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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
296/385

灰ヶ峰を"選んだ"

 ―――茨城県内テニス場

 ―――中央コート手前


 ダブルス2試合を終えて、2勝0敗。今日もチームは絶好調だ。

 チームのランク的には格下の相手との戦いとは言え、うちらが戦っているのは関東大会。

 油断ならない相手であることは間違いがなかった。


「1回戦に続いて、2回戦もこういう試合展開に持ち込めたのは、佐里(さり)が良い番号引いてくれた、おかげだよね~」

「本来なら部長の麻里亜の仕事なんだけど」


 ダブルス1、松田・川崎ペア。

 今日の試合もダブルス1のその地位に恥じない試合をして6-2で勝利。


 副部長を務めるしっかり者の松田先輩と、ぽわぽわな天然系のお姉さん・川崎先輩の同級生ペアだ。灰ヶ峰ダブルスの中心でもある。

 そして―――


「まあまあ、いいじゃん。佐里がやってくれるんだったらそれでさあ」

「アンタねぇ、それであたしがいっつもめんどくさい仕事やらされてるんだけど?」

「佐里にはいつも感謝してるよ~。それに私はほら、部内のマスコット?みたいなところあるし?」

「自分で言うのね・・・」


 我がチームの中心選手。部長にしてシングルス1、龍崎麻里亜(まりあ)先輩。

 身長140cmにも満たない小柄ながらも、関東でも『三強』に数えられる、全国区のシングルスプレイヤーだ。

 公式戦、部内の試合問わず、この人が試合で負けたところをうちは入部して数ヶ月、見たことがない。

 それほどまでにチーム内でもその実力が抜きん出ている、誰もが認める灰ヶ峰のエースだ。


「さすが麻里亜先輩っ。ただひたすらに可愛いそのお姿で、何をしても許されてしまう・・・つまり、かわいいは正義!」

「きゃーせんぱーい。私にも頼ってくださーい! 私は先輩をぎゅっとするだけで、天にも昇る多幸感に包まれるんですぅ~」


 その麻里亜先輩を、少し遠巻きに見ながら黄色い声援を出している先輩たちが2人。


「は? ちょっと、今あたしが先輩の良いとこ言ってんだけど?」

「そっちこそ、私の邪魔する気?」


 ダブルス2、斎藤・泉ペア。

 レギュラー2人だけの2年生同士が組む、期待のダブルスペア。


 今日は調子が良く、2人の連携も上手くとれたことから試合に6-1で圧勝。

 そう。今日みたいに上手くいくというのは。


「あたしの方が先に麻里亜先輩のこと好きになったんだからね?」

「そんなのアンタが勝手に決めただけでしょ? 私の方が先だったし、あの時からずーっと大好きなんだから!」


 お互いのほっぺたをぎゅっと指先で摘まみながら、そしてそれを引っ張り合いながら、相手のことを見て言い合いを続ける2人。お互いがお互いの顔を引っ張るものだから、ほっぺたが広がって福笑いみたいになってしまっているのを、2人は気づいていない。


 今日みたいに上手くいくのは、稀な話。

 この先輩たちは基本、今みたいに引っ張り合いの衝突のし合いが日常茶飯事な人たちなのだ。


 ・・・麻里亜先輩を奪い(とり)合って。


「あ~あ、始まっちゃった」

「またいつものだ」

「あの2人、小学校の時はものすっごく仲良かったのにね」


 あらら、という声が周囲からあがる程度には、いつも喧嘩している・・・そんな先輩たち。


(後輩の身ながら、もう少し仲良くしてくれればなぁ)


 乾いた笑いが浮かんでくる。


「もう~! みんな、ゆんの試合見てたあ!?」


 中央コートから試合を終えて出てくる、大きな影。

 3年生の中でも頭1つ抜けている大きさの身長を持つ、この人は―――


「ごめーん、ゆん。それどころじゃないっぽい」

「どうせ勝ったでしょ?」

「もう! どうせ勝ったとかひどい! 応援が選手を強くすることもあるんだからねー!?」


 児玉ゆん先輩。

 その大きな身長を活かしたプレーが得意な3年生。

 今日の試合はシングルス3を任されたけど、チームの戦術次第ではシングルス1も受け持つことのある実力者だ。

 麻里亜先輩との距離が一際近く、一緒に居るところをよく見る。

 うちら後輩にも分け隔て無く接してくれる・・・灰ヶ峰テニス部の良心とも言うべき優しい先輩だ。部長、副部長とも違う立場で部内をまとめている。


 ゆん先輩だから、


「ゆんの試合、見ててくれなかったのー!?」

「ほら、泣かない泣かない。鼻かむ?」

「ハンカチちょーだい!!」


 こういう反応をしても、怒らない人だって、みんな知っているから。こんな悪ふざけが出来る。

 逆に、ちょっといじくってやろう・・・みたいな悪戯心が芽生えてくるのも分かるくらい(1年生のうちには出来ないけど)、部員全員から信頼の厚い「イジられ役」。


「双葉ぁ」


 ―――そして、うち


 いつものように麻里亜部長に呼ばれる。

 この甘ったるい声に自分の名前を囁いてもらえると、頭がくらくらして、何も考えられなくなるのだ。


「そんな遠くで見てないでこっちおいでよぉ」

「で、でも・・・」

「もう、双葉ちゃんは」


 ぎゅっと、後ろから誰かに抱きしめられる。

 このふかふかな感じと、背中に感じる確かな柔らかさは・・・!


