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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
295/385

『全国』へ

 ―――チームのシングルス1を、任された


 理想は紫雨までで試合を決めて、3-1で勝つこと。

 しかし、それは叶わず私まで試合が回ってきた。

 3年間、紫雨に隠れる形にはなったとは言え、チームナンバー2をキープしてきたつもりだ。

 彼女の後ろ姿を常に追いかけてきた。


 その果ての、この試合。


 あと1つ勝てば全国出場。

 それがかかったこの試合で、自分のプレーをすることこそが、私に課せられた3年間の集大成とも言える命題―――


(対する相手は、1年生)


 たぐいまれなる才能でその席を任されたのであろう、天才プレイヤー。


(勝つ、勝つ、勝つ・・・っ)


 1人の天才に、この3年間を踏み倒されてたまるものか。

 握手をして、挨拶をして、レシーブ位置へ下がっていく。


 相手のサーブ動作の1つ1つを見て、確認するようになぞって、そして放たれたボールを―――


「15-0」


 な・・・!?


(なに、今の・・・!)


 鋭い。

 速い。

 目で追うことが精一杯だった。

 1年生の打つサーブじゃ無い。

 研磨されて鋭く尖ったその打球は、返すことすらままならず。


「ゲーム、水鳥。1-0」


 あっという間に1ゲーム、獲られてしまった。


(でも、1ゲームだ)


 まだ1ゲーム。

 次はこちらのサービス権でもある。ここから十分やり直すことは可能だ。まずは落ち着いてサーブを決めて・・・多少甘いコースだったが、良いサーブが打てたと思った。


 ―――なのに


「0-15」


 反対側(クロス)の一番深いところに、信じられないほど速いレシーブが飛んできた。

 返す返さないの前に、追いつけさえしないレシーブ。


「おおお、文香お得意の鬼レシーブ!」

「サーブレシーブ、両方キレてるよ!」


 活気づく、白桜応援団。

 1年生シングルス1に対して、ある程度の信頼を置いているのであろうことが伝わってくる。


 無理もない。

 あの1年生は特に調子が上がってきているから気をつけろと、試合前のミーティングでも釘を刺されたのだ。そして、彼女の試合映像を見れば、絶好調の状態で大会に合わせてきたのは一目瞭然・・・。


(くそっ!)


 何度サーブをたたき込んでも


(くそっ!)


 あの"鬼レシーブ"に妨害されて、レシーブに触れることすら出来ない。


 ―――強い


 そう確信した時には、もう遅い。


「ゲーム、水鳥。2-0」


 2ゲーム目を、獲られていた。


「まだだ! まだこれからだよ!」

「まっちゃん先輩、頼みますッ!」


 分かってるよ。

 私だって、分かってる。

 この試合の持つ意味くらい。全国が懸かった試合だってことくらい。


 でも。


(敵が、)


 ラリー戦に持ち込んでも、強く重いショットを返され、やがては力負けしてしまう。


(強すぎるッ・・・!!)


 何度隅にショットを集めても拾われ、返されてしまう。

 私のショットにパワーとスピードが足りないのだと言われればその通りかもしれないが、それはもうプレーというよりは私の基礎能力に値する部分だ。

 その根本が否定されているようで―――


「ゲーム、水鳥。4-0」


 膝に手を着いて。


「はぁ・・・はあ・・・」


 荒い息を整える。


 なんだこれ。

 なんだこのプレイヤー。

 本当に1年生か? そんな定型句しか出てこない。


 敵の水鳥選手は落ち着き払って、髪を手で梳く。

 梳いて広がった銀色の髪が―――日光に反射して、キラキラと粒子を纏って輝いているようで。

 そのキラキラが目に焼き付いて、目の裏でちらちらと光る。


 私は何かとてつもない力の前で跪くことしか出来ない、ただの一般人。

 そう思わせられるには、十分すぎる光景だった。





 シングルス1。

 チームの中でも最強のプレイヤーが座る椅子。


 私は今、そこに座ってプレーをしている。

 正直、このチームで1番だという感慨などない。

 私より新倉先輩の方が本気でやったら強いだろうし、部長には遠く及ばない。


 でも、今、ここに座っているのは、私なんだ。

 他の誰でも無い、自分なんだ。


(その、自負は―――ある!)


