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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
297/385

最上級生として!

 試合後、帰りのマイクロバスの前。

 渡された荷物をバスの荷物入れへ積み込む役を、私は後輩たちとこなしていた。


 今日の鶴臣との試合、私に出番はなかった―――

 こんな事でもチームに貢献できるならと思い、始めたのだが。


(結構大変ですね・・・)


 それに、こういう細かい仕事をこなしていると、2軍で雑用をやっていた時のことを思い出す。

 あの頃の向上心を思い出すには、丁度良いのかもしれなかった。


「お疲れ~・・・って、このみ? 何やってるのこんなところで」

「真緒」


 3人分の荷物を背負ってやってきた真緒と、ふと目が合う。


「荷物の積み込みを手伝ってるんですよ」

「へぇ、よくやるねぇ。レギュラーはこんな事しなくてもいいんだよ?」

「それを言うなら"試合に出てる選手は"、ですよ。真緒も荷物持ってるじゃないですか」

「ああ、これ・・・?」


 彼女は背負っている荷物をよっこらせ、と下ろし、少し遠くの方を見ながら。


「これ、咲来と河内の分なんだよ。河内の奴、急にどっか行っちゃってさ・・・多分、咲来のとこだと思うけど。自分が持ってた咲来の分の荷物も合わせて、あたしに押しつけてきたんだ」


 それでも、それを律儀にここまで持ってくる真緒はやっぱり優しいんだと思う。


「あいつ、あたしのこと先輩だと思ってないんだよ」


 なんて恨み節を言うのも、ご愛敬。


「分かりますよ。今年の白桜(ウチ)は元気が有り余ってる後輩が多いですからね。その分、最上級生である私たちが埋め合わせしなくちゃならない」

「まったく、頼りになるんだかならないんだか・・・」


 いつも自分の後ろをぴょこぴょこと着いてくる、藍原(あいつ)のことを思い出す。

 確かに時々「こいつ・・・」と思うこともあるけれど、そういうところも含めて、1,2年生だなって、今はそう思えるから。

 私たちの世代は逆に先輩に萎縮しちゃってるところがあったから、彼女たちのそういう姿を見てすごいなって思うところもあるのが本音。


(まりかだけは、先輩達にも臆さず突っ込んでいってましたけど)


 あの子は本当、規格外だ。

 私たちの尺度じゃ計れないところがあって、そこがまりかがまりかたる所以なのだろう。


 ―――そんな事を考えていると


「菊池、野木。丁度良かった」


 いつの間にかそこに居た監督が、捜し物を見つけたようにこちらに小さく手を振り、駆け足でやってくる。


「お前達に話しておきたいことがある」

「私たちに・・・?」

「なんですか?」


 監督は一瞬、目を瞑ると、私と真緒の目を一度ずつ、しっかりとその視線で捉え。


「準決勝のダブルス2・・・菊池、野木。お前たち2人に任せようと思う」


 その言葉を、聞いた途端。


「えっ」

「マジですか」


 私も真緒も、驚きの言葉を出さずにはいられなかった。


「次の準決勝、藍原を引き続きシングルスで起用するつもりだ。そうなるとダブルス2は熊原・仁科のペアだが・・・今日、あまりに動きがよくなかった」

「だから私たちに、というわけですか」

「ああ。お前たちならば急造ペアでもある程度動けるだろうという判断だ」


 私は、ちらりと横の真緒に視線を遣る。

 すると、なかなかどうして、考えることは同じ―――彼女も私の方を見ていた。視線がちらりとぶつかり、それを確認するように、再び監督の方へ目線を向け。


「分かりました」

「あたしは試合に出られるんなら、何でもやるつもりです」


 私たちに迷いはなかった。

 真緒とダブルスを組むなんて、実戦では勿論はじめての経験だ。やれる自信は無い・・・だけど、やりたい、任せてくれた監督の思いに報いたいという気持ちが今は心の奥から湧き出てきて。


「試合まで時間もないが、万全の準備をしておいて欲しい。・・・お前たちの経験と絆を、見せてくれ」

「「はい!」」


 藍原以外の選手とダブルスを組む―――

 こんな機会が巡ってきたのも、あいつと一緒にダブルスを鍛え上げてきたその経験が生きた結果なのだろう。


(真緒とのダブルス・・・!)


