表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
294/385

傍観者

 たった今、試合が終わった。


「ウォンバイ、春前紫雨。7-5」


 結局、燐ちゃんの追い上げむなしく、紫雨ちゃんの勝利でこの試合は終わりを告げた。


「勝てなかったか・・・」


 ふむ、と下唇を噛む。

 勿論、私としてはどちらかに肩入れしているわけではない。

 燐ちゃんも紫雨ちゃんも綺麗系の美しいJCだし、両方がお姉ちゃん属性持ってるっていうのもポイントが高い。


(私の趣味とはズレるけどね)


 どっちかっていうと妹系の方が・・・おっと、話が大きく逸れ始めた。


 さっきの"勝てなかったか"というのは、私から見て試合内容が互角のものだったからだ。

 特に中盤以降、時には燐ちゃんが押しているという場面を見ることも多くなった。

 試合の勝敗を分けたのは序盤にどれだけゲームカウントを稼いでいたかの差であって、両者の間に大きな力量や実力の差があったとは思えなかったのだ。


「燐ちゃんの不調も、出口が見え始めたんですかねぇ・・・」


 いつの間にか隣に居た、上司に話しかけるようにつぶやく。


「そうね。今日の試合、結果はともかく、良い内容の試合だったわ。いいようにやられることしか出来なかった1回戦とは雲泥の差。何より新倉選手の基本戦術である氷壁を使えていたし、調子の悪さみたいなものは感じられなかった」


 だけど、と上司は続ける。


「それでも勝てなかった」


 これは大きい、と。


「それ自分も思いました。これで勝てないのかーって」

「相手の春前紫雨選手は間違いなく全国区レベルのプレイヤー。あの超高速サーブはきっと、全国の大舞台でも通用するもの・・・でもね、逆に言えば全国大会に行けばあのレベルのプレイヤーに勝てなきゃ、チームは勝ち進めないの」

「そんでもって、篠岡さんは燐ちゃんに"そのレベルのプレイヤー"に勝つことを求めていたでしょうね」


 燐ちゃんが居る立場というのは、そういうものを求められる立場だ。


(全国でも屈指のプレイヤー、久我まりかの前を任されるっていうのは、そういうこと・・・)