「恥ずかしがり屋さんなんだから~」

「川崎先輩!?」

「双葉ちゃんはこうやってぎゅっで抱きしめると、何にもできなくなっちゃうもんね~」

「う、うぅ・・・」


 ―――香椎(かしい)双葉(ふたば)、1年生


 まだこのチームに入って数ヶ月。この女の子だけの空間に未だ慣れずにいる。

 女の子の匂い・・・というか、きゃっきゃしている感じに、うちはまだ耐性がついていない。


「コートの中では別人みたいなのにねぇ」

「普段もあれくらい凜々しかったらなぁ」


 斎藤先輩と泉先輩にもあきれられてしまう。


「双葉は、女の子が嫌いなの?」

「い、いえ! 嫌いじゃないです好きです!!」

「じゃあどうしてこんなへろへろになっちゃうかなぁ」


 麻里亜部長にほっぺをぷにぷにと人差し指で押される。

 いつの間にかうちの周りには先輩達が集まってきて、180度、どこへ行っても逃げられない。


「す、好きだから・・・。どうして良いか分からなくなっちゃうんです」

「そういうもんかねぇ」

「だってかわいい女の子と一緒に居ると照れるっていうか、目も合わせられないっていうか、ドキドキしちゃって、どうしたらいいか分からなくなっちゃうっていうか・・・」


 観念したうちが、先輩たちに自分の気持ちを吐露していた、そのとき。


「灰ヶ峰さーん。試合終了の整列ですよー」


 そのことをすっかり忘れて、チーム内でイチャイチャしていたから。

 審判の人がわざわざ声をかけに来てくれた。


「ちぇー。もうちょっと双葉と遊んでたかったよぉー」

「挨拶済ませたらもう1回、みんなで双葉ちゃんをへっろへろのてっれてれにさせちゃお~☆」

「「「お~~~」」」

「お、お手柔らかにお願いします・・・っ」


 灰ヶ峰は、不思議なチームだと思う。

 それは真ん中に居る麻里亜先輩が不思議な人だから。あの人を中心としたチームだから、こんなチームができあがったんだと思う。

 部員同士のつながりや、(物理的な)距離の近さでは、どこのチームにも負けていないという自負はある。

 これだけ仲の良い選手達が集まったチームだから・・・、このみんなで全国に行って、そのてっぺんを獲りたい。獲れるだけのことはやってきた。


 そして、次の準決勝―――


(万里・・・。とうとう、君のチームと戦えるんだね)


 楽しみだよ。

 万里の選んだチームと、うちの選んだこの灰ヶ峰。どっちが強いか、直接ぶつかって決められるんだ。


(東京に単身乗り込んだのはすごい。だけど)


 勝つのは『うちら』だ。

 その一点だけは、絶対に揺るがない。





「ありがとうございました!」


 整列の後の、挨拶を終えて。


「全国大会出場、おめでとうございますわ」

「ありがとう、はるはる~」


 はるはると、最後の握手。

 握った右手に左手を重ねて、ぶんぶんと彼女の腕を上下に振るう。

 はるはるも途中で乗ってきてくれて、最後の方は2人で両腕を思いっきり上げ下げしているような格好になってしまった。


「今日の試合には負けましたが、ワタクシもまだ全国出場を諦めていませんわ。全国枠決定戦(サドンデス)を勝ち進んで、必ずお姉さまと共に全国を掴んでみせる・・・!」

「うん! がんばってね!」

「それで、ですわね・・・」


 そこではるはるは、一泊おいて。

 繋いだ両手を、何かもじもじとしたように見つめ。


「ラインのID、教えてくださいですのっ!」

「えっ?」


 予期せぬ言葉。


「貴女と、もっと話してみたくなりまして・・・。も、勿論ダメなら」

「ううんっ。ダメなんかじゃないよ。教える教える! 後でまた会おうよ」

「ほ、本当ですの?」

「わたし達、東京と栃木でそんなに会う機会も多くないと思うし、すっごく良いと思う!」


 すると、はるはるはぱあっと顔を明るくさせて。


「それじゃ、また後で」

「は、はいですの!」


 嬉しそうに、笑ってくれた。

 それだけでも、返事をしてよかったなって思うし。


(他校の選手と連絡先交換するなんて、初めてかも・・・)


 その事実に、胸がドキドキと躍るのだ。

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