 きっと藍原とのダブルスとはまた違ったものになる。

 監督も言っていたが、やるからには"万全の準備"をして、最高の状態で試合に臨みたい。


 だから―――





「今日から2日間、飛び込みで真緒がこのみ塾に加わることになりました」

「よろしく」


 いつも通り・・・かと思いきや、またも増えている塾生。


「だんだん慣れてきましたよ」


 あはは、と笑みを浮かべながら、隣に野木先輩が座るスペースを作る。


「この部屋一部屋じゃ、狭いくらいになってきたッスね・・・」

「ぎゅうぎゅうなの~」


 そして、なぜだか楽しそうなこの2人。


「今日は真緒の為にダブルスの基礎をやりましょう。藍原や長谷川にとっては良い復習になると思いますし、真緒はここで基本だけでも学んでください。何も考えずにコートに立つのと、事前に少しでも情報を入れておくのとじゃ大違いだと思いますし」


 話を聞くと、準決勝・・・ダブルス2をこのみ先輩と野木先輩が任されたらしい。

 わたしの知る限りじゃ、初めてダブルスを組む2人を、いきなりスタメンで起用するなんて―――それほど、チーム状態が逼迫(ひっぱく)した状況にあるという事なのだろうか。


(このみ先輩が野木先輩と組むってことは、わたしはシングルス起用・・・!)


 灰ヶ峰のシングルスは3人の選手が起用されている。


 エースにして関東『三強』、龍崎麻里亜選手。

 ナンバー2、体格を武器にしたプレーが得意な、児玉ゆん選手。

 埼玉の"新星"、香椎双葉選手。


 この3人のうち、わたしが当たることを想定しなきゃいけないのは―――3年生の児玉選手か、1年生の香椎選手。

 シングルス3に来るのはこの2人のうちのどちらかだって、ミーティングでも言われた。

 全然タイプの違う2人。

 だけど両者とも、はるはるに勝るとも劣らない強敵・・・。


(考えるんだ。準決勝でわたしがシングルスを任された意味を)


 本来なら、わたしをダブルスで起用した方がチームとしては安定する。

 だけど、監督はあえてわたしとこのみ先輩のダブルスを崩して、この準決勝に臨もうとしている。

 今のチーム状況は、そうやって戦わなきゃならない時なんだ。


 ―――わたしに出来るのは、

 ―――勝って、チームに貢献する


 わたしには、それしか出来ない。

 だからこの試合も、勝つことでチームの役に立ちたい。


(それで、いいんですよね・・・)


 今のわたしの考え方、間違ってないよね。うん。





 夜。

 寮の外はもう真っ暗で、静か。今日は試合があったためか、室内練習場からも何の音も聞こえてこない。


「みんな、今自分にできることを精一杯やろうとしてる」


 白桜は今、夏の大会に入ってから初めて・・・明確な"苦境"に立たされている。

 これに対して選手たちはもちろん、監督やコーチも危機感を持って状況に対応しているのは、勿論わかっているつもり。


「うん・・・」


 私が話しかけたのは、この状況を誰よりも憂いている―――


「私も、怪我してる場合じゃないね」


 ―――部長、まりかだ


「今日の水鳥ちゃんの試合、震えたよ」


 彼女はおもむろに空を見上げ、何か自分に言い聞かせるように続ける。


「この状況があの子を大きく成長させてるんだって、改めて分かった」

「鬼気迫る・・・そんな試合だったね」


 確かに、あの試合は見ているこちらに何かを語りかけてくるような『力』を感じた。


 ―――先輩たち、しっかりしてください


 まるでそう言われているようで、胸に迫るものがあったのだ。

 イメージするなら、彼女に首元をグッと掴まれたよう。

 きっと、まりかも同じようなものを感じたのだと思う。だから今、あの試合の話をした―――


 瑞稀と二人きりの時間を削って、こうして部長副部長(わたしたち)で話しあっているのも、少しでもチームのためになれば・・・そう思ってのことだった。


「私たちが、支えなきゃね」


 だから、まりかには言っておこう。


「ダブルス1とシングルス1。私たちが()のチームの『トップ』なんだ」


 私の想いを、きちんと。


「私たちがしっかりすれば、みんなも後ろを追いかけてきてくれるはず」


 白桜は、強いチームだ。

 後輩も同級生も、信じられる強い子ばかり。

 だから。


「私たちが引っ張れば、ついてきてくれる・・・!」


 ―――今は、"前を向く時"だ


「咲来・・・」


 私の言葉に。


「ああ。そうだね」


 まりかは納得してくれたのか、大きく、ゆっくりと頷き。


「まりか、怪我は・・・」

「そっちはもう、大丈夫」


 試合が終わってから半日、聞けなかったその事も、今は聞くことができて。


「『温存』、されたからね」


 つま先でとんとん、と地面を数回、軽くたたく。


「怪我はとっくに完治してる。あとは試合に出るだけさ」


 ようやく、だけどね・・・とお道化(どけ)て見せた。


 白桜にとって、一つの大きな分岐点となりそうな灰ヶ峰戦。

 試合は明日1日挟んで、明後日。時間もないし、それまでに何ができるか、分からないけれど―――やれることがあるなら、全てやっておきたい。

 チームの勝利のために、出来ることは、ぜんぶ・・・!

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