 全国レベルのプレイヤーに勝ってこそ、燐ちゃんは初めて認められる。

 今までそういう育てられ方をし来てたんだろうし、チームでの自分の立場も分かっている子だ。

 だからこそ―――


「この試合では結果が欲しかった」


 それは監督、選手。両方の立場から同じ意見だったろう。

 そして事実として、勝てなかった。


「白桜はいよいよ追い詰められましたね。まりかちゃんを温存した事が、ダイレクトに勝敗へ直結する場面まで・・・」

「ええ。1回戦から連続してシングルス1にまで試合がまわってしまった」


 上司は、どこか寂しそうに上を見上げると。


「白桜としては、勝っても負けても苦しいチーム運営が続くことになりそうね・・・」


 苦々しく、こぼす。


 ずっと取材してきたチームだから、分かる。

 今の白桜は、都大会を制した時とは別のチームになってしまったかのようだということが。





「文香・・・」


 胸の前に持ってきた手に、力を込める。


 心配じゃないと言えば、嘘になる。

 全国大会出場のかかった試合―――この試合に勝てば、全国進出が決まる、その戦いが回ってきた。シングルス1にまで・・・。

 監督は久我部長の負担を考えてあえて温存の道を選んだ。しかし、代わりにあそこに立っている文香は今、一体どういう心境なんだろう。


 さっき、コートの中に入る前。


『行ってきます』


 文香はしっかりした口調で、先輩達にそう言って金網フェンスをくぐった。


『水鳥ちゃん、焦らなくていいからね』

『不安になったらいつでもこっちを見て』

『お前に懸けてんですよ、全国を! 恥じないプレーをしてこいです!』


 先輩達はそれぞれの言葉で、文香にエールを送っていた。

 思うことは、ただ一つ。

 この試合を制して、全国に行きたい。ただ、それだけ。


 3年生の先輩達にとっては最後の大会―――その全国大会出場がかかった大一番に臨むは、まだ入部してからたった数ヶ月の1年生。


 どうなるかは分からない。

 ただ、チームとしてこの試合は文香に託した。

 監督は1番調子の良い選手をシングルス1に選んだと言っていた。確かに、ここ最近の不安定な燐先輩に比べれば、上り調子の文香があの場には適任なのかもしれない。


 ―――わたしが立てる場所じゃないのは、自分でも分かっているつもりだ


「「よろしくお願いします」」


 試合が始まる。

 2勝2敗の為、じゃんけんが行われ、結果文香がサービス権を得た。


「まずは1つ、良い流れを取りましたね・・・」


 隣で戦況を見守るこのみ先輩も、視線が文香から外せないようで。

 少しだけ小さく震えるその身体が、ちょっとだけいつもより小さく見えたから。


「先輩」


 ぎゅっ。

 反対側の肩を抱いて、わたしの方に寄せる。


「大丈夫です」


 そして、言うのだ。


「文香は、強い」


 そのことはわたしが1番よく知っている。


「文香なら全国くらい、軽く獲って帰ってきます!」


 わたしが信じなくて、誰が文香を信じるんだ。


 同じ部屋で生活し、おはようの時も、おやすみの時も顔を合わせている。

 ご飯も一緒、クラスも一緒、一緒に生活して・・・一緒に練習して。そうやって2人でここまで来たんじゃ無いか。


(文香―――)


 いけ。

 決めろ。

 美味しいとこ全部、持ってけ。


「ッ!!」


 ―――瞬間、


 鋭いサーブが、敵シングルス1の足下を抜けていく。


「水鳥さんっ!」

「文香ぁ!!」


 その一撃で、目が覚めたように。


「ッ!」


 二度目のサービスエースを奪い、返ってきたボールを左手で受け取る。

 その一連の動作すら、滑らかで、無駄がなく。


 ―――その一球一球のボールの鋭さに、目が奪われるようだった


 全てを背負った選手の覚悟。

 全国大会出場権を奪いに来た者の顔を、文香はしていた。


「ゲーム、水鳥。1-0」


 あっという間に1ゲーム目を取ると。


「すごい・・・」

「これが白桜のスーパールーキー、水鳥文香」


 会場から感嘆にも似た、どこか呆然とした声が聞こえてくる。


(すごい)


 ―――同時に、

 ―――わたしの全身の血が、沸騰するように熱くなった


(すごいよ文香・・・!!)


 目の前で行われている試合の異様さ、凄さ。

 それを体感した身体が、熱暴走を始めたかのように体感の体温は上がっていき、ドクンドクンと心臓高鳴った。


 ―――全て、文香のプレーを見ての昂ぶりだ


(やっぱり、文香は天才だ・・・っ)


 ここに来て、ここまで来て、このプレーが出来る。

 背負った重荷も、目の前に輝いている目標も、関係ない。

 ただ、目の前の敵を倒すことにのみ特化したプレー―――全ての雑音が聞こえていないかのような、洗練された試合内容


 監督もここまで見越して文香を抜擢したわけではないだろう。

 しかし。

 今の文香はその期待に120%・・・200%の力で応えている。


 水鳥文香、ここに在り―――


 そう万人に思わせるような、圧倒的なプレ-。

 見る者の目を奪い、釘付けにさせるような試合展開、内容。

 敵3年生をものともしない、寄せ付けない、反撃の糸さえ掴ませないような速く、鋭く、しなやかなテニス。


 文香の関東大会を象徴するような試合が、目の前で展開されているのを。


(っ・・・!)


 コートの外から見ていることしか出来ないこの状況に、歯がゆさすら感じ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