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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第8部 関東大会編 2
293/385

VS 鶴臣 シングルス2 新倉燐 対 春前紫雨 3 "姉として"

 4-2で迎えた、サービスゲーム。


(ここで息の根を止める・・・)


 それが実現したのなら、この試合は大きくワタクシの側に傾くだろう。

 この試合、序盤はサーブで押して押して体力温存出来たかと思ったが、そこから中盤にかけてかなり走らされた。


(このサーブを打つのには、体力を使う)


 果たして彼女はそれを見抜いていたのか、どうか。

 ・・・どちらでもいい。

 このサービスゲームを取ってしまえば、全ては徒労に終わる。

 その後で慌てるといい。


「ふぅ」


 左手でトスを上げ、そのボールを最高打点で思い切り叩く。

 超スピードのボールが新倉さんの手前で跳ね、そのまま―――


(通じない!)


 新倉さんはしっかりとしたフォームでレシーブを返してくる。

 サーブ自体はもう完全に捉えられていると見て間違いないだろう。問題は"レシーブの威力"だ。

 彼女はレシーブがかなり得意なプレイヤーだと聞いている。その彼女が、まだ最高のパワーでレシーブを返せていないのが、返ってきたボールの威力で分かる。


(これならば!)


 こちらの攻勢で、簡単にポイントを取ることが出来る―――そのはずだった。

 だが、なかなか決めに行ったショットが決まらない。

 新倉さんはどのショットもギリギリのところで追いつき、チャンスボールにならない程度の低く弱いショットで返してくる。これがキツい。


 なかなかポイントを取れないどころか、その弱い威力のショットで左右に揺さぶられる。

 威力こそ弱いが、コントロールがしっかりと制御されれている為だ。

 そして、こちらは強打を敵コートに打ち込み続ける。そのやり取りが、しばらく続いた後。


「15-0」


 ようやく、ポイントを取ることに成功する。


「はぁ、・・・ふ」


 頬を伝う汗を拭って、敵コートを見やる。


(これが貴女の想定通りだとするのなら、大したプレイヤーですわ)


 自分の出来が100%では無いと見切った上での戦術・・・それを考えてやっているのなら、ゲームメイク技術が相当なものだと推測できる。


(だけど、それも関係ない)


 全ては―――このサーブで、ねじ伏せてみせる。

 そういうサーブを、作り上げてきたはずだ!


「!?」


 返される。

 しかも今度は、しっかりと威力を持ったレシーブを。

 それが自陣で跳ねて、ワタクシがインパクトした、その時。


「ぐっ!」


 ショットの威力を知る。

 この威力でレシーブ出来るまでに、ワタクシの超高速サーブに合わせてきているという事実。

 速いだけじゃない。強く、重い。そのサーブを、2年生が。


「調子に・・・!」


 長いストロークで返すが、それも拾われてしまう。

 まずい。

 このままだとまた走らされる。

 早いうちに決めなくては―――そう思い、強引にラインギリギリを狙って強打を放つが。


「アウト。15-15」


 入らない。

 わずかにラインを超えてしまう。


「焦りましたわね・・・」


 今のは強引にいこうとして無理矢理やってしまった。

 やはり、ダメだ。それでは敵の術中に嵌まるだけ。

 ならば、やはり敵の土俵に入ってでも、こちらのテニスを貫くしか無い。


(ワタクシの武器は、サーブだけでは無い)


 それ以外のプレーも、磨き上げてきたつもりだ。


(勝負―――新倉燐!)


 貴女の思い描く通りの試合なんか、させるものですか。





「アドバンテージ、新倉」


 取った。

 ようやく、このポイントを。

 次の1点を取ることが出来れば、このゲームをブレイクすることが出来る。


(ずっと、ここまで待ってきた)


 紫雨選手の体力を削って、走らせて、ひたすら耐えてきた。

 ここでこのゲームをブレイクすれば、試合の展開は分からなくなる。


 ―――今まで


 都大会決勝から、チームには迷惑ばかりかけてきたんだ。

 私だって白桜女子テニス部の一員。戦力なんだ。

 そして、立場あるポジションを任されてきた。責任は感じている。もう遅いかもしれないけれど、こうなってしまったことはもう取り消すことは出来ない。


 私に出来るのは、


(ここから、挽回すること・・・!)


