ダブルスもやっている選手だから気に留めていなかったが・・・、ダブルスを含めて出た試合で負けたことがない選手のようだ」

「なるほどねぇ」


 丁度、この選手は気になっていたところだ。

 藍原有紀―――この子からは、"同じ匂い"がする。


「白桜はこの選手をシングルス3で使ってくる可能性が高いんだったよね?」

「そうだが」

「じゃあ私、シングルス3で試合に出る」


 そう、確かめてみたかったのだ。


「まだ負けたことがないこの子の相手は、双葉やゆんじゃ不安があるんじゃないかな?」


 "この直感"が、正しいかどうか。


「確かに、ただのジンクスにしても関東大会まで負けたことないのは気になる・・・。それに双葉にはこっちの水鳥選手の方が相性がいい。ならば、麻里亜を藍原選手にぶつけるのもやぶさかではないな」

「いいねえ、さすが祥子ちゃん。話が分かる~」


 だから何度も言うように監督と呼べと・・・、と小言が入ってくるが、気にしない。


 藍原有紀。

 直接私が、やっつけてやるよ。君の無敗伝説もここで終わりだ。

 今まで君がシングルスでぶつかってきたのは1年生ばかり―――私みたいな"大物"とは、はじめてのはずだ。


 ―――ここで君を計ってあげる


(君の実力が本物かどうかも・・・多分、分かる)


 コートで直接戦ってみれば、分かることもあるもんだ。この龍崎麻里亜に対して、どこまでの試合ができるのか。

 久我まりかとの勝負を"放棄"してでも、戦う理由のある相手が出来てよかった。


「そうじゃなきゃ・・・やり甲斐がないからね」





「ふぅ」


 じゃんけんでサービス権を獲った。これは大きい。

 この1セットマッチで、わたしみたいなプレイヤーがサービス権を獲る意味を、ここまでひしひしと感じて勝ち上がってきたはずだ。


 指先に息をかけ、指1本1本を動かす。

 ボールを右手でつかんで、コートに慣らせるようにバウンドさせ、左手でラケットをぎゅっと握る。


(相手は関係ない。わたしは自分のサーブを、あそこに打ち込む・・・!)


 今日も、コート内には誰も居ない。

 わたしが、わたしの判断でプレーするのみ。


 ちらっと、ベンチの方を見る。


(監督・・・)


 あの人が見ている。

 見ていてくれている。

 その前で、無様なプレーはできない。

 この大一番で、わたしをここに任せてくれたんだ。それに、応えられるようなプレーを―――


0-0(ラブオール)


 審判のコールが聞こえ、試合が始まる。

 大きく息を吸い、そして頭の中で考える。

 何を打つべきなのか・・・と。


(初見の相手、自分に喝を入れる意味、景気づけ・・・)


 そのすべての意味でも―――まずは、『これ』から始めたい。


 右手でボールをぽーんと打ち上げ、左腕をしならせる。

 そして思い切り、今あるすべての力を込めて、打ちだす。

 まずは・・・!


(フラットサーブ!!)


 これで、わたしの力を龍崎選手(あいて)に示す!!


 良い、小気味のいいサーブが放てた。

 今の理性的なフォームができたし、インパクトの瞬間、力も上手く伝わった。

 何より、感触が良かった。ボールは力を持って突き進み、ネットを超えてサービスコートに落ちる。

 そしてそれが低いバウンドで跳ねる。ここもイメージ通りだ。


 ―――龍崎選手はそれを、

 ―――打てなかったのか、それとも打たなかったのか


 途中で追うのをやめ、見送った。


「15-0」


 そのコールが、聞こえた瞬間。


『わああああぁぁ!!』


 大きな声援が、わたしを包み込む。


「よっしゃあ! さすが白桜の切り込み隊長!」

「龍崎麻里亜相手にサービスエースだ!」

「藍原さんさすがーーー!!」


 よし、よし。

 いいぞ。いい。

 いつも通り、決めることができた。

 強敵を相手にしても、"自分のテニス"をこれで始められる。自分のペースで試合に入ることができたのだ。


(大丈夫、わたしはやることをやるだけ)


 返ってきたボールを受け取り、両手でこねるようにして手で慣らす。

 今日のボールはちょっと固い・・・ような気がする。手にしっかり馴染ませておかないと・・・。

 こんなことを考えられるのも、ちょっと余裕ができてきた証拠なのかな。


 ―――2球目、


 今度は、ブレ球の調子を見たい。

 あれが使えるかどうかで、わたし自身の調子みたいなものも見られる一面があるから。


 全体のショットにも関連してくる、わたしの決め球。


 左腕を、いつものように大きく反って、なるべく相手から見づらいように、身体を開かないように・・・!


(ボールを、押し込む!)


 ラケットの面でボールをとらえ、押すように前へ。

 そして、振りぬく!


