天使 or 悪魔?
無事、新入生の送迎団に合流することが出来た。
あの後、あんな熱い宣言をしたのに。
天使はただ一言。
「そう・・・」
と言って、すたすたと先へ行ってしまった。
(放置プレイも良いですけどお、そういうのはまだ高度すぎますよー・・・)
ノーマルがあってこそのアブノーマル。
王道と言う段階を踏んでからの崩しが成立するのであって。
あれじゃあ、ただ単に流されただけじゃないか。
そんな事を考えながら、車窓から移り行く都会の景色を見てため息をついた。
(東京の人ってやっぱ冷たいのかなあ)
田舎者はみんなこれを言うって聞いたけど、まさかわたしも教科書通りに言ってしまうことになろうとは。
「白桜の生徒は次の駅で降りてくださいねー」
どこからか聞こえてくるそんな声に連れられ、わたしは電車を降りると、駅から十分弱歩き。
そこに到着する。
「ここが・・・、白桜女子・・・っ!」
びっくりした。
正直、ビビったと言っても良い。
校門の向こう側の敷地面積があまりに広すぎて・・・。東京ドーム数個分はあるんじゃないかというくらい。
「ここから先は各々、自分たちの行くべき場所へ行ってください。職員室のある第1校舎は私が案内します。学生寮へ行く生徒は向こうへ行ってください」
どうしよう。そのどちらでもないんだけれど・・・。
「部活専用寮へ行く子たちはこちらへいらっしゃい。私が案内するわ」
―――この麗しい声はっ!
そんな直感めいたものでその声のする方を見ると。
(天使・・・!)
例の黒髪の麗人が手を挙げていた。
「は、はいはい! わたし行きます! あ、すんません通してください!」
人混みを押しのけ、天使の下へと向かう。
そう、わたしが行きたいのはテニス部の部活専用寮。
部ごとに寮が分かれているなんて、学校のパンフを読んで驚いた覚えがある。
白桜女子はそれくらい部活動に力を入れている学校なのだ。
運動系、文科系問わず、様々な部活が全国大会への出場を常に目指しており、OGにはその道でプロになって今も第一線で活躍している人達が少なくない、超エリート学校だったりする。
「うわ~、ひっろ~」
寮へ向かう途中、学校の内部をきょろきょろ見渡すけれど、校舎の数や、さまざまな部活に使用するための練習場やグラウンド、その他施設の充実加減が半端無い。
プロが使う施設なんじゃないかと思うほど恵まれた環境を見て、これが全国大会常連校なのか、と感心させられた。
「おやあ。その荷物量・・・、遠方から来たんスか?」
気づくと、隣を歩いていた女の子に話しかけられた。
こちらを向いてニコニコしている、茶髪のふわふわウェーブが印象的な、柔和な子。
「誰が田舎モンじゃいっ!」
聞いたことがある。
第一印象で舐められたら中学デビュー失敗だと。だからわたしは、力強くそんな事を口走っていた。
「あはは。面白い人ッスね~。そういうの大歓迎ッスよ」
彼女はそれに驚くことも、おののくこともなく、笑顔で返す。
「心配しなくても、ウチも埼玉の田舎くんだりから来たんス。田舎仲間ッスよ」
「えっ。埼玉って大都会じゃん・・・」
ドームとかスーパーアリーナとかあるところだよね?
「あはは。姉御の地元、どんだけ田舎なんスか。携帯圏外だったり?」
「今時そんな田舎があるかあ!」
バカにすんな、と一応怒っておく。
「ウチら、仲良くなれそうじゃないスか。ウチ、長谷川万理ッス」
「このわたしに入寮初日から目をつけるなんて、君、センスあるね。わたしは藍原有紀。藍色の藍と、草原の原、有終の美の有に、世紀末の紀ね」
「なんスかその自己紹介・・・」
万理は言って、苦笑いをする。
ハイセンス過ぎて凡人が理解できないのも仕方ないけど。
「専用寮に入るって事は、万理もテニス部に入るんだよね?」
「ん、まあそうッスけど」
「なら1つ言っておく!」
ビシッと、彼女に人差し指を突き刺し。
「わたしはこのチームのエースになる!!」
と。大声で叫んだ。
「誰にも負けるつもりはないんで、そのつもりで!」
宣言にビビったのか、万理は固まってしまう。
それどころか、一緒に寮へ案内されていた一団が、丸ごと止まっていた。
みんな何事かとこっちを一瞬見やる。
「あの子誰? 有名な子? スカウト組・・・?」
「スカウト組は違う時間だって聞いたけど」
「うわ、すごいねあの子」
次々と痛い台詞が背中から心臓に向かって突き刺さるが。
「ス、スカウト組がなんぼのもんじゃいっ! エースになるったらなるの!」
ガヤに言い返すのに必死で、わたしはいつの間にか万理が隣に居ないことに、気づいていなかった。
「言うじゃない。1年生」
はっ、この麗しの声は。
忘れもしない。あの天使が・・・。
「誰が、何のエースになるって?」
ものすごい剣幕で、こちらを睨みつけておられました。
(ヤ、ヤバイっ)
多分、天使こと、この黒髪美人は先輩だ。
昔から年上に怒られることには慣れている。だからその雰囲気がなんとなくわかるのだ。
「ひっ」
思わず怯んで、受け身な態度を取ってしまったその時。
「じゃあ、見せてもらおうかしら」
「えっ・・・」
「将来のエースの実力のほどを」
天使は担いでいたバッグからラケットを取り出し。
「私と1試合、やってくれるわね。未来のエースさん?」
彼女はまるで、悪魔のように蠱惑的な笑みを浮かべた。
こちらをあざ笑うかのごとく冷たく、挑発的な嗤い。
美しいバラにはなんとやら・・・かわいい顔してこんな表情をするなんて。
「わ、わかりました。不肖この藍原、どんな相手の挑戦も受ける所存です!」
だけど、もう引けない。
「なぜなら! わたしの目標は、このチームでエースになって、全国制覇をすることだから!」
この人には、言ってしまったから。
わたしの目標を・・・夢を。
いくら先輩だからって、ここで引いたらわざわざ故郷から上京してきた意味が無い。
「全国制覇・・・。大きく出たわね」
天使はその言葉を笑わなかった。ただ、厳しい目をしてこちらを見おろす。
「なら、当然私くらいは倒してもらわないと」
彼女が言い放った瞬間、まわりを囲んでいた新入生の1人が零す。
「あ、あの人知ってる・・・! 新倉燐先輩。去年、夏の関東大会に1年生レギュラーとして出てた人だっ」