 敵サーブに視点を合わせる。

 超高速で動くそのサーブを、しっかり目で捉え、ラケットの芯で捉え、打ち返す。

 もうほとんど100%のパワーで返せるようになったと思う。

 あのサーブはもう見抜いている。問題は、


「ここから!」


 紫雨選手は私のレシーブが来る前に、わずかに位置を上げていた。

 それは先ほどから見受けられる彼女の作戦。ラリー戦になる前に、レシーブを強いショットで打ち返して一気に決めてやろうという―――短期決戦型の作戦に切り替えたのだ。


 勿論そうさせたのは、私が自分のプレーを出来ているから。

 だけど、それだけじゃダメだ。この作戦をも打ち破って、最後の1ポイントを取る。そこまでやって始めて、戦術がうまくいったと言える。


 思った通り、コートの四隅を狙ったような強いショットが飛んでくる。

 それを―――右手一本で、防ぐ。なんとかラケットに当たったボールは、ぽーんと打ち上げられた。


「チャンスボール!?」


 観衆がにわかに沸くが、すぐに。


「いや、深い!」


 ボールが思ったより後方に伸びていることに気が付く。


(あれは、狙って打った!)


 ロブショット―――位置を上げた紫雨選手に対して、後方への攻撃を行ったのだ。

 すぐさま気づいた彼女は背走して、なんとか打球に追いつき手を伸ばしてその打球を返してくる。しかし、十分な体勢で返せなかったがために、威力が死んでいる。


 その弱い打球を、私はベースライン上から、紫雨選手とは反対側方向へ。


 いけッ―――


 口には出さなかったが、心の中の熱い気持ちが、私にその言葉をお腹の奥で叫ばせた。


「ゲーム、新倉燐。4-3」


 この試合、初めて。


「燐先輩、とうとう春前選手のサービスゲームをブレイクだ!!」


 ―――奪った(ブレイクした)、サービスゲームを


 それは、このゲーム自分でも強く意識したこと。

 ビッグサーバーの、サービスゲームをブレイクすることが、どういう意味を持つのか。

 それは"彼女自身"が1番よくわかっているのではないだろうか。


「すごい新倉ちゃん!」

「氷姫が戻ってきたーー!!」

「調子が悪いなんて嘘なんじゃないかってくらいのゲームでしたよ!」


 白桜側の活気づく声援に、俯く紫雨選手。

 そんな彼女に―――


「春前さん」


 気づくと私は、声をかけていた。


「貴女と妹さんがすごく仲がいいの、正直羨ましいです。私の家は、そうではないから」

「新倉さん・・・?」

「でも、姉妹の形って"それ"だけじゃないと思うんです。確かに、私は『姉』失格なのかもしれない。自分でもひどい姉だと思います」


 そう、自然に。


「でも、私の『妹』は、『妹』失格なんかじゃありません。少なくとも私は、今まで一度も彼女たちのことをそんな風に考えたことはない」


 その言葉は出てきていたんだ。


「私はあの子たちのことを、私の自慢の妹だって―――誇らしく、思っているから」


 雛も、悠も。

 私にとっては、最高の妹だ。

 それは私たちが、家族だから―――


「貴女が妹さんのことを、愛しているのと同じように。私も妹たちのことを想っているから」


 だからこんなに考えて、うじうじ悩んで、テニスの調子まで崩してしまうんだ。


「それだけ、大事な妹なんです」


 誤解して欲しくなかった。

 悪いのは私であって、妹たちじゃないんだってことを。


「新倉さん・・・」

「すみません、試合中にこんな話を」

「いいえ・・・。ワタクシ、貴女のことを少し、勘違いしていたのかもしれません」


 紫雨選手は、ぎゅっと拳を胸の前で握ると、それをこちらに突き出して。


「貴女の『姉』としての矜持・・・、ワタクシの心に深く突き刺さりましたわ」


 そしてこちらを見るその表情は。


「そんな貴女だからこそ、今日、ここで倒したい―――今、改めて強くそう感じました」


 どこか、晴れやかなものだった。

 さっきまでの、こちらを疎んじているような顔とはまったく違う。

 私を、初めて『対戦相手』として認めてくれたような、そんな素敵な表情を、今の彼女は浮かべている。


「私も、です。今の春前さんには、より一層、負けたくなくなりました」

「言ってくれますわね、2年生」


 ふっと笑って踵を返す紫雨選手。


「言いますよ、3年生」


 それに呼応するように、私もベンチへと歩を進めたのだった。

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