VS 鶴臣 シングルス2 新倉燐 対 春前紫雨 3 "姉として"
4-2で迎えた、サービスゲーム。
(ここで息の根を止める・・・)
それが実現したのなら、この試合は大きくワタクシの側に傾くだろう。
この試合、序盤はサーブで押して押して体力温存出来たかと思ったが、そこから中盤にかけてかなり走らされた。
(このサーブを打つのには、体力を使う)
果たして彼女はそれを見抜いていたのか、どうか。
・・・どちらでもいい。
このサービスゲームを取ってしまえば、全ては徒労に終わる。
その後で慌てるといい。
「ふぅ」
左手でトスを上げ、そのボールを最高打点で思い切り叩く。
超スピードのボールが新倉さんの手前で跳ね、そのまま―――
(通じない!)
新倉さんはしっかりとしたフォームでレシーブを返してくる。
サーブ自体はもう完全に捉えられていると見て間違いないだろう。問題は"レシーブの威力"だ。
彼女はレシーブがかなり得意なプレイヤーだと聞いている。その彼女が、まだ最高のパワーでレシーブを返せていないのが、返ってきたボールの威力で分かる。
(これならば!)
こちらの攻勢で、簡単にポイントを取ることが出来る―――そのはずだった。
だが、なかなか決めに行ったショットが決まらない。
新倉さんはどのショットもギリギリのところで追いつき、チャンスボールにならない程度の低く弱いショットで返してくる。これがキツい。
なかなかポイントを取れないどころか、その弱い威力のショットで左右に揺さぶられる。
威力こそ弱いが、コントロールがしっかりと制御されれている為だ。
そして、こちらは強打を敵コートに打ち込み続ける。そのやり取りが、しばらく続いた後。
「15-0」
ようやく、ポイントを取ることに成功する。
「はぁ、・・・ふ」
頬を伝う汗を拭って、敵コートを見やる。
(これが貴女の想定通りだとするのなら、大したプレイヤーですわ)
自分の出来が100%では無いと見切った上での戦術・・・それを考えてやっているのなら、ゲームメイク技術が相当なものだと推測できる。
(だけど、それも関係ない)
全ては―――このサーブで、ねじ伏せてみせる。
そういうサーブを、作り上げてきたはずだ!
「!?」
返される。
しかも今度は、しっかりと威力を持ったレシーブを。
それが自陣で跳ねて、ワタクシがインパクトした、その時。
「ぐっ!」
ショットの威力を知る。
この威力でレシーブ出来るまでに、ワタクシの超高速サーブに合わせてきているという事実。
速いだけじゃない。強く、重い。そのサーブを、2年生が。
「調子に・・・!」
長いストロークで返すが、それも拾われてしまう。
まずい。
このままだとまた走らされる。
早いうちに決めなくては―――そう思い、強引にラインギリギリを狙って強打を放つが。
「アウト。15-15」
入らない。
わずかにラインを超えてしまう。
「焦りましたわね・・・」
今のは強引にいこうとして無理矢理やってしまった。
やはり、ダメだ。それでは敵の術中に嵌まるだけ。
ならば、やはり敵の土俵に入ってでも、こちらのテニスを貫くしか無い。
(ワタクシの武器は、サーブだけでは無い)
それ以外のプレーも、磨き上げてきたつもりだ。
(勝負―――新倉燐!)
貴女の思い描く通りの試合なんか、させるものですか。
◆
「アドバンテージ、新倉」
取った。
ようやく、このポイントを。
次の1点を取ることが出来れば、このゲームをブレイクすることが出来る。
(ずっと、ここまで待ってきた)
紫雨選手の体力を削って、走らせて、ひたすら耐えてきた。
ここでこのゲームをブレイクすれば、試合の展開は分からなくなる。
―――今まで
都大会決勝から、チームには迷惑ばかりかけてきたんだ。
私だって白桜女子テニス部の一員。戦力なんだ。
そして、立場あるポジションを任されてきた。責任は感じている。もう遅いかもしれないけれど、こうなってしまったことはもう取り消すことは出来ない。
私に出来るのは、
(ここから、挽回すること・・・!)