 来たボールを、バックハンドで敵コートへと返す。

 バックハンドでの回転のかけ方も、中学に入ってからより上手に出来るようになったと思う。

 それは、白桜という環境があったから。

 良い指導者と、先輩たちに恵まれたからだと思う。


 そのチームの、1番高いところ―――大事なところを、任されている。


「ッ!」


 ショットを返すとき、思わず声が漏れる。

 それくらい気合を入れて打てた証拠だと、自分では思った。


 ここで勝ったら全国だとか、負けたら試合の結果に直結するだとか。

 今はそんなことはどうでもいい。

 ただ、目の前の"勝ち"をこの手に奪い取りたい。


 すごい先輩達が居る中で―――それでも、私にこの席が回ってきたのは。

 私がそれだけ期待されているということ。

 そして、その期待に応えられるだけの力量があるのだと認められたということだと思っている。


 調子、チーム状況、久我部長の温存・・・。

 色々な要因が重なってまわってきたとはいえ、この席に私は今、座っているんだ。


 ―――その意味を、


(私なりに考えて、この試合に臨んだつもり!)


 そして、この考えに到達した。

 "なんでもいい"。

 シングルス1という場所は、"確実に"勝ちを要求される場所なのだ・・・と。


 とにかくどんな形でも、確実に1勝を。

 それこそが、ここに座るものに求められる『唯一』のこと。


 ―――そして、


 私はここ数試合通りのプレーをすることが、それに最も近い方法だと分かった。

 自分の調子だ。

 自分が1番よく分かっている。

 今の私は、絶好調と言ってもいいほど充実している。


 だから。


(この調子をキープして、コート内で表現すること!)


 左手でトスしたサーブが、敵コートで跳ねて敵のレシーブの威力を弱める。

 前陣に走り込んで、その浮いたチャンスボールをスマッシュして決めた。


(私は、私のプレーをすれば―――)


 この試合、勝てる。

 その自信も、実感もある。


 さぁ、来い。

 誰が相手だろうと、私は手を弱めるつもりはない。

 この勢いのまま―――勝利をこの手に、掴み取ってみせる!





「へぇ、面白いことやってんじゃん」


 先輩達が来ないから、私だけで来ることになっちゃったけど。


「来て良かったよ」


 目の前の試合を見て、思わず舌なめずりをしてしまう。


「水鳥文香―――」


 白桜に現れた天才1年生。関東大会ではプレーに安定感が増し、この2回戦ではシングルス1を任されるまでに成長したプレイヤー。

 得意な戦術はレシーブを主戦としたもの。しかし、その本質はオールラウンダーで、どんな戦い方でも、どんな戦術にでも柔軟に対応する器用さを持っている―――全部、黒永(ウチ)のデータベースで見たよ。

 君の事はよく知っている。


(でも、ここまでは正直想定外かな)


 鶴臣のシングルス1相手にここまで一方的な試合展開とは・・・。

 その凄さが、プレーを通じてこちらに伝わってくる。それほどまでのプレー。


「五十鈴先輩も、来れば良かったのに」


 貴女の言う『永遠』、あの子の中には無いのかな?

 少なくとも、私には見えるよ。

 水鳥文香の中にある"何か"・・・どういう言葉にしたら良いのかな。


(全国でも通用する『力』―――)


 その雛型みたいなものが、確かに。

 この試合からは感じ取ることが出来る。


 だから、今日こうしてここまでわざわざやってきて良かったと思ってるよ。


(同じ1年生だもん)


 どこかでぶつかることもあるだろう。


「ゲームアンドマッチ、」


 ねえ、そうでしょう。


「白桜の若きエース・水鳥文香選手?」


 待ってるよ。

 ここよりもっと"高い場所"でね。


「水鳥文香! 6-0!!」

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