「いけっ!!」


 ラケットを振った瞬間、ボールが絶妙なブレ加減で揺れたのが見えた。

 うまい具合に打球が動いてくれている。これは相当、調子がいい時だ。

 初見の相手には辛いはず―――そう思った時。


「ッ!」


 龍崎選手が、サーブに向かってラケットを振り。

 それが捉えられず、流れるように右へ―――


「30-0」


 また、大歓声が聞こえた。

 今日の試合は"このコート"に観衆(ギャラリー)が集まってくれているようだった。


(注目・・・されてるんだ)


 わたしが、なのか。

 龍崎さんが、なのかはわからない。

 だけど、どっちにしろ・・・たくさんの人に見られている。

 その中でプレーをしている。そのことに変わりはない。


 わたしが―――田舎から出てきて、最初は何もなかったわたしが。

 こうして多くの人たちに囲まれて、多くの人たちに声援の送られて、テニスを出来ている。

 そのうれしさったら、なかった。


(この人達に、恥じないプレーを・・・!)


 3球目、再びフラットサーブをコートに打ち込み、それを―――


「!?」


 今度は、右に流されたその打球が、矢のようにコート内に刺さる。


「・・・、」


 思わず、言葉が出なかった。

 何もできず、何も思うことさえできず、その打球を見送る。


(今・・・)


 何が、起きたの・・・?

 そんなことすら思うほどの、鋭く低い弾道。


「あー、やれやれ」


 気づくと、目の前にいる小さな小さなプレイヤーが。


「ようやくタイミングがあったか」


 自分のラケットのガットをぎゅうぎゅうと掴みながら、少し首を捻って、こちらに視線を向けていた。


「差し込まれるんだよなー、普通にスイングしてると。ワンテンポ遅れてくるんだ、打球が」


 彼女が語るその言葉は、的確にわたしの打球の"クセ"や"性質"を読んでいて。


「もう騙されないよ、君のフォームには・・・ね」


 その視線が、自分の視線とぶつかるのを、避けるように。

 わたしは目線を外して、逃げるようにサーブ位置へと戻ていった。


(分かったから、なんだっていうの)


 分かったからと言って打てるようになるわけじゃないし・・・でも、さっきの打球は的確に返されていた。

 返せるはずないとタカを括るには、まずいシーンだ。


(だけど、わたしにはサーブを打ち込むことしかできない)


 今。自分にできることを。

 そう思い、再びサーブを打つが―――


(高い!)


 コースが甘かった。

 わたしはすぐにセンターへ走り、痛烈なショットへの体勢をとる。

 次は、リターンエースを決められたりしない。

 それに備えることくらいはできる―――


 すると、龍崎選手も決めようと狙いすぎたのか。

 甘い球が今度はすぐ正面に返ってくる。


(来た!)


 わたしはそれをフォアハンドで思い切り引っ張った。

 サウスポーの引っ張り―――右方向だ。


 龍崎選手が追うが、ボール半個分、追いつけない。

 そのまま打球が抜けていくかに思われた、その時。


「よっと!!」


 龍崎選手が、その小さな体格からは信じられないような跳躍をして、打球に飛びつく。

 思い切り伸ばしたラケットのその先が、打球をとらえ、それがこちらに返ってきたのだ。


 目が覚めるような、スーパープレー。


(だけど、反対側(クロス)に返せば・・・!)


 打球自体は甘い。

 これをバックハンドで引っ張っれば、止められな―――


 その時。


「!?」


 既に、龍崎選手が体勢を立て直し、身体をこちらに向けてステップの準備に入っている姿が、目に入ってきた。

 打球に、あんなに強く飛びついたのに。

 どうやってこんなにも早く体勢を整え―――!


「30-30」


 そんなことが、頭をよぎったせいで。

 ショットがネットにかかって、こちらのコートに力なく落ちてしまった。


 ―――完全な、コントロールミス


 どうして。

 なんで、わたし・・・。


(何、この感覚っ・・・)


 頭の中の良くない思考をかき消す。

 だけど、それでも湧いてくる―――押し寄せてくる、この気持ちは何なのだろう。


「ふふ。まだまだこんなもんじゃないよ」


 どす黒く歪んだ、この感触は。


「君の中にあるそれをぶちまけて、ぐちゃぐちゃになるまで・・・。私ともっとしようよ」


 もしかしてこの人は、分かっているのか。


 ―――『経験』が、分からせているのか


「藍原ちゃぁん」


 わたしの中にある"これ"の正体を。

300話です。

100話、200話の時は区切りをあまり意識しない・・・ような事を言っていましたが、この300話は区切りだと言うことをメチャクチャ意識して書きました。(100話、200話の時は有紀の試合シーンではなかったというのも多分にあると思います)

300話の区切り、というよりは今まで300話やってきたんだ。有紀はここまでこれだけ成長してきたんだ。という"積み重ね"を劇中で何度か言及した回だったように思います。何よりここはまだまだ、ただの通過点にすぎないと強く感じた回でした。400話の頃にはどういう感じの作品ストーリーになっているのか、自分でも少し想像してみたり・・・。


どうぞこれからも何卒よろしくお願いします。m(__)m

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