敵サーブに視点を合わせる。
超高速で動くそのサーブを、しっかり目で捉え、ラケットの芯で捉え、打ち返す。
もうほとんど100%のパワーで返せるようになったと思う。
あのサーブはもう見抜いている。問題は、
「ここから!」
紫雨選手は私のレシーブが来る前に、わずかに位置を上げていた。
それは先ほどから見受けられる彼女の作戦。ラリー戦になる前に、レシーブを強いショットで打ち返して一気に決めてやろうという―――短期決戦型の作戦に切り替えたのだ。
勿論そうさせたのは、私が自分のプレーを出来ているから。
だけど、それだけじゃダメだ。この作戦をも打ち破って、最後の1ポイントを取る。そこまでやって始めて、戦術がうまくいったと言える。
思った通り、コートの四隅を狙ったような強いショットが飛んでくる。
それを―――右手一本で、防ぐ。なんとかラケットに当たったボールは、ぽーんと打ち上げられた。
「チャンスボール!?」
観衆がにわかに沸くが、すぐに。
「いや、深い!」
ボールが思ったより後方に伸びていることに気が付く。
(あれは、狙って打った!)
ロブショット―――位置を上げた紫雨選手に対して、後方への攻撃を行ったのだ。
すぐさま気づいた彼女は背走して、なんとか打球に追いつき手を伸ばしてその打球を返してくる。しかし、十分な体勢で返せなかったがために、威力が死んでいる。
その弱い打球を、私はベースライン上から、紫雨選手とは反対側方向へ。
いけッ―――
口には出さなかったが、心の中の熱い気持ちが、私にその言葉をお腹の奥で叫ばせた。
「ゲーム、新倉燐。4-3」
この試合、初めて。
「燐先輩、とうとう春前選手のサービスゲームをブレイクだ!!」
―――奪った、サービスゲームを
それは、このゲーム自分でも強く意識したこと。
ビッグサーバーの、サービスゲームをブレイクすることが、どういう意味を持つのか。
それは"彼女自身"が1番よくわかっているのではないだろうか。
「すごい新倉ちゃん!」
「氷姫が戻ってきたーー!!」
「調子が悪いなんて嘘なんじゃないかってくらいのゲームでしたよ!」
白桜側の活気づく声援に、俯く紫雨選手。
そんな彼女に―――
「春前さん」
気づくと私は、声をかけていた。
「貴女と妹さんがすごく仲がいいの、正直羨ましいです。私の家は、そうではないから」
「新倉さん・・・?」
「でも、姉妹の形って"それ"だけじゃないと思うんです。確かに、私は『姉』失格なのかもしれない。自分でもひどい姉だと思います」
そう、自然に。
「でも、私の『妹』は、『妹』失格なんかじゃありません。少なくとも私は、今まで一度も彼女たちのことをそんな風に考えたことはない」
その言葉は出てきていたんだ。
「私はあの子たちのことを、私の自慢の妹だって―――誇らしく、思っているから」
雛も、悠も。
私にとっては、最高の妹だ。
それは私たちが、家族だから―――
「貴女が妹さんのことを、愛しているのと同じように。私も妹たちのことを想っているから」
だからこんなに考えて、うじうじ悩んで、テニスの調子まで崩してしまうんだ。
「それだけ、大事な妹なんです」
誤解して欲しくなかった。
悪いのは私であって、妹たちじゃないんだってことを。
「新倉さん・・・」
「すみません、試合中にこんな話を」
「いいえ・・・。ワタクシ、貴女のことを少し、勘違いしていたのかもしれません」
紫雨選手は、ぎゅっと拳を胸の前で握ると、それをこちらに突き出して。
「貴女の『姉』としての矜持・・・、ワタクシの心に深く突き刺さりましたわ」
そしてこちらを見るその表情は。
「そんな貴女だからこそ、今日、ここで倒したい―――今、改めて強くそう感じました」
どこか、晴れやかなものだった。
さっきまでの、こちらを疎んじているような顔とはまったく違う。
私を、初めて『対戦相手』として認めてくれたような、そんな素敵な表情を、今の彼女は浮かべている。
「私も、です。今の春前さんには、より一層、負けたくなくなりました」
「言ってくれますわね、2年生」
ふっと笑って踵を返す紫雨選手。
「言いますよ、3年生」
それに呼応するように、私もベンチへと歩を進めたのだった。




